99話:亡霊令嬢次に行く4
勇者と一緒にダンジョンに入っていた者たちも去り、隠れていたサリアンたちは緊張を解いて座り込んだ。
「はぁー、笑いを堪えるのが苦しかったわ。この私を苦しませるなんてやるじゃない、魔王」
半分本気なのは、窒息死なんてものがないアンドリエイラだからこそ。
息苦しさなんてものさえ忘れていたのに、笑いを堪えるという状況下で思い出したのだ。
アンデッドを苦しませる状況など稀なことだが、人間たちはそれどころではない。
「サリアン、魔王はあれで大人しく隣国まで行くの?」
ヴァンに聞かれて、サリアンは固い地面の上で足を延ばす。
「悔しがってたからにはやるだろ。つーか、あれだけ我慢して逃げ出すのはないだろうとは思うけどな」
「その分、怒って乗っ取りが成功した時に無茶をしそうで怖いです」
ホリーの懸念についてサリアンが考えこんでると、足音が近づいてきた。
中層に行っていたモートン、ウル、カーランが戻ったのだ。
「誰もいなくなっているな。魔王もいないということは上手くいったのか?」
「それよりも、ねぇねぇ、お嬢。見て見て! これ七色の茄子!」
安堵するモートンを押しのけて、ウルが手に持つ収穫物を披露した。
黒に近い紫から、水色、緑、白、ピンクに赤紫、赤と七色あり、形もまん丸や二の腕ほどに長いものまで様々だ。
カーランはまるで、ブドウのように連なった小さなトマトを見せて肩を竦める。
「可食かどうかはわからないが、色が大量にあった。何がどうなってこうなるんだ?」
「あら、面白い。それに色も華やかね、いいじゃない。これも育てましょう。食べられなければ、食べられるように交配させればいいわ」
アンドリエイラは満足げに頷く。
簡単そうに言うが、ダンジョンという特殊な空間と、アンデッドという終わりのない時間があるからこそ言える言葉だ。
その様子を見てサリアンは、アンドリエイラを誘導する糸口にする。
「なぁ、今までなかったのがそんなに出るのって変だろ。ダンジョンがおかしくなってるせいじゃないのか?」
「そうね、安定してたら今までにない餌を作り出すことはしないわね。たぶん、いきなり餌がなくなって、ダンジョンコアが焦ったのではないかしら?」
「俺は畑に詳しくないが、そう言うのは、作物育てる上で駄目だと聞いたことがあるぞ? 一度元の状態戻させてから、手を入れたほうがいいんじゃないか?」
適当に言うサリアンの狙いは、勇者をダンジョンから引き離すこと。
そのためには名目としての、ダンジョン調査の終わりと言える状況が必要だった。
そのためには、そもそも変わってしまったダンジョンを調べ終えなければいけない。
ただしそこにダンジョンを畑と称するアンドリエイラがいる。
その協力さえあれば、ダンジョンコアに命じて元のとおりにできるのだ。
「えー、今だから面白いものできてるみたいなのに」
渋るアンドリエイラに、ウルとモートンが目を見交わして後押しをする。
「確かに面白いけど、時間かけるだけ勇者とか冒険者に荒らされて、お嬢が見る暇ないと思うよ?」
「そうだな。中層なら勇者たちにつき合わずに降りる者もいるらしく収穫された跡もあったぞ」
すでに人の手が入っており、時間をかけても収穫は半端になる。
そう教えられて黙るアンドリエイラに、カーランも続けた。
「ダンジョンコアがやってるなら、ダンジョンコアに命じてもう一度作らせればいいだろ」
「そこは偶然の産物だったりするから、こっちが働きかけるためにはちゃんと把握してないといけないのよ」
アンドリエイラからすれば、無法ができるわけではない。
ダンジョンコアもあくまで餌を釣るための手段として、納得させる必要がある。
選り好んで生じさせるには、ダンジョンコアの本能を刺激する説明がいるのだ。
色よい返事をしないアンドリエイラに、ヴァンは思いついた疑問を投げかけた。
「畑って、そんな一気に作物増やしてもうまく育たないんじゃない?」
「どうでしょう? ダンジョンなのでなんでもありと言われても」
悩むホリーに、アンドリエイラが教える。
「確かに、変えすぎると植物も魔物化するから、なんでもありとは言えないわ」
「大問題じゃねぇか。だったらもう茄子とトマト以外にもいくつか変わり種見つけてただろ。それで今回は満足しろ」
サリアンが止めに入るが、さらにそれをカーランが止める。
「いや、いっそいくつか食えるもの探してきて、ここを出る前に魔王に振る舞え。そしてそう簡単に国を乗っ取っても越えられないことを示せ」
「そうですね、そのほうが隣国の人々も安寧があるかもしれません」
良いほうに取るホリーに、ウルが耳打ちをした。
「これ単に、ここの産品高く売りつけるための言い訳だから」
聞こえたカーランは知らんふりで、アンドリエイラもわかった上で考える。
「それはそれで面白そうだけれど、それなら安定的に流さないと駄目よね?」
「今現在、ダンジョン産品の流通は停滞している。新たに売り込むとなればそうだろうな」
モートンが肯定すると同時に、ヴァンは腹を鳴らした。
「野菜以外だったらなんでも良くない?」
素直な故に不躾な言葉に、アンドリエイラは眉を上げた。
「全部野菜でひとコース作ってあげようじゃない」
「えー!?」
ヴァンの不満の声を聞きつつ、アンドリエイラはやる気になって袖を上げる。
それを見てウルとホリーは笑った。
「あーあ、うちのおばあも嫌って言ったらあえて嫌いなもの出してくる時あったよ」
「お嬢が作るものが美味しいのはわかってるんですから、嫌がることもないのに」
その間にカーランは手振りだけでモートンに指示を出す。
渋面になるも、モートンは頷いてサリアンの肩を掴んだ。
「それでは、我々は二手にわかれよう。ウォーラスに戻って勇者たちを見張る者と、お嬢が料理をする場を整える者。お嬢はサリアンと収穫をしてくれ」
「ダンジョン内で欲しいものがあれば、この籠を貸してやるから。畑のほうに行くならいくらか作物のサンプルとしてものを持ってこい、サリアン」
「おい!?」
モートンの手を振り払った瞬間、サリアンの手を掴むのはアンドリエイラだ。
声も出さずに逃げようとするサリアンだが、すでに足元には直下へと続く穴が開いていた。
「くそがぁぁあああ!」
サリアンの叫びだけが残響を残す。
野菜のフルコースなど受け入れないヴァンも止めず、ただ可哀想なものを見るように見送った。
ホリーだけは安全を祈るように手を組み合わせるも、それは死者への祈りようだ。
そんな様子は穴の中にいるサリアンとアンドリエイラにはわからない。
アンドリエイラは楽しげにつぶやいた。
「さぁ、まずはメインの肉料理の代わりに芋か豆よ。食べ応えのある物がいいわ。あえて苦さを残したソースで魚料理の代わりに甘い根菜を食べさせようかしら?」
落下で起きる風が唸る縦穴の中、アンドリエイラはウキウキと考えを口にする。
サリアンは自由落下の中、掴まれた手だけが命のよすがで何も言えない。
それでも、放り出されないために有益なアドバイスを捻り出す。
「見た、限り、魔王は姿形に引っ張られてる。ヴァンくらいのお子さま舌だと思ったほうがいいぞ!」
言ってる間に中層へ到達し、地面に落下する寸前強力な風で勢いを殺した。
しかし浮いたまま止まったアンドリエイラに対して、身長のあるサリアンは足を打ち付ける。
「それなら甘い野菜のスープでも作ってあげましょ。それともハチミツ煮にしてデザート? いえ、すりおろしを入れたケーキもいいわね」
上機嫌に献立を考えるアンドリエイラは、近くにいた見上げる蜘蛛の魔物を焼き払った。
サリアンは本来魔法耐性のある魔物の断末魔を聞きつつ、乏しい知識からひねり出す。
「確か、爽やかな香りがするみずみずしいキュウリが、お偉いさんの間で人気だとかルイスが言ってた気がする」
「あらいいわね! だったら目新しいものを確認したら、次は畑よ!」
「…………くそ、体力も見た目どおりだったら」
サリアンの愚痴など聞く者はいない。
そして翌日、自信満々のアンドリエイラが苦く愚痴を吐く姿に、同情する者もいなかった。
野菜のフルコースへの評価は、振るわなかったのだ。
「く、忌々しい。あんな安い肉に負けるなんて…………次こそは、次こそはぁ…………!」
「まぁ、美味くはあったがな。肉と油と小麦粉には負けるだろ。満足感が違った」
愚痴を聞くサリアンも、魔王と共に野菜のフルコースを食べており、美味さに文句はない。
食後すぐは魔王も悔しそうにしていたが、ヴァンがやはり肉がいいと言い出したのだ。
それに場所を提供したカーランが、使用人が食べるためのくず肉のミートパイをおざなりに出すと、ヴァンはもちろん他の冒険者も、魔王も喜んで食べた。
生きて活動するからこそ求める食の味を引き立てる肉体の欲求。
アンデッドであるアンドリエイラでは、忘却の彼方に忘れ去った食の喜び。
それが敗因だったのだが、亡霊令嬢が気づく機会は永劫ない。
ただ確かな敗北の味を噛み締めて、アンドリエイラは次の機会を誓ったのだった。
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