第18話 面倒臭いことになるかな?
さすがに逃げるわけにはいかないだろう。男は俺が出した硬貨の脇に三枚の銀貨を積み上げた。実力はないくせにプライドだけは高い貴族のご子息とかじゃなかろうな。
「あんたは【支援魔法士】なんか簡単に捻りつぶして自分のほうがハンドリーより強いじゃないかと悦に入るつもりで来たのだろうが、ハンドリーが噂どおりの人間で輪をかけて俺が強いだけという可能性は考えてたか? 俺はハンドリーの腕をへし折ったが、あんたがハンドリーより弱い場合、あんたの腕はもっと酷いことになるんだぜ。だからといって俺が手加減をしてしまったら、そもそもの意味がなくなるだろう? 手加減はしない。聞きたくないからあんたの名前は聞かないでおく。今だって迷惑に感じてるんだ。くれぐれもだが自分の腕がどんなことになったところで俺を逆恨みしたりはしないでくれよ」
俺は相手に忠告をした。テーブルに右肘をついて、にぎにぎとする。
「本当にそれでもやるか?」
最終確認だ。
もちろん、俺は密かに自分にバフを二重掛けしている。対ハンドリー戦と同条件に揃えてやった。当然だろう
「やるなら審判はそちらの相棒がやってくれ。八百長呼ばわりされても困る」
俺の場合、バフは実力の内に入ると思っているので八百長には入らない。
騎士の相棒が席を立った。
ヘレンも席を立って距離をとる。
周りのギャラリーが一人残らず俺の勝ちを信じて疑っていないのは明らかだ。どちらが勝つかという勝負を見ている雰囲気ではない。興味の対象は男が俺にどう負けるかだ。
男の顔色は既に青い。
遅まきながら自分が如何に馬鹿な行為をしているかに気づいたのだろう。
「どうする? やめてもいいんだぞ」
相棒が男に声をかけた。相棒の顔も青白い。
だが逆効果だ。
男は探索者の指導なんか受けられるかという騎士団員としての高いプライドでここに来たのだろう。周りをその探索者に囲まれているというのに今さらやめられるわけもない。
かといって俺も男に負けてやるつもりはない。勝ったことで面倒が起きたら街を出るだけだ。この世界にもこの街にも来てまだ二日目だ。まったく愛着なんてものはない。
幸い、探索者登録はできたし装備も揃えたし少しは金もある。魔物とも戦えそうだ。
俺は男と手を握り合った。
「レディ、ゴー」
男の相棒が合図をした瞬間、俺は組んでいる相手の掌を強く握った。
俺の手の中で相手の掌と指の骨がごきごきと砕けていく。
そのままゆっくりと相手の腕を組み伏せていくように自分の腕を倒した。
相手の手の甲がテーブルに接触した。
そのまま俺はテーブルと自分の手で挟むようにして相手の手をテーブルに押し付けたまま固定した。
男は悲鳴を上げて立ち上がると逃げ出そうともがいたり腕を引っ張ったりしたが、俺ががっしりと手を抑え込んでいるために離れられない。
審判役の男の相棒が俺の勝利を認め、俺に手を放すよう散々促したが俺は訊く耳を持たなかった。
男がじたばたと暴れている。
観衆たちは男が無様にもがく様に大笑いをして喜んだ。
けれども俺が相手を掴んだまま放さないので、次第に様子がおかしいと感じたのか静かになった。
審判をしていた相棒が、「貴様どういうつもりだ」と憤った。
腕を握られている男は、とにかく必死の形相で俺の手から自分の手を引き抜こうともがいている。
俺は、ゆっくりと相手の手を放してやった。
男が自分の手首を抑えて、潰れた掌を見つめて「手が、手が」と叫んでいる。
強く握りしめただけなので骨は砕けているが中身は飛び出してはいなかった。
もし俺が渾身の力で腕をテーブルに叩きつけていたならば多分相手の掌は破裂しただろう。テーブルの上はもっと酷い惨状になったはずだ。
掌を握りつぶされただけで済んだのだから相手にはむしろ喜んでもらいたい。
今日はこの場にアヌベティはいなかった。
探索者ギルドなので探せば他にも回復魔法の使い手はいるだろうし、ポーションや薬草の使用という回復手段もあったが俺は認めなかった。
「治してやりたいところだが治った傷口を見せて【支援魔法士】は強かったですと騎士団で誰かに言っても信憑性がないだろう。というより治ったらあんたらは俺に負けた事実を恥だと考えて他の騎士団員にはどうせ隠すよな。だから、そのまま騎士団に帰って団の治療担当に見てもらえよ」
俺は手首を握りしめて脂汗をかいている男に声をかけた。
「どうせ他にもハンドリーを見くびっている人間はいるんだろ? 間接的に自分のほうが強いと証明するためなんて理由で俺を煩わせる奴に出て来られたら俺が困るんだ。【支援魔法士】如きの都合を考えろ。わかったらさっさと帰ってくれ。俺を逆恨みするなよな」
二人組は大慌ての様子でギルドを出て行った。
昨日の探索者と同じく、去り際は俺を射殺すような怖い視線で睨んでいた。またしても恨みを買ったか。
俺はテーブルの上の硬貨六枚を回収した。
ヘレンが呆れたような目で俺を見ていた。
「やりすぎですよ。あんな恨みを買うような真似をして」
「俺の都合を聞く気もないという高飛車な態度が最初から気に入らなかった。騎士団員は探索者よりも偉いのか?」
「そうではありませんが育ちのせいでそう思っている方も中にはいますね。探索者は、ほぼ平民出身ですから」
「貴族の御子息?」
「恐らくは」
やっぱりだった。
「面倒臭いことになるかな?」
「どうでしょう? ギルドの中はともかく外では会わないほうがいいでしょうね」
きっと面倒臭いことになるに違いなかった。




