97話:亡霊令嬢次に行く2
魔王は手に余るため、ウォーラスからの追い出しをサリアンたちは計画した。
そのために隣国へ帰る勇者に魔王を引き合わせ、押しつけるのだ。
前準備として言葉を弄した結果、隣国の乗っ取りに魔王が乗り気になったのは、狙いどおりではあるものの、良心の呵責を覚える程度には大それた計画となる。
「ま、張りぼての城で満足するなら人間を食料として消費してもいいのではない?」
人間たちが不安の表情を浮かべる中、アンドリエイラは不遜に笑う。
人間側への被害を軽減させようとする中、ウルは人間を支配すべきとでも取れる発言をしたからだ。
そのほうが殺されはしないだろうと楽観的な提案だが、上手くいくかなどわからない。
そもそも魔王がどれほどのことをするかは未知数なのだ。
「ふん、人間など食料程度の価値しかないわ。おらずとも配下で手は足りる」
「あら、その配下はどれくらい人間の暮らしに慣れているの? そもそもあんな四天王しかいないわけ? 配下がそれほど潤沢にも思えないけれど、逆に魔物に合わせると大改修が必要になるわよ」
「だからそれは貴様が! 二百年前に大抵の者を殺して回ったくせに何故そうも他人ごとなのだ!?」
魔王はいきり立つが、アンドリエイラは知らぬ顔。
ただ屋敷の持ち主であるカーランだけは、耐えるように顔を顰める。
「王の住まいにあるお茶なら、ここよりもおいしいものが飲めるんじゃない? 魔物に全て入れ替えるのなら、そう簡単に手には入らないでしょうから良く味わうことね」
「む、それはそうか。良い茶か。湯も使えるだろうか? 確かにそうなると人間仕様のまま人間たちを働かせるほうが…………」
魔王が拠点を置く北は、燃料の有無が死活問題だ。
水はあっても草木は乏しく、寒さ故に消費量が膨大となるため、身を浸すほどの湯を潤沢には使えない。
アンドリエイラに目を向けられて、サリアンは人間を擁する利点を語る。
「入れるんじゃないか? 国盗るならそのための薪なり、税なり巻き上げればいい」
言ってからサリアンは、不安そうな仲間を見て、魔王を窺った。
(少しぐらい魔王のほうから、人間を保護するような言質を取るべきか)
そう考えて、改めて口を開く。
「そのためにも、国の形は維持しないといけない手間はあるがな。それでもそこにいる人間を今までどおり生かして生活させるだけだ。大した手間でもないだろ」
あえて軽く言うが、サリアンも魔王に乗っ取られたとなれば、国から逃亡する者もいることは想像できた。
ただし、今は見ないふりをする。
そこまで背負えない、背負う気もない。
そもそも勇者を召喚して送りつけて来たのは隣国なのだから、同じように魔王を送りつけて文句を言われる筋合いはないと言うのがサリアンのスタンスだった。
ところがアンドリエイラが全く違う方向から煽った。
「ふふん、お茶はいいものが飲めても、私の館で食べたほどのお菓子は無理でしょうね。何せものが違うわ。隣国ではここで手に入るスパイスも砂糖もそう簡単に手に入らないのよ」
「なんだと、そうなのか?」
魔王が本気で驚いてサリアンたちに確認する。
隣国へ追い出したい人間たちは慌てた。
しかし嘘で否定もできない。
アンドリエイラが畑としたダンジョンは、確かに周辺にはない作物が多い。
そして森の主であるアンドリエイラはそれらをふんだんに使えるのは事実であり、そうなるよう自ら整えたのだ。
魔王に嘘も誤魔化しも効かないと見て、商人のカーランが一番に口を開いた。
「それなら、いっそ国の金という他の者では扱えない優位を使うべきだろうな。ここで採れたスパイスなんかは、高い値で隣国にも売られて、直接収穫する以外ではあまり出回らない」
「あら、私の畑のものはそんなに遠くまで売られるの?」
今度はアンドリエイラが驚く様子に、魔王は横目で伺いつつ聞く。
「その金は亡霊令嬢に入るのか?」
「まさか、あたしら冒険者が命がけでおこぼれ収穫して売るの。お嬢の畑はちゃんと別にあるよ」
ウルが高い金が入るのは商人だと言えば、モートンも考えて釘を刺した。
「ただ、近隣で派手に戦争があると、商売はできなくなる。その、人間は弱く臆病なのだ。魔王と勇者が争うようなことがあれば商売などできなくなり、物は隣国まで届かない」
神官とは言え、信心深ければ冒険者などやっていないので、モートンも神の側に肩入れはしない。
それでもモートンやホリーは無辜の民が虐げられる状況を無視もできなかった。
その上アンドリエイラから教えられる神の実像に、信仰心が余計に薄れてはいるのだが。
ただそんな思いなど知らないヴァンが魔王の気を削ぐようなことを言った。
「けどさ、材料あっても作る人は逃げるんじゃないかな。っていうか、お嬢より美味しく作れる人っているの?」
「そ、そこは、材料さえあれば。きっとお城には腕のいい料理人もいるはず、です」
ホリーが慌ててフォローするが、魔王はアンドリエイラを窺う。
視線を受けたアンドリエイラは、腕を見くびられて口角を下げた。
「そう簡単に私を越えられると思っているの?」
しかしその不機嫌が魔王の口角をあげさせる。
「ふん、そうか。ならば越えてやろうではないか」
「ふん、お菓子くらいで。日々の食事だって大切なのよ。私の畑は肉も酒も取れるわ」
ダンジョンだからこそできる無茶な畑。
森に引きこもったアンドリエイラが、森だけで完結するようにした結果だ。
ただそれを聞いたサリアンは、魔王の反応から煽る方向に切り替えた。
「じゃあ、魔王が隣国押さえちまえば、食以外は上に行くわけか。そりゃ城を丸々取ってしまえば、そこにあるものはなんでも、この田舎よりいいもんだろうしな」
そんな簡単な話ではないが、あえてサリアンは単純化する。
対立を煽る言葉に、冒険者たちは不審の目。
サリアンはわかるようにつけ加えた。
「王さまのための針子もいれば、彫金師もいるんだろうな」
意図に気づいたカーランが続ける。
「だったら販路の広い御用商人もいるから、質のいい織物も宝石も手に入るだろう」
ウルとモートンも目を見交わして続いた。
「あ、デザイナー。最新の流行はやっぱりこんな田舎じゃなくて王都とかだよね」
「周辺の衣類が悪いとは言わないが、お嬢のお眼鏡に適うものはなかなかないからな」
食に負けても衣類や宝飾品においては上を行ける。
アンドリエイラも自分の足で回ったからこそ、否定の言葉もない。
耳を傾けていた魔王はニンマリ笑った。
遅れて気づいたホリーが、笑みを浮かべないよう口元に力を入れた。
「つ、つまり、それを担う人間がいる国を丸ごと手に入れるのが、一番ですね」
「あぁ、そういう…………えっと、お嬢みたいにお城改修してもいいんじゃない?」
ヴァンは適当だが、それはそれで魔王が争い以外に目を向ける要因にもなる。
関わる人間が生き残る可能性の幅が広がり、戦火を嫌う方向への誘導にできた。
人間たちの悪あがきとわかっていても、アンドリエイラとしては面白くない。
「そう上手くいくかしら? そもそも勇者だって神から入れ知恵されてるわ。きっと魔王のこともね。そう簡単に操られてなんてくれないわよ」
ただその負け惜しみに魔王のほうが得心の笑みを浮かべた。
「くくく、二百年で忘れたか? そもそも私は多くの者を篭絡し、配下に収めた魔王。この手練手管をもってすれば、勇者も国王も赤子も同然よ」
艶めかしく足を組み、指を差し伸べる魔王。
しかしいかんせん姿は少女だ。
豊かな膨らみもなければ、引き立てるくびれもない。
(ガキが色気づいて見栄張ってるようにしか見えねぇ)
サリアンは視線を逸らして、激怒必至の考えを振り払う。
他の人間たちも似たようなことを思うが、誰も口にはしない。
ただ、本来の姿を知っているアンドリエイラは面白がって口を覆って言った。
「あら、本当に通じるかどうかその勇者に聞いてみましょう」
安い挑発だが、魔王もやる気と自信をにじませる。
「いいだろう。それで? 勇者は何処にいるのだ」
「あー、ダンジョンじゃないか? 昼過ぎには出てくると思うが」
答えるサリアンに魔王は口の端を持ち上げた。
「それではレベルを見るついでに会いに行ってやろう」
「あら、一人で街を出るのは面倒よ」
「何故だ?」
「ここに来る時も、サリアンがウォーラスの壁を遠回りさせたでしょう」
アンドリエイラは魔王に、冒険者らしい恰好をしなければ通してもらえないのだと話す。
もちろん理由はウォーラスを魔物が襲ったせいだと語るが、魔王は自身の配下のためだと勘違いした。
(四天王のこともあるが、ほぼお嬢のせいなんだけどな)
サリアンは思いつつ、巨馬を配置した神にも幾分か責はあるかもしれないと考える。
「まぁ、この人間たちがいれば大丈夫よ。さぁ、魔王でもダンジョンまで行けるようにしてちょうだい」
もちろん無茶振りに非難の声が上がる。
ただ巻き込まれた状況ながら、密かにカーランだけは屋敷から出る案に胸を撫で下ろしていた。
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