第53話 後で探して締めに行くのが面倒だからだ
領都騎士団の主な配置場所は領都を囲む壁、各種行政施設、市内巡回ほかだ。
領主の屋敷は行政施設も兼ねているから敷地を囲んでいる塀の入口には領都騎士団員が歩哨として常駐していた。
脇に詰め所の小屋がある。前世ならば守衛室みたいなものだろう。
詰所の騎士団員たちは塀の周囲の巡回もしている。
敷地の内部は領主の私兵の担当だ。
領都騎士団の騎士団長はアルブレヒトだが領都の総司令官はメルトだ。騎士団はそもそも全員が領主の部下である。理屈の上では。
とはいえ騎士団はもともとアルブレヒト派閥であるというねじれがあるため領主自身の直属の護衛として私兵を雇っている。ある意味ではメルトの私邸をアルブレヒトの軍が包囲していると言えなくもないだろう。
少ない人数の私兵で多くの騎士に対抗するとなったら私兵一人当たりの強さを求めるのは当然だろう。メルトの私兵が広域的な殲滅魔法が使える【攻撃魔法士】主体となるのは必然だった。
騎士団員が実力的にはせいぜいCランク探索者レベルであるのに対して私兵は元Bランク探索者ばかりだ。常時十人程度最大二十人余りの人数の私兵で万の騎士に対抗しようというのだから私兵は一騎当千を地で行っていた。
もっとも私兵たちは騎士団員に対抗すると言っても、いざという時に領主と領主家族を安全に落ち延びさせることが主目的だ。騎士団員と戦争をするほどの力はない。
俺は歩哨に近づいた。
俺の側は個々の騎士の顔を知らなくても騎士の側は大抵が俺の顔を知っていた。この騎士もどこかのタイミングで俺の顔を見ていたのだろう。
「ご苦労様です」
騎士は俺に対して、さっと敬礼をした。
領主の屋敷は前世の役場とは違って一般市民が書類を受け取りにくるような安易な場所ではない。素性が確かな多数の文官が各部署に別れて行政的な仕事を行っている。足を運べば誰もがすぐに入れるような場所ではなかった。
騎士は俺の顔を知っていたが知り合いだからと許可なく俺を通すわけにはいかない。
そもそもの話、騎士には言えないが俺は領主に物を申しに来た立場だ。
だからといって、この騎士を『石化』して通り過ぎる手段はできれば取りたくない。
騎士は俺に敬礼をしたものの通せないので対応に困って違う意味で固まってしまった。
「本日はどのような」
恐縮した様子で騎士が訊いてきた。
「ちょっと領主に用事でね。あ、迎えが来たようだ」
俺の視界の中の『地図』に近づいてくる赤い丸点が複数表示されていた。
領主の私兵の皆さんだろう。
私兵たちも俺同様『地図』の魔法で周辺の索敵をしていたのかも知れないし単純にどこかで見張っていただけかも知れない。
いずれにしても思い思いの服装をした如何にも探索者ですといった風体の男たちが、ばらばらと敷地内の様々な方向から近づいて来た。
統一性がないというか協調性がないというか規律が足りていないというか、
「ああいうの見るとやっぱり探索者は柄が悪いよな」
俺は騎士団員に笑いかけた。騎士団員も苦笑いだ。
基本的に騎士団員たちは見栄えを重視したお揃いの鎧姿だ。
ハンドリーもルンヘイム家の家紋入り鎧を着ている。領主からの支給品だとばかり思っていたが、もしかしたら騎士団指導役ということで領主ではなく騎士団側が用意した装備なのかも知れない。俺は名ばかり指導役で実際は魔物の納入業者にすぎないので俺には鎧の支給はないのだろう。
一方、ハンドリーと同じ私兵であるスニードルは襲撃当時それらしい所属を示す装備は身に着けていなかった。
俺を襲撃するため身元がばれる服装は避けたとも考えられるが、そもそも自分の顔を知るヘレンの前に簡単に姿を現しており身元を隠そうという意志は感じられなかった。
だとしたら普段から着慣れた服装で行動をしていただけだ。
同様に今、俺に近づいて来た私兵たちは各自で自前の使い慣れた装備を身につけているように見えた。お仕着せの制服を着させられるよりも馴染んだ装備のほうが動きやすい。
そういう理由からだろう。単純に合理的だ。
「お迎えご苦労さん」
俺は一番年嵩らしき男に声をかけた。
男は四十代に見受けられた。大ベテランの域である。
私兵の多くが魔法士のローブと杖姿であるのに対して何人かは鎧を着て剣を佩いていた。
例えば【魔法剣士】のように魔法も剣も使える探索者職業の持ち主なのだろう。年嵩の男は剣を佩いている内の一人だった。
「【支援魔法士】のギンだ。あんたらの勧誘が熱心なので職場見学に来た。あんたがゴスムか?」
「サビエンだ。ゴスムはルンヘイム伯爵の元だ」
サビエンは仏頂面で名乗った。
サビエン以外にも俺の前には二十人余りの私兵の皆さんがやってきていた。
俺が【支援魔法士】だと名乗ると嘲るようにニヤニヤとした笑いを見せた。
領主の屋敷に常駐している私兵は十人ぐらいだという話だから今日は特別に多いらしい。わざわざ俺を歓迎するためにゴスムか領主が非番の私兵を呼びだしてくれたのだろう。
もちろん物理的な歓迎という意味でだが。
「領主の私兵はこれで全員? いないのはゴスムだけか?」
俺は私兵全員の顔をゆっくりと見渡した。
全員ニヤニヤと俺を小馬鹿にしたような表情で笑っていた。
遠慮をしなくて済むような相手で、ある意味良かった。
サビエンは俺の問いかけに不可解そうな顔をして「そうだ」と探るように答えた。
なぜ、俺がそんな質問をするのか意図が分からなかったのだろう。
「たまたま体調が悪くて今日は出てきていないとかそういう人もいない?」
俺は畳みかける様に質問を追加した。
「そうだ。なぜそんなことを聞く?」
もちろん今日いなかった人間を後で探して締めに行くのが面倒だからだ。




