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95話:話し合い5

 ウォーラスの幽霊屋敷がいつからあるかなんて住人に聞いても、百年くらいという雑な返答しか返ってこない。

 さらに幽霊は淫売だ、嫉妬に狂った女だ、金遣いが荒い放蕩娘だと好きに噂される。

 その実、陥れられて死んだうら若い乙女であり、冤罪と讒言、さらには死後に貶められた恨みが積み重なり、誰も祓うことのできない瑕疵物件となっていた。


 今ではその乙女の幽霊も、亡霊令嬢であるアンドリエイラの配下にされている。

 そのため人間が入っての改修工事が進められているのだが、今もウォーラスでは幽霊屋敷と呼び続けられていた。

 そんな場所へ足を運べば、事情を知る工事責任者が一人やって来る。


「あの、この屋敷の幽霊に、虫の死骸投げつけるのやめるよう言ってくれませんかね?」

「…………なんでそんなことをされているの?」


 わからない顔のアンドリエイラに、サリアンは以前来た時のことを思い出させた。


「お嬢、黒いの駆除するよう言ってただろう。改修中で開け放ってるんじゃ、駆除してもいくらでも入って来るんじゃないのか?」

「すぐやめさせるわ! というかそんなもの外に捨てなさいよ!」


 叫んだアンドリエイラが手を振った途端、屋敷から悲鳴がほとばしった。

 驚いた作業員たちも野太い悲鳴を上げて騒ぎ出す。


 一連の様子を見ていたホリーは、騒ぎ立てる幽霊屋敷を前に溜め息を吐いた。


「…………お嬢、傍若無人すぎます。幽霊は言いつけを守っていたのに」

「そうだよ、あの荒れた屋敷の様子からすれば、ずいぶん優しいじゃん」


 そういうヴァンは、以前天井に穴が開き、シャンデリアが落ちとひどい攻撃の痕跡を見ている。

 ただ同じものを見たウルは否定した。


「人によっては万死に値するからダメでしょ」

「まぁ、お嬢がその万死に値するタイプなのがな」


 相方の言葉を肯定しつつも、モートンは賛同しかねて言葉尻を濁す。


 屋敷の騒ぎを治めに向かう工事責任者を見送ると、魔王は屋敷を正面から見まわした。


「ふむ、それで? その幽霊とやらは何処にいるのだ? 挨拶をさせよ」

「魔王も見えないのか…………いえ、失礼」


 カーランが思わず呟くが、相手が魔王であると思い出し謝る。


 ただ魔王は気にせず澄まし顔だ。

 判定としては、能力を侮られたわけではないと理解したから。

 カーランの言葉は、自らの上の存在だからできるという上位に置くからこそだと。


「霊魂を見、対話するのは素質がいる。近くあれば感じ取り食うこともできるが、ここの者はそこまでではないからな」


 魔王は当たり前のように不穏な言葉を吐く。

 どう考えても、ただの人間なら知らなくてもいいことだ。

 そう見切りをつけた冒険者たちは内見を進めた。


 ちょうど混乱した中、作業員は休憩に入り、人のいなくなった中を確認する。

 以前見た時にあった破壊の痕跡は全て撤去され、外の明かりも大きく入り格段に幽霊屋敷の雰囲気は軽減していた。


「台所にあったわ。ほら、魔王、これが今のオーブンよ!」

「これがそうなのか。不思議な形だ。それに小さい。こんなもので本当に調理ができるのか?」

「けっこうな火力出るんだから」


 アンドリエイラは得意げに話し、魔王も初めて見る鉄のオーブンに興味を示す。

 周囲はまだ改装中で、壁が抜かれていたり、家具も避けられていたりで殺風景だ。

 場所によっては打ち壊して撤去されている設備もあるため、明るいわりに廃墟の雰囲気は残っている。

 その上で、保全された鉄のオーブン以外他に見るものもない。


 少なくともオーブンの自慢が終わるまでの間がある。

 人間たちは額を突き合わせて話し合いを開始した。


「どうせすぐ飽きるだろうから、この後はカーランの屋敷行くぞ」

「おい!?」


 サリアンの提案にカーランは即座の突っ込みを入れる。

 けれど味方はいない。


 苦い顔をするカーランに、ウルが肩を叩いた。


「他にあの二人大人しくさせられる場所ないし」

「つまりは、少なくとも大人しくなるということですね」


 逃げ場を奪うため口にするホリーに、モートンも諦めを促す。


「茶を出して濁すしかないんじゃないか?」

「魔王もお嬢みたいに拘りあったらうるさいだろうけどね」


 何げないヴァンの言葉に、カーランは深く眉間に皺を刻んだ。

 想像できるからこその渋面だ。


「なんでこんなことに…………」


 カーランの嘆きは、もちろんこの場の人間たちも同じ思いだ。

 日銭なら安定して稼げる片田舎だったはずが、勇者と魔王の争いの爆心地となりかねない状況が揃ってしまっている。


 言葉をそのまま受け取ったヴァンは、指折り数え始めた。


「魔王来たのは四天王がやられたからでしょ。だから四天王倒したお嬢のせいで…………」

「いや、四天王は神と共謀しての勇者を演出するために来たんだ。倒しちまったのはお嬢だけど」


 訂正するサリアンに、ウルが聞く。


「じゃあ、勇者来たせいってこと? そう言えば四天王には一番に向かって行ったね」

「そこはそもそも勇者を送り出した隣国にこそ責任があるのではないか?」


 勇者自身は異世界から召喚された存在であることを、モートンが指摘する。

 なんの慰めにもならない話を聞いて、カーランはやさぐれた様子で吐き捨てた。


「そもそも隣国の神が勇者を利用したせいだろう」


 勇者を仕込み、人々の信仰を集め、力を強める。

 それが勇者を派遣した神々の狙いであり、魔王も勇者という希望を叩き潰すことで人々の畏怖を集めるのが目的だ。

 そんな神や魔王と言った手の届かない存在の勝手な思惑でことは進んでいる。


 打ち崩せるのは亡霊令嬢と呼ばれる、埒外の存在だけ。

 ただの人間たちはしばし無言になった。

 その中で、サリアンが溜め息と共に吐き出す。


「なぁ、もう隣国でやってもらったほうが良くないか?」


 視線が集まる。

 言うからには方策を出せという圧と共に。

 否やはないと見てサリアンは手を振る。


「そもそも勇者は帰るんだ。だったら魔王もそれについて行かせればいい」

「弱った魔王が敵の本拠にわざわざ行くなど、どうやったらそうなる?」


 呆れるモートンに、ヴァンは首を傾げた。


「けど、向こうも神はいないんでしょ? 今日も午前中にやられてたし」


 盗人の神がどう関わっているかは知らないが、それでも神に被害が出ているのは知っている。

 カーランは思案する様子で頷いた。


「送りつけられるならそれがいい。そして勇者たちも今なら扱いやすい」

「言い方は悪いですが、同意します。ただ、すぐにも旅立つとは思えません」


 ホリーが言うとおり、今の勇者たちはダンジョンの異変の調査を担っている。

 贖罪と銘打って動かしやすいとは言え、すぐには引き離せない。

 神託を降ろしても、周囲が引き留めるため帰国させるのは難しい状況と言えた。


 ただウルは、オーブンを誇るアンドリエイラを横目に見る。


「そう? お嬢が昔の形に整えてくれればいいじゃん」

「それをさせるのがなぁ。それに魔王がついて行くかもわからないだろ」


 言うほど簡単ではないと否定するサリアンに、またウルは気軽に答えた。


「えー、他にやりたいことあればやってくれるでしょ」

「確かに今までの行動からそうだろうが、やりたいことか」


 考えるモートンに、カーランもアンドリエイラを横目に見る。


「魔王のこともいっそ馴染みのお嬢に押しつけられるなら…………」

「魔王も弱ってるなら、案外聞いてくれるかもね。お嬢」


 自慢げな様子からヴァンが楽観を口にすると、ホリーは対照的に不安げに眉を下げた。


「けれど勇者が帰国するかどうかやはり難しいでしょう」

「そこは、まぁ…………」


 サリアンの頭に思い浮かぶのは追い回されていた鳩。

 二人がかりで追い駆けられた後なら、片方を遠ざけるためと言えば協力は取り付けやすい。


「ウォーラスから追い出したい神もいるはずだ」


 言って、サリアンは自分で頷き、方向性を決めた。


「勇者と一緒に魔王を隣国に追い返すぞ」


 ただの人間が言うには荒唐無稽であり、おかしな取り合わせ。

 それでもこれ以上の災厄は必要ないと意見は一致し、揃って頷いたのだった。


定期更新

次回:亡霊令嬢次に行く1

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