92話:話し合い2
「無駄に飾るくらいなら私に寄こせ!」
両手の拳で机を叩き、魔王は思いのたけを吐き出す。
俯いて肩を震わせる姿は、駄々をこねる少女そのもの。
ただ、少女の姿しか取れない弱体状態の魔王にとっては、切実な願いでもあった。
それほどに惜しみ求める神核の価値を知らないサリアンは、うっすら知ってることをアンドリエイラに確認する。
「聖女に信託させるために、神にも渡したんだよな?」
わかるのは、神を動かす餌になるくらいの雑な認識。
それはそれで神や魔王が聞けば発狂する理解の仕方だった。
もっと神核の価値を知ってなお侮辱するアンドリエイラは、不服を顔に表す。
「一つだけ飾るのは味気ないわ」
「代わりにダイヤでも水晶でもくれてやるわ!」
魔王はそこじゃないと訴えるが、アンドリエイラには通じない。
奇跡を起こせる神核の価値を知っていて言っているのだ。
すでに構想してるインテリアの素材を取られることのほうが問題だった。
サリアンは必死に訴える魔王を見ながら、神核という存在を考える。
(魔王も釣れるのか。それはそれで争いの種になる、と)
サリアンもさすがに、魔王の脅威はあれど神には期待などしていない。
それでも神が家畜程度には人間を守る意識があることもわかっている。
逆に魔王は人間を虐げることで力にすることも、聞いていた。
魔王が力を得ることは、人間であるサリアンにとって害でしかない。
ただこの状況での不均衡もわかっているため、魔王が引かないことも想像できた。
「あー、お嬢。確認だ。あの教会にいる神っていうのは、今回の勇者とかには関係ないんだよな?」
「えぇ、ただの覗き魔よ。ここを茶番の舞台にするから、挨拶は受けていたようだけど。特に手を出すつもりはないみたい。聖女を使った神託も、自分の管轄で起きた騒動を収束するためっていう名目で、神々の遊びには関わらないそうよ」
サリアンとしては、それはそれで問題発言だ。
ウォーラスの教会にいる神が、ウォーラスを守る気がないのだから。
ただアンドリエイラが魔王も欲しがる神核を渡した相手は、魔王と勇者の戦いには無関係だと明言された。
「ってことは、ここで魔王にその神核とか言うのを渡すと、勇者側の神からも寄こせって言われることにならねぇか?」
状況を整理するサリアンに、アンドリエイラも気づいて口角を下げる。
「そうね、誰が後任になってるかわからないけど、介入するなら均衡を崩すなとか言ってまたうるさくされそうだわ」
「あぁ、自分たちは好きにルールをいじくれるなどと思い上がった上で、規律や秩序を振りかざすのだから馬鹿らしい」
魔王も、天界の神の傲慢さに、鼻の上に皺を寄せる。
「あやつらの顔面を殴りつけるにも、天界へ上がれるようにならなければならないことが口惜しい」
「魔王からは接触できないのか? なんか、分霊とかいうのが地上にいたが、あれはなんなんだ?」
神だの魔王だのに明るくないサリアンだが、元の勇者を操る三柱が、ウォーラス周辺で仕込みをしていたのは知っていた。
さらに聖女に神託を与えた教会の神は、日常的に覗き見をしているのもうかがえる。
黒猫と白鴉も神の末席だと聞いた。
そして盗賊に乗り移った盗人の神に会ったのは今日の午前のこと。
サリアンからすれば、けっこうな頻度で神の介入を受けている印象だった。
その上で、アンドリエイラが地上にあってひねりつぶす姿も見ている。
天界に行く必要性はあまり感じないのだ。
「分霊に会ったのか。なるほど、弱っているのはそのせいで…………」
そういう魔王の目は、アンドリエイラの左手に注がれていた。
新たに購入した手袋には、簡易の隠蔽が施されている。
だが魔王はアンドリエイラと戦い、黒い悪魔の襲来と共に身を寄せ合った。
隠蔽し、見た目を誤魔化しても、直接触れてその一挙手一投足に集中すれば、左手の不自然な動きには気づく。
アンドリエイラも誤魔化せていないと察しながら答えず、盗人の神について話した。
「報復か、私を巻き込むことに未だ拘ってるのかは知らないけれど。迷惑な話だわ。せっかくのオーブンなのに」
「なんだ、改修ついでにオーブンを作り直すのか?」
魔王も答えないとわかって会話に応じる。
ただ見るのはこの館のオーブンで、石造りのものだ。
アンドリエイラは鼻高々になって否定した。
「違うわ。鉄のオーブンよ。ウォーラスに屋敷を買って、そこに据え置くの」
「鉄の? なんだそれは」
「あら、知らないの?」
アンドリエイラも知ったのはここ最近のこと。
なのに誇らしげに語り始めた。
一度使ったことがあるだけだが、知った風に魔王へ聞かせる。
その上で、人間の街へ行き買ったことや、搬送途中で神の分霊に悪戯されかけたことも教えた。
聞いた魔王はあきれ顔だ。
「相変わらず、奴らはこすいな」
「えぇ、正面からやって見なさいよね」
アンドリエイラも、魔王の罵倒を肯定する。
もちろん神が次元の違う存在であり、地上への干渉は限定的であることをわかっている上での言葉だ。
他人の土俵に乗らない小心さを嘲っている。
ただ裏を返せば慎重さでもあり、そうさせるだけのことをやっているのが亡霊令嬢だった。
(けっこう、神に敵対する立場は共通項か?)
サリアンは少女二人のやり取りから考えて、話し合いを成功させる鍵を探す。
そもそも魔王と亡霊令嬢の戦いを阻止するのがサリアンの目標だ。
森は資源であり、そこを荒らされるわけにはいかない。
その上でこれ以上、魔王と勇者の争いに巻き込まれるのも御免被るという気持ちがある。
アンドリエイラという金の生る木を穏便に使いたいのだから、亡霊令嬢として人間の敵に回られるのも厄介。
そして満足させて機嫌よくするほうが、ずっと扱いやすいことも今日までの経験でわかっていた。
(ウォーラス守る方向に持って行ければ御の字だ)
そのためには、かつての幽霊屋敷にアンドリエイラがいるほうがいい。
鉄のオーブンという目新しいものに執着する様子もうかがえるため、その目標は達成のめどがある。
他にも屋敷を整えることに興味を持っていたので、神核もインテリア扱いで飾る先はウォーラスだろうこともわかった。
使えるものは使うサリアンは、思案してから切り出した。
「このとおりお嬢は、人形遊びだという勇者の動向に興味はない。ただ、神のほうはそうでもないらしい」
探るようなサリアンの視線に、魔王は頷いて見せる。
「正直、この者を放置できないという神の考えには賛成だ」
「あら、結局あなたも私を表に引きずり出して痛い目を見たいというの?」
アンドリエイラの挑発に、魔王は睨み合いで応じる。
ただ、魔王のほうが口火を切った。
「前回私に敵対したのが神の策であると言うなら、今回そなたを引き込んで嫌がらせを返すのは正直ありだ」
「なしよ。そんな面倒なことはしないわ」
「もちろん、利用した神が神核ごと砕かれている状況を考えれば、誰がやるか」
ありと言いながら、魔王は顔を顰めて拒否する。
アンドリエイラもやる気がない様子を見せたことで、魔王もすぐに計画を放棄した。
そんなやり取りを聞いて、サリアンはさらに確認を重ねる。
「じゃあ、魔王はお嬢と敵対する意思はないってことでいいんだな?」
「…………勇者はどうした?」
最初のほうで聞いたことと同じで、答えは神を罰したというもの。
ただ結局、勇者をどうしたかなどは言っていない。
アンドリエイラが話す気がないためサリアンが変わり、ウォーラスの防衛を演出して勇者の功績を潰した流れを話した。
今は、アンドリエイラの畑だというダンジョンで大人しく作業に従事していると。
「ふ、はははは! 神を殺した上に、その人形に集まっていた信仰を反転させ、さらには消し去った? なんだその荒業!」
魔王は爆笑し始めるが、サリアンは全くわからない感性だった。
けれどアンドリエイラは頷いて笑って見せる。
「英雄というのは神に翻弄されると同時に、神も翻弄するさががあるもの。このサリアンと血縁者たちが表立てば、絶対何か起こると思っていたの」
「そうか、人間にそんな使い方もあるのか。やはりほしいな」
「駄目よ」
不穏な話の流れを聞かないふりで、サリアンは話し合いのため声を上げた。
「よし、ウォーラス戻るぞ」
やはり一人では扱いきれない。
それがサリアンの下した決断だった。
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