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3.7

*井澤美咲視点


いつものように教室まで新垣を迎えに行くと、人がいなくなったあとの廊下で言われた。



「付きまとうの、いい加減やめてくれない?もう疲れたんだけど」


新垣春樹が私を見下ろした。

最近、気付いた。

新垣は周りの人達と私との態度が違う。

周りにはすごく優しげでみるからに良い人そうにしている。一方、私に対しては粗い扱いをしている印象がある。邪魔だとか鬱陶しいんだよチビとか普通に言うし。

でも、私は思う。

それって何を言っても嫌わないって信頼がなければそんな事をいえないんじゃないのか。

本当に仲が良い友達同士では遠慮なんてしないだろう。


「ねぇ、あんた話きいてるの」


私の顔を覗き込む新垣、思いの外真顔で顔に熱が走る。

綺麗な顔をしているのは認めるが正直あまり好みじゃない。私は女みたいな繊細な顔よりがっしりとした男性的な顔の方が好きだ。

だから、私がこんな風に赤面する理由がない。


「そんなの、新垣が陸上やってくれたらしないわよ」


「…まともに会話が通じると思っていた俺が悪かったよ」


そう、私が新垣にこんなに固執するのは、陸上をやってほしいからだ。

あの才能を埋もれさせるのが嫌だった。

練習で一度測った新垣のタイム、あれをうちの男子部員は誰も越えられていない。

あのフォームをもう一度見てみたい。私が見惚れたその走りをみたい。


「なんでそんなに陸上したくないの?私が新垣なら今よりもっとのめり込んでる自信あるよ」


聞くと、新垣はため息を吐いて答えた。


「面倒臭そうだから」


「そんなことない!!」


聞き捨てられない言葉に反論をしようとしたら後頭部を押さえられ口を塞がれた。


「声がでかいんだよ、チビ」


モゴモゴ抵抗するも、大きな手で塞がれるとどけられない。


「あんたの言い分だろ、それは。そういう自分の意見を押し付けくる奴って嫌いなんだよね」


違う、押し付けたんじゃなくて私は教えたいんだ。


「ていうか本当に黙って。じゃないとこのまま窒息死させるよ」


まさか窒息死させるとは思わないけど、このまま拘束されてるのは時間がもったいないから今はそれに従うことにした。

また後日、新垣には陸上の素晴らしさを伝えようと思う。


「……どこ行ってるの、新垣。屋上そこから行けないよ」


手を離してさっさと行ってしまう新垣のワイシャツを握って捕まえる。


「ねぇ、そんなんじゃまた昼食べ損ねるよ」


新垣は返事をしない。

ただ空き教室を片っ端から開けて中を見ている。時々、入ってロッカーを開けたりしている。

端から見れば変な行動。

でも私は何で新垣がこんなことをしているのか分かってたりする。



「真琴探してるんだよね」



やっぱり沈黙。

ピシャッとさっきまで確認していたドアを閉じてまた移動する。


「ねぇったら」


無視は嫌だ。

辛辣な言葉でもいいから返事をしてほしい。

全力で春樹のシャツを引く。それでも止まらないから私は全力で踏ん張った。


「とまれって!」


おもいっきり力を込めて後ろに引くと、シャツが裂けた。驚いて手を離してしまい、そのままぶっ飛びそうになった。

実際にはそうならなかったけど。


「何なの、あんたって本当…」


新垣が手を掴んでくれていた。そして引いてまた床に戻してくれた。


「あ、ごめ…ジャージ貸すから」


ドクドク心臓の音がやけに大きく早く聞こえる。本当に自分のじゃない限り。


「あんたのジャージなんて小さすぎて着れるわけないだろ」


そうだった。

確かに私のを新垣が着たら何もかも生地が足りない。

慌てて私は声をあげた。


「じゃ、じゃあうちの部員に借りて…」


「いい。クラスの誰かに借りるから」


怒ってるだろうか、とその顔を見上げてもただ涼しい顔をしているだけだった。

たまらなく、なる。

新垣を見ているだけで。

胸の奥がきゅうとなる。なぜか泣きたくなる。


「新垣ってさ、真琴が本当に好きなの?」


「は?」


新垣が顔を崩して驚いた顔をした。

私だって驚いている。

なんでこんなことを聞くのか分からない。

だって聞くまでもないことだ、そんなの。

好きだから真琴と付き合ってるんだろう。

でも、心のどこかでそれを否定してほしいと思った。


「答える必要あるか?」


その答え方はずるい。

肯定も否定もしないなんて。

だから私もこのまま黙っていれなくなる。


「真琴もケンカして逃げるんじゃなくて言いたいことを言えばいいのにね」


喋りだした口が止まらない。

とんでもない事をいいそうな自分が怖い。



「そんなのじゃ新垣には似合わないよ」



サッ、と新垣の顔色が変わってマズイことを口走ってしまったのだと気付く。


「なんでお前にそんなことを言われなきゃならない」


射抜かれた目から離せない。

新垣にこんなに強く睨まれたことない。


怖い、と思うと同時に沸き上がるこの感情をなんて言えばいいんだろう。


「似合うとか似合わないとかどうでもいい。俺達のことに口を出すな、関わるな」


「ちょ、新垣!」


踵を返してまた歩き出す。追い付こうとして手を伸ばすも今度は振り払われてしまった。

今度はちくちくと胸がいたい。

なんなんだ、私は。

病気じゃないのか、これはもう。

痛みに気をとられつつも、私は新垣に追い付こうと駆け出した。



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