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82話:ご機嫌伺い2

 オーブンと馬車の点検のために、町へと向かうことになった。

 アンドリエイラは朝一に教会で怒られ、朝の片づけをする者たちを眺め、そのついでのように聞き出した神の分霊の暗躍を叩き潰している。

 それだけのことをしたというのに、足取りは何処までも軽やか。


 ただ疲れを引き摺る冒険者たちも、神の顕現を畏れるほど敬虔でもない。

 単に復讐が怖いだけだが、アンドリエイラほど堂々ともしていられなかった。


(お嬢がいる限りそんなことないんだろうが)


 サリアンは町を眺めて、神にとってもアンドリエイラが脅威であると見せつけられた光景を思い起こす。

 日の出の開門から時間も経ち、人の出入り落ち着いていた。

 待たされることもなさそうなのどかさが、より盗人の神との戦いを異常に見せる。


 神の分霊が殺されたものの、世界は何も変わらず続く。

 畏れた報復の気配もなく町には着いた。


「結局あの賊はなんだったのさ?」


 ヴァンが気を抜き、手慰みにアンドリエイラに聞いた。


 会話から、賊の異常な動きが神に関わることはわかっている。

 その上でアンドリエイラに殺されたことだけしか、わかっていないとも言えた。


「あれは神の分霊よ。勇者を派遣した者たちよりも上位の、それなりに格のある神で、地上での活動も問題ないから仕込みをしに来たんでしょうね。あまり用心した様子もなかったから、別の神の依頼だったのかしら」


 アンドリエイラはなんでもなく言うが、そんな相手とわかっていて容赦などしなかったことを語る。

 そしてヴァンもよく意味がわからず、兄貴分に説明を求める目を向けた。


 だが、聞いて理解した側は溜め息をを吐く。

 神官であるモートンは、知った正体に憂いが増していた。


「分霊にしても神の一部。それを、滅しておいて…………。それにやはり他の神が動いているのか」

「おい、その神を降ろした人間を攻撃したことで不都合はないんだろうな?」


 カーランが親指をウルに向けて聞く。

 言われてようやく思い至った様子で、神を葬る助けをしたウルが慌てた。


「うぇ!? な、ないよね? お嬢、なんで笑ってるのー!」

「反応を揶揄われてますよ。それだけ普通に喋れるのなら大丈夫なはずですし」


 ホリーが、いっそウルの特殊能力から推測して、害はないという。

 アンドリエイラも無言をやめて、頷いて見せた。


「えぇ、手を貸して分霊を消し炭にされて力を失っているんだもの。また地上に干渉するなんて余裕はないわ。それに手を貸しただけでこれでは、他に手を出す神もいないでしょうね」


 アンドリエイラも無闇に派手にしたわけではない。

 言わば次を失くすための徹底的な制裁だった。

 神自身が喧嘩をしに来るなら、まだアンドリエイラもここまではしない。

 けれど楽しみにしていた道具にいたずらされるのは、許しがたい蛮行だった。


(それに盗人の神なら、本気になれば権能で私に気づかれずにことを成すこともできるのよね。そんなことされるよりも、これ以上関わりたくないと思わせないと)


 その上で、アンドリエイラは密かに隠し続ける左手を見る。

 白く細い令嬢の手だ。

 けれど霊的なものを見ることができれば、そこに絡みつく蛇のような呪いが浮かんだことだろう。


 盗人の神は人の営みが社会を築いた時から生まれた、古いひと柱。

 犯罪者の信仰を受けるため、盛大にはされないが確かに連綿と力を蓄えている。

 その力の一端は、アンドリエイラでも防ぎきれなかったのだ。


「…………手袋が欲しいわ」

「レースとかはないと思うぞ」


 アンドリエイラの呟きに、商人としていく先のラインナップを知るカーランが答える。

 ウルはそもそもご機嫌取りのための言い訳を、アンドリエイラに向けた。


「そこは革の手袋で、冒険者らしくしようよ、お嬢」

「それもそうなんですが、お嬢にあう大きさはあるんでしょうか?」


 ホリーが成長期前のアンドリエイラを見下ろし、手に注目する。

 アンドリエイラはさりげなく無事な右手をひらめかせると、モートンも真面目に手袋について口にした。


「令嬢と言えば白い手袋だが、それも避けたほうがいいだろう」

「今の恰好だとなんでもただお嬢感が増すだけだよ」


 ヴァンも頷くのを見て、アンドリエイラはばれてないことに笑みを浮かべた。


(さっき神気を浴びたから、モートンは感じづらくなってるのでしょうね。でも村に帰ってルイスに気づかれるのも面倒だわ)


 アンドリエイラは手袋の購入を決めた上で、呪いが見えないように対策を考える。


(本来なら、左腕を動かなくする呪いね。けれど私に押し負けて左手だけ。物を落とさないようにしないといけないし、腕に広がらないように制御もいるわね)


 実は軽く掴む程度の握力しかない左手は、分霊と言えど神を殺して残された呪いだ。

 アンドリエイラよりも年月を経た神の力であるため、簡単には解呪もできない。


 ただ呪いの形さえ見えなければいくらでも誤魔化しようはある。

 アンデッドの持つ物体浮遊の力を使えば持っているふりなどもできた。


「他に欲しいものは? 買い物時間によって戻りの予定も合わせないとな」


 サリアンはお嬢の気を引くために話を振る。

 オーブンに万が一があっても、時間稼ぎをして修復まで持っていきたいのだ。


「そうね、少し薬の材料が欲しいわ」

「薬術もできるんですか?」


 薬師のホリーが興味を持つが、アンドリエイラとしては呪いを隠すための材料だ。

 そして解呪を探るために、呪いの性質を調べなければならない。


「料理に使えるものもあるのよ。畑や森で手に入らない物もあるから、品ぞろえを見たいわ」


 アンドリエイラは人間たちに余裕ぶって、本当の理由を隠す。


 そうとも知らず、カーランはさらに時間稼ぎのために買い物を勧めた。


「ベルトを買うとか言ってなかったか。誤魔化し用のアクセサリーも検討したらどうだ」

「確かにせめて魔法使いを思わせるくらいのほうがいいだろうな」


 モートンは純粋に、アンドリエイラが冒険者として煩わされないように考えて頷く。

 ヴァンも素直に、冒険者なり立ての子供を思い浮かべて言った。


「丈夫な外套で少しくらい隠すでもいいんじゃない?」

「この町、皮の加工もするけど毛織物も作るしね」


 ウルも外套に賛成の声を上げる。

 野外活動に毛織のマントを常用する冒険者は珍しくない。


(少しはこれで時間稼ぎになるといいんだが)


 サリアンは内心でそう呟きながら、馬車を止められる場所へと向かった。

 馬車を牽いたまま門前で止まるのは邪険にされ、無駄な諍いに発展しかねない。


 門前から町の中を進むと、朝の賑わいが落ち着いている時分。

 田舎に近い町で発展はあまりしていない。

 それでも商人の中継地点として、職人の町と目される。

 多くの煙突が並び、木製、金属製に関わりなく槌を振るう音が常に聞こえた。


「ここ、昔はウォーラスと変わらない規模の村だったのに…………」


 そんな田舎町でも、アンドリエイラはまだ村の面影のあるウォーラスと比べて驚く。

 なんで明暗が分かれたのか、そんなことを考えるが、理由は明白だ。

 人間を害する魔物の住む森が近いかどうかでしかない。


 その魔物自身が知る由もないことだった。


「よし、こっからは二手だ」


 サリアンが言うと、ウルが相棒に声をかける。


「あ、モートンこっちで。荷物持ちね」

「おい、どれだけ買い物する気だ?」


 モートンが苦い顔で聞くと、ホリーが頬に手を添えて溜め息を吐く。


「以前の買い物で、その、お嬢が怪力を発揮してしまいまして」


 すでに一度、ホーリンを観光して買い物を楽しんだ。

 結果、アンドリエイラはどれだけ重かろうと揺るがず持ち上げ、悪目立ちしてしまっている。

 後からヴァンが合流して誤魔化したものの、一緒に散財する結果となり、ヴァンは同行者としては不適。


「お嬢、本当に何げなく重いもの持ち上げるからね」


 ヴァンが経験から言えば、カーランは頷いた。


「よし、モートン。ちゃんと止めろ」

「それは考えなしの怪力か? それとも買いすぎることか?」


 答えが両方だとわかっていながら、致し方なく黒一点となるモートンは女性陣のほうへと移動する。


「時とともにこんなに発展するなんて。人間の生き急ぎ方は、久しぶりに見ると面白いわ」


 人外であることを隠さない言動を周囲にいさめられつつ、買い物のためにアンドリエイラは意気揚々と歩きだしたのだった。


定期更新

次回:ご機嫌伺い3

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