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85話:ご機嫌伺い5

 昼の前、アンドリエイラたちが買い物を楽しむ頃。

 職人の町に入ったサリアン側は、働きづめだった。


 荷車を新たにして、馬を代えて、積み込まれた荷物の点検を本格的に行う。

 それが終わればオーブンを扱う店を探し、空振りになると次の対策を講じた。

 急な持ち込みも受け入れる工房を探すことになり、商人のカーランを中心に訪ね回る。

 そして工房内でようやくオーブンを箱から取り出したのは、昼も近い時分。


「こんなの扱ったことねぇよ」

「ともかく見た目だけでもどうにかできないか!?」


 オーブンを知る職人は見つからなかった。

 それでもサリアンは、鍋などの調理器具から刀剣の手入れまで請け負う器用な職人に頼み込む。

 弟分のヴァンも、せめて誤魔化せないかと声をかけた。


「このあからさまなへこみとかさ、修復できない?」

「そうすれば、中で戻らなくなった鉄板も水平にできるだろう?」


 カーランも引け腰の職人に、金の入った袋を揺らして誘う。


 オーブンは箱に入っていた時の見た目は平気そうだったものの、内部の鉄扉を開けると異常が目についた。

 実は一部に外からのへこみが生じていたのだ。

 それが内部の空洞を歪ませ、焼き台が斜めになったまま戻らないでいる。

 水平にするにはへこみを解消する必要があるのだ。


「あー、うーん」


 しかし職人も触ったことがない器具。

 軽く小さな金づちでオーブンを叩きながら、考えつつ唸る。


 サリアンたちは必死であり、断ることはさせない圧があった。

 もちろん、できないとは言わせるつもりはない。

 何せ命がかかっている。

 なんならこの町の存亡すら、実は担保にされかねない問題でもあった。


「そもそも調理器具で、この中熱籠らせるんだろ? となると、この金属は生中な温度じゃ効かない」

「それは具体的にどんな問題がある?」


 職人の説明に、カーランはわかりやすく言えと迫った。

 身を引いた職人は、太い指でへこみを差すと、修繕のための手順を口にする。


「ここを修理したい。そのためには金属を変形させて整えられる温度にまで熱さなきゃならねぇ。で、へこみは外へ向けて叩かなきゃならねぇ。ってことは、中から打って形を整えるんだ」


 具体的にやることを説明されて、それぞれがその状況を想像する。

 問題点に思い至ったサリアンが、開けられた鉄扉の中を覗き込んだ。


「おい、つまりは熱したオーブンの中に手を入れろって話か?」

「おう。しかも窯として使えるなら、窯の温度以上じゃないと変形しないだろうな」


 とんでもない高温にしなければ、形を整えることさえ難しい。

 その上で、オーブンは内部に熱を籠らせる調理器具。

 内部の温度に人間が耐えられるわけもない。

 やることは簡単だが現実的とは思えない内容だ。


 ヴァンは他の解決方法を口にした。


「力でへこんだなら、内側から同じくらい叩けばいいんじゃないのかい?」

「この狭い中じゃ、腕も振れないだろうが。俺はこいつの扱いがわからねぇから、解体することもできなけりゃ、ばらして元に戻せるかもわからねぇぞ」


 修理のための解体ができないからこその、強引な解決方法だ。

 その上で、手首を動かすくらいの猶予しかないオーブンの中を改めて見れば、真っ当な職人の指摘に、力技ではどうしようもないことを悟る。

 だが、このままではオーブンが使えない。

 アンドリエイラが機嫌を悪くする姿は容易に想像できる。


 腹を立てて神を滅するほど、力が有り余った人外だ。

 無事で済むとは思えない。


「…………やるしか、ないだろ」

「おいおい」


 覚悟を決めて口にするサリアンに職人は呆れる。

 しかし顔を見れば本気であることもわかった。

 サリアンのみならず、カーランもヴァンも同じ顔をしている。


 職人は金を出され、それ以上の説得を諦めた。


「まぁ、やれるだけはやってやるが。そこのお前さん、一番腕細いし、冒険者ならまぁまぁ力あるだろ。手伝え」


 職人に指を差されたのは、一番細身のカーラン。

 火傷必至だが、サリアンもヴァンも命には代えられないと押し出す。

 オーブンに手を入れる役をやらされるカーランは、命の危険と後で治療を受けられる怪我を秤にかけて、渋々従うことになった。


~~


 アンドリエイラが子羊で昼食してる頃、ウォーラスの教会では早めの昼食を終えて、手伝いの女性たちは返していた。

 幼い子たちは昼寝を行う。

 年かさの者たちには、昼寝の手伝いと昼の片づけを割り振られていた。


 そんな中、ルイスは一人聖堂の備品の点検をしている。


「はぁ、帰ってきたらうるさいんだろうなぁ」


 ルイスは一人だからと、神の家でぼやく。

 思い浮かべるのは顔なじみの冒険者たち。

 そして最近増えた亡霊令嬢。


 明らかに神聖な気配を滲ませた鳩を絞り、人間には聞き取れない高位存在の声を聞いて、アンドリエイラは飛び去ってしまった。


「絶対あれ、ばれたな」


 ルイスは買い足す必要がある備品をリスト化しつつ、大きくため息を吐く。

 アンドリエイラが鉄のオーブンを求めて飛び去ったことを確信するが、非力なルイスにできることはない。

 知らぬふりをして日々の業務を続け、ようやく一人になってしみじみと思いをはせる。


 半分現実逃避だ。

 巻き込まれた冒険者たちには、こちらの負担が少なく済むように、ご機嫌取りをしていてほしいというのが率直な思いだった。


「さて、表でも掃くか」


 先のことは放り出して、ルイスはいつもの日常を過ごす。

 ダンジョンや亡霊令嬢の森があるウォーラス。

 けれど普段は田舎町でしかなく、そうそうおかしなことはおきない。

 戦う力のない脆弱なルイス一人でも、日々を暮らすことに支障はない。

 …………はずだった。


『魔王が来るぞ』


 頭の中に響くような音のない声に、ルイスは硬直する。

 あたりを見ても誰もいない。


(しかも内容が不穏!?)


 あまりのことに喉も動かないルイスは、何処かで鳩が羽ばたくような音を聞いた。

 思い起こすのはアンドリエイラに絞られていた、神と思しき存在。


 真偽を確かめる暇もなく、一拍遅れてガラスをたたき割るような激しい音が響く。

 ただそれは、ルイスの中でのみ響いた異音。

 しかし事実として、教会に張っていた結界が叩き割られていた。

 そして結界を維持していたルイスに術の反動が襲う。


「ぐ…………!? は、ぁあ…………!」


 胸を押さえて聖堂で膝をつくルイス。

 詰まる息を何とか吐き出すと、滴る赤が床に落ちる。


 ルイスは結界を破壊された反動で血を吐いていた。

 内臓の何処かが傷ついた痛みに、呼吸さえままならず、立て直す体力は最初からない。

 ごっそり削られた魔力と気力。

 危機的状況に遠くなりそうな意識を繋ぎ止めることに必死になる。


「な、に…………が…………?」


 ルイスが状況把握をしようと顔を上げた。

 すると聖堂の扉が、ノックも声かけもなく開く。

 そこには外からの光で、影が差し、ルイスの視界の中へと伸びた。


 ルイスは上がらない頭を動かし影を見ようとするが、目が霞む。

 それでも何度も瞬きを繰り返し、意識を繋ぎ止めて、滲む影に焦点を合わせた。

 すると、そこには頭から角、背中から蝙蝠の羽、腰からは尻尾を生やした影が床にある。


(人外っていうか、これって!)


 苦しい息を吐き出しつつ、ルイスはあからさまな影に震える。

 ルイスが動かないと見て、影は自ら動き出した。


「ま…………お、う…………?」


 聞こえた、声にならない忠告が告げた言葉を繰り返す。

 確かに声が示したものと思しき影が無情に近づいた。


 ルイスは新たに血を吐いて、すこし呼吸が楽になる。

 だが、元から体力がない体質のため、床から立ち上がることもできない。

 逃げることさえままならないルイスは、それでもこれ以上内部を荒らされないために、なけなしの気力を集めてぐっと顔を上げた。


「あ、あぁ…………!?」


 そして目にした姿に瞠目し、驚愕の声を漏らす。

 そして言葉を失ってしまったルイスの前には、逃げる暇もなく、影の持ち主が確かに立ったのだった。


定期更新

次回:魔王襲来1

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