第59話 カイルは半べそだ
地獄だった。
ギルドの酒場でいつものように酒を飲んでいる。
俺、ヘレン、カイル、フレア、アヌベティ、エルミラが同じテーブルについていた。
ナオミは何らかの危険を察知したらしくこの場にいない。
六人のうち四人、言い換えると女子全員が親の仇に向ける様な目で俺を睨んでいた。
俺の横ではなく四人の女子が反対側に座っている。
俺の隣にはカイルが座るから四対二だ。
その四人が俺を仇だと認識している。
四人とも、かぽんかぽんと煽るようにジョッキを空けていた。自棄酒の様相だ。
カイルが甲斐甲斐しく全員のジョッキの空き状況を把握して減って来たタイミングにあわせて次のジョッキを渡していた。下僕の鑑だ。
俺は酔えない酒をちびちびと舐めながら針の筵に座っていた。会話はない。
地獄だ。
この地獄はどうやら俺の、今後もソロで活動するという一言が引き金になったらしい。
どういうわけかカイルの後釜に俺が入るという既定路線が本人に知らされぬまま決まっていた。元Bランク探索者であるヘレンが復帰しフレアたちの前衛を務めるという。
カイルの代わりにヘレン。
とてもよろしいのではないだろうか。
戦力的にヘレンがカイルに引けを取るとは思えない。むしろ底上げされるだろう。
全員女子のパーティーになるから性別絡みの余計な心配もしなくて済む。
なぜそのような安定した空間に、いつの間にか俺が入ることになっているのか意味がわからない。
子供のお守り。しかもその子供が女子だなんて勘弁してほしい。おっさんには一番苦手な役割だ。ゴブリンの百匹も相手にしているほうがまだ気が楽だった。
俺は恨みがましくカイルに目をやった。
カイルの奴、甲斐甲斐しく働いているなと思っていたがそうではなかった。実際はこのテーブルに近づくのが嫌だから働いている振りをして離れているだけだ。
俺の隣に座る素振りすらなくカウンターへ酒を取りに行ったり料理を取りに行ったりと何か理由を見つけては席にいない。
「おい」と俺は戻って来たカイルを捕まえた。
カイルの首の周りに手を回して羽交い絞めにすると女子たちに背を向けるようにして逆向きに椅子に座らせた。
目の前のテーブルは空席だ。
ナオミどころか誰も俺たちには近寄りたくないらしく周囲のテーブルは全方位すべてが空いていた。
「どういうことだ?」
背中に女子のきつい視線を受けながら俺はドスを利かせてカイルに問うた。
「おっさん、ごめん」
カイルは半べそだ。
「最初から分かってた話だけど俺が抜けると姉さんたちだけになっちゃうだろ。信用できる後釜を見つけないとって、ずっと思ってたんだ。おっさんなら姉さんたちも気を許してるしどうかなって話を内輪でしたら、みんな乗り気で」
「なぜ、その話を俺が知らない?」
「声かけるタイミングを見計らってるうちにおっさんが領主の所に乗り込むだなんて誰も思わないだろ。ギルマスにハブにされそうになったんで食い込むためにその話をしたら自分が前衛に入るってヘレンに火が点いた。姉さんたちとはバチバチにやり合ってるし俺泣きたいよ」
泣きたいのは俺だ。
「お前、自分の代わりに俺が入るなんて何故思ったんだ? お前の代わりにお前のパーティーに入るということはお前の役割を俺がするということだぞ。依頼の処理だとか荷物の運搬だとかお前が今まさにやっている酒の注文だとかそういった要するに下僕全般だ。そんなのは本物の弟か特殊な性癖の持ち主でもない限りできないだろ。俺はマゾじゃない」
カイルは衝撃を受けたような顔をした。
「え、だって男なら当たり前にやることだって姉さんが」
「生まれた時から姉持ちのお前はずっとそうだから気づいていないのかも知れんがその滅私奉公は男兄弟の長男の俺にはできんのだよ。お前と比べられてすぐに、こいつカイルより使えねえなぁ、って思われるようになるだけだ」
「大丈夫だよ。おっさんが入ったら姉さんたちも自分で動くようになるからさ」
「一度楽を覚えてしまった人間は苦労する暮らしにはもう戻れない。人間、約束を守るより楽な方向に流されるほうが簡単なんだ。絶対に毎朝散歩に行くからという約束で飼ったはずの犬の散歩を子供が起きなくて結局は父親が早起きしてやる羽目になるのと同じくらい真理だ。お前だってパーティーを組んだ時は全員で役割分担するはずじゃなかったのか?」
カイルは、あ、と口を開けた。図星だったらしい。
「でもほら身内の俺が言うのもなんだけど姉さん美人だよ。ベティもエルミラもヘレンも美人だしみんなフリーだ。今ならば口説き放題」
「『美人は三日で飽きる』というありがたい言葉を知ってるか? 姉はさておき二人も美人の先輩がいる環境にお前も最初はドキドキしたろ。今じゃ、まったくときめいてないはずだ。俺は楽な一人身がいい」
俺がもう少し無責任に立ち回れる人間だったらカイルの提案をラッキーに思うだろうが生憎ハーレム願望はない。
前世では既に二人の子供を成人まで育て上げたのだ。同期には孫だっている奴もいる。
俺にはせっかく転移した異世界でもう一度赤ちゃんから子育てをなんてつもりはまるでなかった。
けれども彼女たちは違うだろう。向こうに少しでもそのつもりがあるならば俺は近づくべきではない。
第一、突然この世界に転移して来たのだから突然この世界から退場したとしても不思議はなかった。その時、もしも父親になっていたとしたら無責任過ぎる。
カイルは頑なな俺の態度に、ますます泣きそうだ。
そこへケイトリンがハンドリーと連れ立ってやって来た。
二人して草臥れた顔立ちだ。疲れた仕草で俺の正面の空いているテーブルの席に座った。
ケイトリンが封をした封筒を俺に差し出す。
俺はカイルから手を離した。カイルは素早く俺の手が届かない位置まで逃げて行った。
俺はケイトリンから封筒を受け取った。
俺宛ではない。宛名は王都の探索者ギルドのギルドマスターだ。
「これは?」
「お前の推薦状を書いた。二十人余りの元Bランクを一蹴するCランクなんか存在してたまるか! 試験を受けてさっさとランクを上げてくれ」




