90話:魔王襲来5
瞬間背後で爆発が起こり、地面につく前に煽られたからだが無様に転がる。
「やっぱりこうなるのかよ!?」
転がりながらなんとか体制を整えるが、降りかかる土塊で顔も上げられない。
続く爆音がサリアンの叫びを飲み込み、今度は木々が悲鳴のような軋みを発し始める。
顔もあげられる状況も確認できなくなったサリアンの耳に、羽根音が聞こえた。
「クカカ、もっとこっちこないと死ぬぞ」
白鴉のラーズの忠告に、サリアンは手探りで這いながら、声の聞こえるほうへと退避する。
それと同時に爆音に負けないよう声を大にした。
「お前ら、止めろ!」
「無理だな」
黒猫のゲイルが冷静かつ冷淡に告げる。
顔にかかった土塊を拭って目を開けたサリアンは、猫も鴉もどちらも半ば諦めた顔をしていることに気づいた。
(なんで俺は、こいつらの表情読めるまでになってんだ…………)
サリアンはそんな思考で現実逃避しながら、それでも腕を使ってはいずる。
瞬間、すぐ近くを見えない風の刃が駆け抜けた。
その余波でサリアンも吹き飛ばされるが、運良く白鴉と黒猫が隠れる岩の向こうへ転がり込むことに成功する。
ただし、体中すでに打撲だらけで起き上がる余力を絞り出さなければならなかった。
「く…………まだ助かったわけじゃないか」
苦く吐き捨てるサリアンは、木の根に抱かれた岩に手を突いて上半身を起こした。
一見頑丈そうな大岩は、何十年も不動であったことは覆う苔を見てわかる。
だが今や、少女二人の争いに確実に震えて苔がはがれ始めているため心許ない。
そんなところに身を潜める黒猫と白鴉は、乱れた毛を繕いつつ言った。
「森がどれくらい残るかと言ったところだろうな」
「館は残るだろうが、森は半分残ればいいほうか」
「何も良くないだろ!?」
あまりの被害にサリアンは声を上げるが、人外たちは小馬鹿にしたように笑うだけ。
「だいたいほぼ爆心地の館がなんで無事で済むんだ?」
少しでも状況改善の手がかりが欲しくて、サリアンは思いついた疑問を口にする。
まだ毛繕いをしている黒猫は、口から下を伸ばしたまま乱れなく声を発した。
この時になって初めて、サリアンは黒猫のゲイルが猫の口で喋っていたわけではないことを知る。
本来は死神という人と似た姿の人外なのだから、考えても見れば当たり前なのだが。
「森は自然に繁茂するものだが、この森に関してはアンドリエイラがその要だ。そしてアンドリエイラの存在と強く結びついているもう一つの体とも言えるのがあの館だ。アンドリエイラが無事なら館も残る」
アンデッドであるアンドリエイラにとって、自らが死に、再誕した場所である館は特別な意味を持つ。
いわば森の主であるアンドリエイラと結びつく館こそが、森の中心地であり、核とも言えた。
ただそんなことを聞いたからこそ、サリアンには見過ごせない疑問が浮かぶ。
「なぁ、あいつ最初に、自分で館半壊さえたよな?」
ゲイルの言うとおりであれば、自らの存在に関わる館をあえて壊したことになる。
それ自傷と何が違うのか。
「クカカ。正直こっちも驚いた。だが、顔にあれがついたらそれくらい錯乱するだろ、たぶん」
白鴉のラーズの語尾が弱いのは、生まれながらに神の眷属のワタリガラスだから。
虫は食べ物でしかなく、人間的な嫌悪感も知ってはいても実感はないのだ。
その錯乱に巻き込まれたサリアンとしても、アンドリエイラが自傷するほどに嫌悪に駆られたと言われれば返す言葉はない。
「…………いや、待てよ。ってことは何か? お嬢はあれで実は弱体化してるのか?」
魔物としてのアンデッドを相手にしたことがあるからこそ、サリアンもわかる。
アンデッドにとってその存在と結びついた物品は、破壊されれば現世に留まれなくなることもあるもの。
さすがに館一つという大きさでは破壊は難しいが、それを当人がやってしまっていては自傷どころか自殺行為だ。
確実にアンデッドとしてのアンドリエイラは弱体化していておかしくない。
そう気づいたサリアンに、黒猫と白鴉はこともなげに肯定した。
「だからこそ町に行こうなんていう気になったんだろう」
「寝る必要もないんだ。屋根に穴が開いても関係ないしな」
無理矢理巻き込まれたサリアンからすれば、今さらになっての事実。
頭を抱えても、現状アンドリエイラがいることでの恩恵がちらついて言葉もない。
そんなサリアンの欲もわかっているゲイルとラーズは顔を見合わせた。
「このままだとダンジョンのほうも影響があるだろうな」
「あいつけっこうビビりだからな。閉じるかもしれねぇ」
「はぁ!? それは困る!」
すぐさま元気に答えるサリアン。
ダンジョンで日銭を稼ぐことをしていた冒険者が離れて、ウォーラスが荒れたのはまだ数日のこと。
ようやくダンジョンが解禁となり、勇者も大人しくなって元に戻る目途が見えたのだ。
またダンジョンが使用不能となれば、影響はいかばかりか。
(だいたい教会に子供捨てられてんのに、稼ぎになりそうな護符がさっさと需要なくなるようなことがあれば、本当に経営ヤバいぞ)
そもそも片田舎の教会と孤児院だ。
多くの子供を抱えるような余裕はない。
そこに一気に乳児まで入っていては、負担が多すぎる。
さらに金銭問題がさらに逼迫してしまえば、自立するには早すぎる子供たちを追い出す形で存続しなければいけない。
孤児院出身だからこそ、生活できる猶予があるだけその先の生存率に影響することをサリアンは知っている。
生き残れても、体を売り病を得て長生きできないような悲惨な事例も知っていた。
「被害を押さえてあの二人をどうにかできないのか?」
サリアンの問いに、黒猫のゲイルは不機嫌に尻尾を振る。
「こっちの話も聞かない状態だ。近づいてもお互い以外に気を向ける余裕もないだろうよ」
「アンドリエイラもそうだが、あの魔王も随分無理してるみたいだからな。余力がねぇ」
白鴉のラーズが言うとおり、魔王もプライドに駆られて乗り込んだものの、アンドリエイラに勝てる目算は五分だった。
だが四天王を二人も削られた状態で、その配下さえ失くした。
自らが障害となる亡霊令嬢を牽制しなければ、メンツが潰れる上に、今以上の栄達も難しい。
亡霊令嬢にすでに消される神もいる中では、そう悪くない状態だが、そのことをまだ魔王は知らない。
神の側が醜聞として秘匿しているからだ。
「…………つまり、戦う体力はどっちもないが、引くに引けない上に、今は話を聞くような状態でもない? だったら、一度争うのやめさせて話し合いさせりゃいいだろ。一回白黒ついてるなら力尽くで何も解決しないってこと学べよ」
サリアンはぼやきつつ、黒猫と白鴉を手招く。
そして二匹の耳にやるべきことを話、協力を要請した。
「「…………エグ」」
「たぶんどっちにも効くだろ。お嬢にしか効かなくても、力見せりゃあの魔王なら話し合いに乗る気がするんだが」
黒猫と白鴉は、顔を見合わせるとすぐに森の奥へと駆けて行った。
サリアンも、目的の者を採集するために腰から袋を取り出して森の中へと駆けていく。
そして小一時間、周辺の木々は焼け、曲がり、異常成長をして荒れた森が広がる中、アンドリエイラと魔王はなおも争い続けていた。
そこにサリアンは中から蠢く袋を持って戻り、無言で口を大きく開くと中身をぶちまける。
瞬間、翅音と節足特有の軋みを上げて、袋から何匹もの黒い悪魔が飛び出した。
「…………きゃぁぁああああ!?」
「なん!? いやぁぁああああ!」
アンドリエイラの渾身の悲鳴に驚いた魔王も、大量の黒い悪魔が飛ぶ姿に少女らしく身を縮めて嫌悪を叫ぶ。
どちらもすぐさま逃げ出し、争いをやめた姿に、サリアンは一人頷いていた。
手伝ったとは言え、黒猫と白鴉は思わず呟く。
「鬼か」
「悪魔だ」
サリアンは批判を聞き流すと、飛び回る黒い悪魔の姿に抱き合ったアンドリエイラと魔王を助けるように、黒い悪魔を適当な木の枝で振り払い始めたのだった。
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