84話:ご機嫌伺い4
アンドリエイラに装備をつけさせ、少しくらい冒険者らしい恰好を指せようと、あれこれ回った結果。
「マントに補強と装飾を兼ねた皮を縫いつけるわ。刺繍は自分でするつもりよ。けれど裁断は形の良し悪しもあるしやってほしいわね。それに革の染めつけね。赤がほしいのだけれど?」
アンドリエイラの要望を聞いて、ウルは親指を立てる行先を示す。
「じゃあ、あたしが頼んでる染物屋行って色確認しようか。で、そこで革に使う専用の糸とか目打ちを売ってる店聞こう」
「まだ、かかるのか…………」
すでに疲れた様子のモートンがぼやく。
最初の店からすでに四件を回った。
冒険者向けの防具屋はもちろん、モートンでは居心地の悪い女性向けの店も。
他にも魔法使いが身に着ける装身具を見て回っている。
「けれど最初の手袋もまだですし」
当たり前のように言うホリーの言葉に、アンドリエイラも思い出す。
左手の呪いを隠すつもりで手袋は必要なものだ。
その上一朝一夕には解けないレベルの神の呪い。
呪いの浸食を抑制するためにも、手袋という常時身に着けていられる媒介は必須だった。
「そうね、革の前に手袋だわ。今すぐにでもつけられるものがいいわね。あまり武骨じゃ嫌だけれど」
アンドリエイラはそれらしく我儘を口にする。
その実、盗人の神の呪いを左手に受けたことを誤魔化すためだが。
(モートンくらいなら集中すれば気づかれるし気をつけていたのに。…………顔が怖いことを何度も言ったせいか落ち込んでしまっていて忘れていたわ)
アンドリエイラはちらりとモートンを窺う。
真面目過ぎる神官は、周囲からの忌避の視線に疲れ視野が狭くなっていた。
けれどウォーラスに戻れば、気づかれもなくなり気づかれる。
その前に、モートンよりも図太いルイスなら目ざとく見つける可能性もあった。
ウォーラスに戻る前に、手袋で隠し、目くらましを施さなければならない。
「それだとあんまり冒険者らしくはならないってぇ」
「あ、でもあそこにいる方の手袋なんかはどうですか?」
軌道修正しようとするウルに、ホリーは通りかかった冒険者を指差す。
アンドリエイラはあまり気乗りしない様子で示された方向を眺めた。
周辺は冒険者向けの店が並ぶ界隈。
もちろんアンドリエイラたち以外の冒険者たちも買い物をしている。
その中で白く染色した革の手袋をつけた女性冒険者がいた。
「指は細くしてあるのね。それで、肘までの部分が喇叭のように広がってる、デザインね。そうね、百合のようで悪くないわ」
アンドリエイラが思案する様子に、ホリーも改めて見て首を傾げる。
「ファッションでしょうか。あれで森に入ったら、余計なところにひっかかることもありそうです」
「カーランのように暗器を仕込むためにあえて袖を長く太くするものもいるからな」
モートンも実用を考え、デザインが有用な理由を思案する。
ウルはあまり気にならないようで、適当に相槌を打った。
「形保ってるし中に仕込みあるのかもね」
「あら、それは面白そう。見た目と違う意外性ね」
ただそれにアンドリエイラが反応する。
人間たちは何も言えず、お互いに目を見交わした。
何故ならそもそもが強大なアンデッドだ。
だが見た目は可憐な少女。
亡霊令嬢と呼ばれる森の主であり、ドラゴンも敵にならない存在であり、仕込みなどいらない。
どころか意外性の塊でしかない。
ウルはそのまま口に出した。
「意外性、今さらいる?」
「しぃ」
ホリーが前向きに検討する邪魔はいけないと制止する。
せっかくそれらしいものに興味を持ったのだ。
まだ時間を稼ぐためにも、アンドリエイラの興味関心を維持しなければいけない。
ただウルの言葉を聞いたアンドリエイラは、一つ頷いた。
「そうね、普段使いも欲しいわ。まずはそうしたものを売っている店を教えてちょうだい」
「となると、この周辺ではないな」
モートンが先導するが、貴族令嬢が買い物する場所などこの町にはない。
それでも、金のある商人やその夫人向けの場所ならある。
「あまり質はよろしくないわね。絹はないの?」
「こんな所で質求めないでよ」
あからさまなアンドリエイラを諫めるウルだが、内容が悪口でしかない。
店員は非難の目をじっとりと向けている。
モートンはそんな視線に気づいてげんなりした。
「問題しか起こさないのか」
睨まれながらの買い物など気にせず、アンドリエイラは白い絹の手袋を買った。
けれどアンドリエイラの不満はやまない。
「これなら自分でレースでも編んだほうが良さそうね。糸を売っているところは何処かしら? 質のいいところね」
亡霊令嬢のさらなる我儘に肩を落とすモートンに代わり、改めてウルが先導に立つ。
元から革の加工工房で、糸について聞くつもりだったのだ。
職人街なので素材となるものは売ってあり、工房からも問題なく情報を得られる。
ただ、冒険者が使うことを前提にしたものが多く、アンドリエイラが気に入るものなどなかなかなかった。
「もう、もっと繊細な仕事をしてほしいわ」
「だから、冒険者向けなんだってば」
「もともとそっちで探す予定だったじゃないですか」
文句を言うアンドリエイラに、ウルとホリーも呆れる。
荷物持ちのモートンはもう無心だ。
「言う割に楽しんでいるようにしか見えないがな」
文句を言いながらも笑うアンドリエイラたちの様子に、一人乗れないモートンだけが空しく呟く。
口出ししながらウルもホリーも買い物を楽しんでいるのだ。
「やっぱり革染めた色にさっきの糸が合うって」
「手袋も革で補強して装飾にするのであれば、厚手のものも買ってはどうです?」
「でも、肌触りがいまいちなのよ。外見ばかり整えてもねぇ」
女子で談議しながら、ふらふらと買い物が続く。
今は厚手の肘まである手袋を手に、買うかどうかで話し合う。
すでに染色用の皮の加工工房を訪ねた後で、糸を卸す業者へ向かった後。
そしてまた冒険者用の装備を売る界隈に戻っており、革や糸を今さらとなれば、同じ道を戻ることになる。
まだあれこれと話す女性陣の会話は尽きない。
次には既製品の籠手を手にとり、装飾的な刺繍の技を品評し始める。
それを見てモートンは溜め息を禁じえない。
「ヴァンに、譲っておけば良かった」
女性の買い物は長い。
同じところをグルグルと回り、それを楽しむ。
モートンにはわからない楽しみ方だった。
ただ止める言い訳くらいは思い浮かぶ。
「もう昼だが、食事はどうする?」
言われてアンドリエイラは空を見上げた。
言うとおり太陽は中天に達している。
早朝から教会へ行き、手伝いをした。
そして盗賊襲撃の報と、戦闘と移動。
午前いっぱい買い物したことになる。
「ここでは何か珍しいものは食べられるかしら?」
「お嬢の言う珍しいものなんて、そうそうないような?」
ホリーが困ると、ウルは指を振った。
「食材の珍しさならウォーラスっていうか、お嬢の畑だよね」
「そんなことはもう聞いたもの。わかっているわ。そうね、懐かしい料理でもいいわよ。二百年周辺のものを食べてないのだし」
つまりは地元料理。
それを選んだ理由が人外だが、モートンは溜め息を吐いて答える。
「それならこの周辺は羊肉だ。味は、好きずきだぞ」
「確かに羊はねぇ。うーん、子羊だったらいいけれど」
ごく自然に高いものを要求するアンドリエイラ。
子羊など繁殖期限定。
さらには繁殖をさせる家畜を間引く形で食肉のするのだから、相応に値も張る。
「塩漬けならあるかもね」
「普通祭りで出されるもののはずなんですが」
ウルとホリーも苦笑いだが、地元の料理だからこそこの町でも食べられる可能性はあった。
人間たちは揃って食堂のある場所へと足を向ける。
アンドリエイラはしっかり左手を絹の手袋で隠し、楽しげについていった。
定期更新
次回:ご機嫌伺い5




