第三話。路線馬車の旅、奴隷亜人を添えて。碧ちゃんの影(すがた)と共に。 その4
「そうなんですか。女神さまに選ばれた異世界の人。
信じられない話ですけど、さっきからの皆さんのお話しを聞いてる限り、
アクトさんのことを皆さんが、
『かわいそうな人』って感じで見てる風もありませんし、
レイゾウコなんて聞いたことのない言葉で、
氷石箱のことを呼んでましたし。
きっと異世界の人って言うのは、本当なんでしょうね」
つまり、この娘。
俺の話を厨二病患者認識で聞いたということか。
「なにむっとしてんのよ?」
気怠げながら、テンションは戻って来たな。
「なんでもねえよ。ところでさカグヤ。一つ聞きたいんだけど」
「なに?」
「さっき、あいつらがお前のこと『ネコツキ』って言ってただろ?
あれってなんなんだ?」
「ああ、あれね。ニャたしたちケイト・シスの中に
たまに現れる黄金の瞳を持った人間の蔑称」
そうなのかと相槌。カグヤの声色はどうも、
自分の目についてよく思ってなさそうだ。
「別称がつくって、その目 なにかあるのか?」
まあね、そう溜息交じりに答えたカグヤは、
その黄金の瞳について語ってくれた。
「月が丸くなる夜。ニャたしたちモーンティーペ
猫憑きは瞳の色が、アイシアみたいな紅になるの。
そうすると闘争本能が抑えられなくなって、大暴れしちゃうのよ。
魔力と身体能力の枷が外れてね」
「マジかよ。って言うかあれでもリミッター外れてねえのか?」
「枷外れてたら鎧砕いた勢いで腕ごと千切れた上で、
衝撃波で体の方の鎧が、半分ぐらいなくなってるわね」
「おいおいなんだよそれ?」
あまりのスペックの上昇に開いた口が塞がらない。
「だからニャたしたち猫憑きはね、発作が起こる日は夜になる前に、
モンスターの縄張りにでかけるのが習わしになってるの。
そうじゃないと犠牲が出るから」
「なるほどな。月一回の暴走か。
発作って言うよりガス抜きみたいだな。
けど、その日ってわかるのか?」
カグヤの口ぶりは、カレンダーなしでも満月の日がわかるように思える。
毎日月を見上げる習慣でもあるんだろうか?
「わかるわ。その日ってね、朝からなんだか落ち着かないの。
じっとしてると体がウズウズしちゃって」
「な……なるほど。そりゃ、分かりやすいな」
予想外に単純な判別方法で、俺は半笑いになってしまった。
「なんで変な顔してんのよ?」
「予想外に本能任せの判別方法だったから」
そのまんまを答えると、「唯一無二の確実な方法よ」と
カグヤはなにゆえか胸を反らして自慢げだ。
そのおかげで、彼女の胸部装甲が見事に大きく弾んだ。
その弾み方と言ったら、お前の鎧は飾りなのかと言いたくなるほど。
眼福と同時に防具の性能が心配になるのもしかたない。
「そ……そうか。しっかし道悪いな、尻痛くなって来たぞ」
「立ってればいい」
「それもそっか」
アイシアに言われて車内を見回す。
つり革とかポールとか、掴まれる場所はないか探したわけなんだけど、
残念ながら掴まれそうな物は見当たらなかった。
「うん。我慢しよう」
「なんでです?」
「掴まれる場所がない」
「なにそれ」
「笑うことないだろ、急に止まったりして
放りだされたら危ないだろうが」
「踏ん張りなさいよ、それぐらいできるでしょ?」
突っつきながら言うカグヤ。その顔は冗句にニヤついている。
「むりです」
その指を掴んで言う。一見冗句にマジレスの構図。
けど俺は手に力を入れてない。
「アクト。正しい」
一歩遅れたアイシアのリアクション。そんな調子っぱずれに、
俺はむしろクスッと来た。
そこから少女たちに笑いが広がって、
車内はほっこり空間と化した。
ただ一人。
アイシアだけはなにが起きたのかわかっていない、
そんなフリーズをしている。
けど、それが俺たちの笑いをより長い物にするのだった。
稲妻にもこういう空気、味わわせてやりたいな。
って、なんで稲妻が出て来るんだ?
***
「あれ、馬車、止まったぞ?」
ゆっくりと減速して、馬車の動きが完全に止まってしまった。
どうしたんだろ?
「外見てみなさいって。もう夜なんだから、今日はここで野営するのよ」
なんてことない調子でカグヤが外を指さしながら言った。
「やえい。たしか、キャンプのことだっけか」
椅子から立ち上がり、俺は覚束ない足取りで馬車から降りてみた。
そうして大きくのび一つ。
「たしかに、悪路すぎてヘトヘトだからなぁ」
屈伸運動しながらひとりごちる。
なにげなく周りを見渡すと、どうやら木々の間の路らしいことが
無数に見える棒状のなにかで推測できる。
知らない間に馬車は森の中にいたみたいだな。
リアル森なんて来るのは初めてだ。
馬車はなんのトラブルもなく、順調に道を行っていた。
俺達の和気藹々トークも弾んで……くれればよかったんだけど。
馬車がそういう物なのか、それとも通ってる道が悪いのか、
尻が痛くなる走行感覚が改善されてくれることがなかった。
なので、時間が経つに従ってだんだんとみんなのテンションが疲労で下がって行き、
同時に徐々に苛立ち始めるようになって行って、
一人だけいい座席に繋がれてるエレナに、羨望と嫉妬でヘイトが集まった。
最終的に彼女の、目を伏せたシリアステンションのごめんなさいによって、
我に返った俺達が謝り倒すと言う、どうしてこうなった状態になってしまった。
どんよりした空気は疲労感に塗り替えられて引きずることはなかったものの、
体力はすっかり奪われてしまっているのである。
「そういうことよ」
カグヤも馬車から出てきて、俺と同じく体をめいっぱい使ってのびをした。
「こんな調子で休まず進んでみなさい。
疲れちゃってて護衛どころじゃないでしょ?
馬も休ませないといけないし、ニャたしたちも休まないといけない」
「それに、夜進むのは、あぶない」
とはこの特徴的な喋り方でお分かりの通り、銀髪巨乳のアイシアだ。
彼女も出てきた。
「そうなのか? ランプみたいのとかあれば大丈夫だろ?」
なんの気なしに空を見上げる。この世界の空は
天然プラネタリウムって言って差し支えない。
星がはっきり見えて、人工的な光なんてなくても問題なく歩けそうだ。
ジョージのオッサンが言ってた、星明かりがあれば問題ないに素直に頷ける。
それになにより綺麗で、首が痛くなっても見続けたいぐらいだ。
だって言うのに今は星が殆ど見えない。どういうことだ?
「街道を通るならそうだけど、ここは森にできた道。
今見てわかったと思うけど高い木の枝葉で
空が隠れてて見通しが悪いのよ」
「それに、御者 馬に乗っている者、売り物にも影響が出る。
獣やモンスターに襲われる危険はどこでも付いて回るしな」
男の声だ。
足音といっしょに聞こえて来た声、どうやら車列の前の方から来たようだ。
「誰だ?」
そっちを見る。スラッとした背の高い男。
着ている物は昼間の小太り男とそうはかわらない。
違うところと言えば、服の装飾が多くて、
それが静かな光を灯しているところだろうか。
そのおかげで男のシルエットがわかったとも言える。
まだ俺は、この暗さに目が慣れてないからな。
「たしかに、お前たちとは顔を合わせていなかったからな。
わたしがヨロズヤに護衛の依頼を出した依頼主、
イオハ・ザードーバだ」
予想外だった。まさかこんなイケメンだったなんて。
低く通りのいい声、スラッとした体躯。
服にあしらわれた宝飾品の静かな光が、
この男を幻想的にすら魅せている。
俺もそうだが、女子二人も言葉がない。
アイシアは元々口数少ないけど。
「ほう、これが猫憑きの瞳か。実際目にするのは初めてだが、
この闇によく生える美しい色をしているな。
商品でないのが実に惜しい」
「っ、ほ ほめてもなんにもでないわよ」
明らかに動揺してる。こんな歯の浮く台詞、よくもまあサラッと出るもんだ。
「そ、それで。依頼主様が、こんな列の端っこまでなんの誤用で?」
……いけね、緊張で発音おかしくなっちまった。
答えるかわりにイオハは、ジャラリと音を立てる。
「使っていいぞ」
チャラリ、一つだけになった音の後、鈍い銀色が俺に投げられた。
「っと。これは?」
なんとか受け取って問いかける。
「その馬車に売り物がいるだろう。その枷の鍵だ」
さらりと言う。それはつまり、エレナのことだ。
「いいのか?」
「お前たちが就寝するまでだがな。商品は美しいほど値が上がる。
ならば良い状態を持続させるのも持ち主の務めだ」
「鍵は他にも持ってるみたいだけど?」
訝し気なカグヤの声にも、イオハはサラッと答えてみせた。
「他の車に乗っている野獣どもは、金と性にばかり関心があってな。
同乗させているのもいい気分ではない、手を付けかねん。
だから手を出したら報酬はなしだ、と念を押して回っていたのだ。
昨日顔を合わせた時にも言ってはあるのだがな」
「なら、どうして?」
奇跡か? アイシアがこういう話に食いつくなんて。
「お前たちは、アレを『人』として見ている。
ならば獣どものように手を付ける心配もあるまい。
それに君たちほどの実力ならば
小僧の暴走をいさめることもたやすかろう?」
君たちってのは、サン・イラーヌの三人だけを刺してるらしい。
男女で呼び分けてるのかこいつ。
でも、その気障ったらしいふるまいにいやみがない。
素直にすげーと思う。
「どうやって、知ったんだ?」
「馬車の中に黒い球体があるのに気付かなかったか?
あれで音を拾っている。距離を稼ぐには条件が必要で、
実用には至っていない物だがな」
「そんなのあったのか」
「ではな。この森は穏やかだと言う話だが、
獣やモンスターが出てこないとも限らない。
注意してくれよ」
そう言うと、イオハ・ザードーバはゆっくりと元来た方に歩いて行った。
「あ……あれが……カリスマか」
疑問は出た。でもどうして人身売買なんてやってんだ、っていう
いけすかないことへの問いかけは頭にすら上らなかった。
「開けに行きましょ」
俺の肩を叩いて、カグヤが促す。
「そうだな」
答えて俺たちは車内に戻った。
「え、あの、それ」
サラちゃんを寝かしつけるように抱いているエレナが、
俺の手元を見て驚きの声を上げた。
サラちゃんは小さく寝息を立てている。
よっぽど疲れたんだろう。
それでも細かく身じろぎしてるから、熟睡ってわけじゃなさそうだ。
「ああ。依頼主様からの一時的開放許可が下りた」
俺は手枷に視線を向けて、鍵の差し込み口を探す。すぐに見つけた。
まずは左側に鍵を差し込み右に回す、がどうやら逆だった。
ので左に回しガチャリと言う音を確認、鍵を抜いて同じことを右側にもする。
俺の脳裏では、稲妻に同じことをしてる絵がなぜか浮かんでいる。
そして驚き同時に安心した彼女の顔まで。
なんでエレナと稲妻がこんなにダブるんだろう?
捕らえられてるって状況と、この娘の控えめな性格のせいだろうか?
自分でも理解できない現象に、人知れず俺は小さく息を吐いた。
「どうして? 今までこんなこと、なかったのに」
信じられないって表情で、呟くようにこぼす。その目線は
自由になった両手に注がれている。
「アクトだったらニャんたのこと襲わないから、だってさ」
「え?」
困惑したエレナの顔。そりゃそうだ。
「それ以外にも理由あったろ。言いたいことは
いまいちわかんなかったけど」
「あれ。たぶん。エレナ。笑顔だから。羽伸ばせ」
「なのか?」
「さあ?」
顔を見合わせる俺とカグヤ。
「そういうことなんですね」
言われたエレナは、安堵したような息交じりの柔らかな笑みで、
アイシアの言葉を受け取ったみたいだ。
ま、いいか 言葉の審議はどうあれ、笑顔になってくれてるんだし。
「あの、皆さん。お食事にしませんか?」
サラちゃんをぽんぽんと優しく叩きながら、エレナはそう言った。
その刺激で、んー、っとサラちゃんは目を覚ましたようだ。
ゆるりと起き上がった。
「おなかすいた」
アイシアのそのひとことは、やけに癒し力が高くって、口元がほころぶ俺。
のみならず、みんなそうらしい。サラちゃんはきょとんとしてるけど。
「そうだな。晩飯にするか」
「あうっ」
「ちょっとエレナ、大丈夫?」
椅子から立ち上がった直後にクラッとなったエレナを、
慌ててカグヤが抱き留めた。
「すみません。立ったのが久しぶりで、立ちくらみが」
「気にしないで。って……あ」
カグヤ、左手がエレナの胸にめりこんでる、手首が見えなくなるほどめりこんでるっ!
おいカグヤちょっとそこ代われ!
「カグヤ?」
問いかけるアイシア。エレナは首をかしげるだけである。
サラちゃんは、間近にあるカグヤの手が埋まったエレナの胸を、呆然と眺めている。
「エレナ。たぶん。こん中で。一番。おっきい」
衝撃を受けたカグヤの顔と声。言葉終わりに
ゆっくりと、まるで感触を楽しむように手を引き抜いた。
「マジか?」
「そう」
「興味ないんすねアイシア姉さん」
「……ふぇ? なんでカグヤさんの手が、エレナさんのおっぱいから出て来たです?」
「わかってなかったんかい!」
女子同士のラッキースケベを目撃すると言う貴重な体験を経て、
俺達は夕食を取ることになった。
そこで、またしてもあの草を食する羽目になった俺が、
「こんな鉄板ネタいらねー!」
って絶叫して笑われたのはここだけの話な。




