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96話:亡霊令嬢次に行く1

 カーランの屋敷で茶を口に含み、アンドリエイラは眉を上げた。


「元の茶葉はいいのでしょうけれど、保存が悪いわね」

「雑味が出てしまっているな。だが、田舎ならこの程度であろう」


 魔王まで駄目出しをするのを聞いて、カーランはプルプルと肩を震わせる。

 高い茶葉で保存に適した環境がなかったのは当たっているからこそ言い返せない。


 同じ茶を啜るサリアンたちは顔を見合わせた。


「高いのは匂いの強さでわかるんだが、保存がどうだとかわかるか?」

「わっかんない。匂いもそうだけど、色も強いって言うか綺麗だよね」

「苦くないくらいで飲みやすいですけど。これが雑味でしょうか?」


 ヴァンとホリーもわからず首を捻る。

 それに飲食にうるさいウルとモートンがお互いに思ったことを口にした。


「まぁ、雑味で草っぽさあるよね。なんか、新鮮さは感じないかな」

「茶葉が湿気ったのかもしれないな。そこが保存の悪さだろう」


 図星を突かれたカーランは、舌打ちするように口の端を歪めて話を振る。


「で、どうするんだ? サリアン、言い出しっぺだろう」

「そこはまず魔王の今後の去就を聞くべきだな」


 言ったらすぐにカーランから押し出され、サリアンは仕方なく声をかけた。


「あー、魔王。これでお嬢が関わる気がないってことは理解してくれたか?」

「うん? あぁ、そうだな…………。少なくともあの幽霊屋敷や森の館の改修が終わるまでは動かないことは理解した」


 魔王の返事には含みがある。

 実際に見たからこそ、長くて一年程度の保証にしかならないと突きつけた。

 その後はわからないから警戒を解くかは別だと。


 アンドリエイラは知らないふりをすることが、魔王に警戒を膨らませる。

 ホリーもそれを見て、アンドリエイラのほうへと声をかけた。


「お嬢だってまた邪魔されるのは嫌ではないんですか?」

「えぇ、そうね。さっさと何もない北に帰ればいいと思うわ」

「何もなくしたのは貴様だろう!? 私だってこうして茶と菓子を楽しむ余裕が欲しいわ!」


 少女の姿で魔王が切実な願望を口にする。

 口の端に食べかすがついているのが、余計に幼さと本気度を強めた。


「そもそも、確認したからと言って手ぶらで帰れるわけがないだろう。魔王が直接動くことの軽重が揺らぐ」


 魔王の言外の要求は、四天王二人を犠牲にしての補償。

 神核を求められているとわかるのはアンドリエイラとサリアンだけ。

 ただ渡してもいいことがないこともまた、自明だった。


 カップを置いたウルがサリアンに耳打ちで聞く。


「今回お嬢が上手くやってくれたでしょ。そのやり口学んだとか、そういうのは?」


 言われてサリアンに思い浮かぶのは、森で魔王が腹を抱えるほど笑った様子。


「なぁ、神のほうをどうにかしたやり方、魔王にはできないのか、お嬢?」

「何かまた不敬なことをしようというのか?」


 宗教裁判に引っ張り出されたモートンが表情を険しくすると、アンドリエイラは笑って指を振って見せた。


「あなたたちにわかりやすく言うなら、勇者をストローに、神が信仰を力として吸っていたから、それを邪魔したの。信仰という甘いジュースの代わりに、憎しみや恨みつらみの苦みを吸わせたのよ。そうしたら、神は毒を食らったように弱るの。そこを…………」


 アンドリエイラは両手を握ってひねる。

 それは鳥の首でも絞めるような動作であり、人間たちは神がどうなったかを知った。


 それに魔王は鼻白んだ様子で唇を尖らせる。


「そう上手くいくものか。頭の悪い神々でもすでに警戒しているのだから、二度はない」

「…………神がいなくても隣の国の王さまとかいるんじゃないの? あ、です」


 ヴァンは魔王に見られて、雑に語尾を変える。


 状況からストローの勇者は健在であり、アンドリエイラに潰された神は入れ替わり。

 その上で毒となったのはウォーラスの人間たちもまた健在であると同時に、他の人間でも代用は可能だ。


「つまり、上手く隣国の王を煽動して勇者を追い詰めろと。中々なことを考えるな」


 悪意的にとるカーランに、そこまで考えていないヴァンは大きく首を横に振る。

 しかしそれを魔王が拾って、口の端を持ち上げた。


「ほう、中々に豪胆なことを言うではないか」


 ヴァンは困ってサリアンの袖を引くが、当のサリアンは別のことに思いをはせる。


(厄介ごとに巻き込まれる血って、本当にあるのか…………)


 腹違いの兄弟とわかっているからこそ客観視してしまい、ひどくげんなりした。


 とは言えこのまま隣国で何かあれば、ヴァンも気にするとわかっている。

 サリアンは考えて、できるだけ被害が少ない方法を提案した。


「逆じゃねぇのか? ストローの勇者はいないといけないだろ。だったら、国王とか、国の偉い奴らに、こう…………痛い目見せて?」


 考えつかないまま喋るのは、勇者に関してもアンドリエイラから後で聞いただけなので想像が追い付いていないせいもある。

 一連の騒動に実際関わったものの、当事者だからこそ俯瞰するようには見えないせいもあった。


 ただ魔王はそんなあやふやな提案に指を鳴らす。


「そうか、勇者を取り込んでストローの役目を奪えば、神のほうに供給はない。この私の一人勝ちではないか!」

「悪化したか…………?」


 サリアンは思わず真剣に呟く。

 それにヴァンとホリーが軽く腕を叩いて止めるように促した。


 モートンがさすがに見過ごせず、魔王に対して言葉を向ける。


「そ、そんなことは可能なのか? 勇者は敵というか、交わらない者同士だろう。それを魔王が抱き込むなど、あまり現実的には聞こえない」


 言われた魔王も考える様子をみせた。


「ふむ、取り込んだとしても、勇者に切られない線引きが必要と。確かにそうだ。むぅ、けっこう難しいな?」

「そういう細々した手は、こざかしい人間のほうが得意よ」


 アンドリエイラが言った途端、魔王は目が合ったホリーに指を突きつける。


「聞いてやろう」

「え、あの…………ゆ、勇者の仲間になってみるのは、どうでしょう」


 思いつきであり、口から出まかせのため、ホリー自身言ってから後悔した。

 それでも穏便にと願う思いは確かに言葉選びに表われている。


 そして魔王は口を引き裂くようにして笑い声をあげた。


「ふ、はははは! この魔王に、この私に、人間に媚びを売れと?」


 侮辱と取って笑いながら怒る魔王に、ウルが慌てて言いつくろう。


「別に仲間って言っても、魔王が率いてもいいんじゃないのかな!?」


 持ち家で暴れられては困るカーランも続いた。


「いっそ勇者を足がかりに国を乗っ取るくらい魔王ならたやすいだろう。この田舎のウォーラス一つで神はお嬢に負けたんだ。国ともなれば優位は揺らがない」

「む、国盗りか。それはいいな。北に拠点がある故動きにくいが、丸々奪ってしまえば配下も呼べる」


 怒りよりも差し迫っての問題がある魔王は、考えることを優先した。


 サリアンは顔色を悪くするホリーを横目に、魔王を乗り気にして追い出しにかかる。

 もちろん隣国の被害など、一階の冒険者に考えるいわれはないと無視して。


「人間は信仰だとかで糧ってのになるんだろう? だったらできるだけそのまま残して、追い出すなり処分するなりは城とかにいる偉い奴らで示威としては十分じゃないか?」

「そうだな。減らしすぎても回収できる糧が減る」


 神からの横取りに前向きになる魔王に、アンドリエイラは小さく笑った。


「なぁに? そこまで飢えているの?」

「元はと言えば畏怖の念さえないくらいに人間を排除した貴様のせいだろうが!」

「知らないわよ」


 本気で話が通じないアンドリエイラに、魔王は拳を握りしめながら、その非道を質す。

 そんな少女二人の喧嘩を横目に、ヴァンはぼやいた。


「なんで国盗りになってんの? 隣国魔王に滅ぼされるの?」


 ヴァンが額を押さえていう横では、勇者の仲間になれと言ってしまったホリーは両手で顔を覆っている。

 魔王の勘気を恐れて口添えしたカーランも頭を抱え、サリアンは諦め半分に訂正した。


「滅ぼされない。聞いただろ、人間は残して上を替えるんだよ」

「魔王に国を乗っ取られた時点で人間の国としては滅んだも同然だろう」


 モートンも険しい顔で言うが、ウルは楽観的に返す。


「お嬢だって屋敷飾るし、魔王だってお城手に入れたら飾るし人手はいるでしょ」


 たとえ人間の国としての体裁がなくなっても、生きる人間たちは残るはず。

 その微かな可能性にかけて目を見交わすと、隣国の盛衰よりも自らの保身を選んで頷き合ったのだった。


定期更新

次回:亡霊令嬢次に行く2

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