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98話:亡霊令嬢次に行く3

 ダンジョン内でアンドリエイラが見守る中、魔王は勇者のほうへと向かう。


「上手くいくかしら?」

「それは、魔王の心配か? 中層に直通させて送り込んだ奴らの心配か?」


 サリアンが聞くのはこの場にいないモートン、ウル、カーランの安否。

 別行動で中層へ向かわされたのは、アンドリエイラが途中で他の冒険者から漏れ聞いた、見たことのない作物を確認するため。


「そうねぇ、ただの雑交ならどうでもいいけれど新種として何か秀でるものがあれば」


 期待する様子で応じるアンドリエイラに、ヴァンが口角を下げた。


「えぇ? 新種とか言っても茄子っぽいんでしょ? どうせ美味しくないって」

「野菜の中でもまだ食べやすい部類なのに、そんな子供みたいに」


 ホリーもただの野菜嫌いに呆れ、アンドリエイラも年長者として野菜の大切さや、彩としての茄子の優秀さを語る。

 ただ当のヴァンは耳を塞いで聞かないふりだ。

 するとホリーも一緒になって、野菜を食べるように説得を始めた。


 サリアンとしては、周辺では珍しい野菜が採れるのならと、勇んで向かったカーランの金勘定の見立てがどれくらいになるかという現金な思考にしかならない。


「いつもそうやって嫌がるから、ヴァンを真似して子供たちまで嫌がるんですよ」

「あら、そんな駄目な見本になってしまっているなんて、教育に悪いじゃない」

「自分で稼いだ金で好きなもの食べるんだからいいだろー」


 駄々をこねるように言い返すヴァンの声を聞き流しながら、サリアンは勇者に接触する魔王のほうを見る。


(野菜嫌いよりも気にしろよ。勇者がすでに扱いあぐねてるんだが…………?)


 一方的に声をかけた魔王に対して、勇者たちは魔物を前に対応を困っていた。

 悪いことに魔物は群れで、見るからに子供の魔王が襲われようとしている。

 もちろん魔王は余裕なため防御姿勢も取らずにいたが、慌てた勇者たちが庇い怪我をした。

 そんな身を挺して守ったものに対して、魔王は弱いとがっかりし、余計に勇者たちを困惑させている。


「…………うん、そうだよね。勇者ってそういう期待されちゃうもの、なんだよね」

「落ち込まないでよ、大丈夫。ちゃんと守れたよ。勇者としてできてるって」

「勇者さまに非はありません。今はこの子の保護者を捜さなくては」


 助けてもがっかりされたことに落ち込む勇者を、王女と聖女が慰めた。

 そこに落ち込ませた元凶の魔王が空気を読めず胸を張る。


「弱さに不安しかない。だが喜べ、この私が配下にしてやろう!」

「はいはい、ありがとうね」

「それでどうやってここに?」

「ウォーラスの子でしょうか?」


 王女は面倒そうに礼を言うと、勇者と聖女は迷子扱いで魔王の勧誘を流した。


(あー、あー。子供扱いで怒るのはわかるけど、そこで地団太踏むんじゃ本当にガキみたいじゃねぇか)


 サリアンは魔王として振る舞うごとに、我儘な子供認定されていく魔王を眺める。

 ただ魔王も勇者を仲間にして国を乗っ取るという目標があるため、勇者たちの子供扱いに我慢を強いられた。

 サリアンにしたような短楽な洗脳は自重して、拳を握りしめており、苛立ちを足で表現した結果、子供のような仕草になったのだ。


「だからこの私が力を貸してやろうと言っているのだぞ!?」

「うんうん、ともかくここは危ないからね」


 子供扱いでダンジョンから連れ出そうとされる魔王に、サリアンも対処に当たる。


「お嬢、近くの魔物に出口方向塞いでもらうことってできるか?」

「適当に捕まえて放つのでいいなら」


 ヴァンに野菜の必要性と美味しさを説いていたアンドリエイラは、おざなりに応じて手を振った。

 結果、惨事が起きる。


「なんだこの数は!? スタンピードか!」

「ともかくここでできるだけ間引きしないと!」

「いえ、まずはこちらも体勢を立て直す必要が!」


 突然出入り口方面に現れた、魔物の群れというには雑多な個体と数。

 適当に捕まえて放つことをしたせいで、あまり広くない通路に詰まり、結果、勇者たちは魔王を抱えて逃げ惑うことになった。


「え、ちょっと何が起きてるのさ?」

「なんですか、この惨事?」


 気づいたヴァンとホリーの横で、やったアンドリエイラも目を丸くしている。


「いや、まぁ、結果としては良かったか」


 最初から見ていたサリアンは、勇者たちを守る形で戦う魔王が実力を見せつける展開になり、呟いた。

 それにアンドリエイラは胸を撫で下ろした後、顎を上げる。


「あんな小物で調子に乗りすぎよ。どうせなら、下層からドラゴンでも引っ張り出して」

「やめろ。どうせこっちが対処する未来しか見えない」


 連日の騒動に、サリアンは本気で疲れた声で止める。

 アンドリエイラはそんな様子に首をかしげてみせた。


「あら疲れ? やっぱり野菜が足りないのかしら?」

「それは違うって俺でもわかる」

「お嬢、私たちには限界があるんです」


 ヴァンとホリーも、現状で亡霊令嬢の一番の被害者はサリアンだとわかっている。

 もちろん引き込んだ自業自得も。

 とは言え、今までにない行動を強いられれば、疲れるものだとわかっているし、付き合わされている弟分、妹分としては他人ごとでもない。


 そんな間に魔王と勇者は危機を脱していた。


「それだけ強いなら、一人で大丈夫だね。じゃあ、僕たちはこれで」

「ま、待てぇい!」


 力を誇示しすぎて当初の目論見が外れ、魔王は慌てふためく。

 アンドリエイラはその様子に、口を押えて笑いを堪えた。

 もちろんそれを魔王に気づかれ、隠れているのに睨まれる。


 なんとかしろと口だけを動かす様子に、アンドリエイラはサリアンの肩を叩いた。


「無茶振りが過ぎる。けど、目標はここでの同行じゃなく、隣国、しかも王城への立ち入りを許される立場が重要だ。変に警戒されても困るが、もう一歩次に会った時に立ち話できるくらいの関係に近づいたほうがいいんじゃないか?」


 隠れ潜むサリアンの声が聞こえている魔王は、尖った耳を動かしつつ助言を実行。

 しかし上手くいかず、ヴァンとホリーも困った顔で魔王の行動を見守る。


「何あれ? 腕にぶら下がって懐き始めたけど、どういうつもり?」

「多分、甘えたりボディタッチをしているのかと。けど、あれは…………」

「ガキの姿でやってる上に、相手が父性なんてもんもないガキだからなぁ」


 サリアンが言うとおり、勇者は魔王のアプローチに困るばかりで、子供扱いも加速する。

 そして勇者はまだ十代であり、妙齢の女王がやればまだ効くだろうが、今の魔王は勇者よりも年下に見える少女であるため、良くて妹が懐いている程度。

 その上、魔王の尊大な言動のせいで、我儘な子供が騒いでいるようにしか見えない。


 上手くいっていないのは魔王も気づいており、その分アプローチを強めるがそれが余計にから回る。

 ついには、暴力を出さないように堪えるせいでまた地団駄が出た。


「もう! 隣国までこの私を連れていけ!」


 ズバリ叫ぶ声は、癇癪を起した子供そのもの。

 そんな魔王に、勇者は何か気づいた顔をした。


(最悪、神からの情報でばれた時にはお嬢に下層から魔物ぶち込んでもらうしか)


 サリアンが身構える中、勇者は声を大にする。


「まさか、国を跨いだ迷子!?」

「え、だいぶ遠いのにここまで!?」

「強いせいで来れてしまったとか?」


 両手で口を覆う聖女に、勇者と王女はそれだと言わんばかりに指を差す。


「ち、が…………うぅ」

「堪えろ。少なくともこの雰囲気なら隣国までのチャンスを拾える」


 否定しようとする魔王に、サリアンは遠くから助言する。

 その横で、声を出して笑いそうになるアンドリエイラを、ヴァンとホリーが宥めていた。


「そうか、困っていたんだね。わかった、必ず君を送り届けるよ」

「これも人助けですね。えぇ、隣国まで一緒に行きましょう」

「それに私たちも戻るし、声をかけてくれて良かったわ」


 責任感を持って引き受ける勇者に、聖女も優しく声をかける。

 王女も善意で魔王の同行を受け負った。


 だが、当の魔王は細い肩を屈辱に揺らす。

 見た目は少女だが、魔王としての矜持もあれば他の者の上に立つ尊大さもあった。

 だというのに、完全に迷子の子供扱いを甘んじて受けなければならない状況。


「うぅ、絶対、ぜったいに、乗っ取ってやる…………」


 不穏な言葉を吐きつつ堪える魔王が真っ赤になるのを、勇者たちは慈しみの目で見ている。

 その視線は、不安に震える子供を見守る目でしかない。


 神からの圧がなくなった勇者は、魔王の正体に気づかず、その力を認めつつも子供扱いのまま、保護という名目で一緒にダンジョンを出て行く。

 悄然とした魔王の背中を見送るサリアンはなんとも言えない。

 ヴァンとホリーも、いつまで魔王の我慢が続くか恐々とする。

 ただアンドリエイラだけは、笑うことを我慢して体を震わせていた。


定期更新

次回:亡霊令嬢次に行く4

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