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80話:鉄のオーブン5

 空中で細い足を組んで、アンドリエイラは足下を睥睨する。

 その姿に気づいて、人間たちは誤魔化しのきかない状況に慌てた。

 しかしもっと慌てていたのは、様子のおかしな賊だ。


「な、何故ここに!? く、あの神は何をしているんだ!」

「あぁ、鳩ならうろついてたから締めたの。そしたら吐いたわ」


 要領を得ないことを言う賊に、アンドリエイラはすぐさま気づいて嘲笑した。

 その上で、人間たちへと不満の目を向ける。


「面白いことをするなら私に声をかけなさい。どうして勝手に行ってしまうの」

「なんにも面白いことなんかねぇんだよ…………」


 サリアンは苦虫を嚙み潰したような顔で呻く。

 アンドリエイラはその様子に留飲を下げた様子で笑った。


 その上で何が起きてるか知りえない人間に教える。


「そいつは野盗だけど、中身が違うわ。盗人の神。その分霊を宿されてる霊媒ね」

「修行もなしによくもそんなことをして動けるな?」


 神官のモートンが、驚いた様子で賊を見る。

 修行をして、技を収めて、ようやく加護を得て力を振るうのが神官だ。

 神という次元の違う存在の力を振るうことは、低次元の人間には受け入れがたい。

 それが分霊という神自身を降ろすというのは、神官にとっても荒業。

 高位存在との交信さえ本来は無理であり、死をも覚悟する。

 だからこそ聖女など神と通じる存在が重んじられるのだ。


「体も精神も駄目そうだから、使い捨てじゃないかしら」

「ひぃ、逃げ、逃げ、逃げられないぃ」


 アンドリエイラが軽く応じると同時に、ウルは周囲を見回して悲鳴を上げた。


 その言葉でサリアンたちも異変に気付く。

 いつの間にか見える範囲が白い靄に覆われドーム状に包まれていた。

 その気配にサリアンは身震いして、肌に覚えのある感触に目を瞠る。


「これは、お嬢の縄張り?」

「た、たぶん、アンデッドの結界です」


 ホリーが魔物としての生態から、当たりをつけた。

 上位のアンデッドの魔物は、自身の結界に取り込んで特殊な条件を強制不可する。

 条件をクリアしなければ逃げられないか、攻撃不可など様々だ。

 ただ条件さえ割り出せば途端に弱体化させられる類の能力でもある。


「じゃあ、逃げることはできるんだろう? 割り出せそう? 条件」

「あの亡霊令嬢がクリアできるもの用意してるわけないだろ」


 思考を放棄するヴァンに、カーランも諦める。

 そもそもウルが逃げられないと言ったのだ。

 つまりウルやその仲間の力では達成が無理な条件が付与されている。


「倒してみろとか言うクソオーダーしそうだな」


 吐き捨てるようなサリアンの呟きに、誰も否定できない。

 そもそも出来たら結界の解除に困らないのだ。

 なのに根本的に無理なことを課しそうだと言うのがアンドリエイラへの評価。


 人間たちの無駄口にアンドリエイラは笑いながら神を見下ろす。


「そんな人間に降りてまで、私のオーブンに何をしようとしたのかしら? 鳩は知らないと言っていたけれど、狙いは私の持ち物だと聞いたそうね」


 嘲弄するように声をかける姿は、鼠を甚振る猫に似ていた。

 教会の神は知ってる限りを吐いている。

 その上で、自分の管轄外の神の動きということも訴え、詳しいことは語らなかった。


(ま、どうせ呪いか何かを仕込むつもりだったのでしょうね)


 アンドリエイラの持ち物に細工をしようとする意図は想像の範疇だ。

 それによって力を削ぐか、認識を歪めるか。

 何にしてもアンドリエイラを害する目的であることは間違いない。

 気づかれない程度の弱い効力であっても、けれど毒のように日々蓄積すればアンデッドをも蝕むものもある。

 はたまた、発動するその時に亡霊令嬢であっても防げないほどの一撃である可能性もあった。


「不愉快だわ」


 アンドリエイラは神を威圧した。

 同時に、氷の針が賊を貫こうと迫る。

 しかし盗人の神は若輩者ではない。

 奪い奪われる人間の習性によって生じた神はそれなりの格があった。


 アンドリエイラの攻撃を素早く避け、威圧にも対応し、若い三柱の神々ほど簡単にはいかない。

 その上で盗人の死さえも権能の内にある力をもって、アンドリエイラの首に荒縄を生じさせ、反撃した。

 一瞬にして、宙に浮いているにもかかわらず、アンドリエイラは荒縄に首をくくられた刑死人のような姿勢になる。

 死を想起させる姿だが、小さな少女の唇からは不遜な笑いが漏れた。


「く、ふふふ。不死者に首縄をかけて、どうしようというの?」

「くそ、相性が悪いか。ならこれでどうだ!」

「あら、私の心臓を盗むつもり? この私から? 本当に手癖が悪いわね!」


 場を支配するアンドリエイラ。

 神の権能によって盗みの因果律を操る神。

 人が認識できない力の鬩ぎ合いに、空気は撓み、大地は震え、打ち鳴らすような音と共に火花が弾ける。


 あの手この手で権能を通そうとする神と、アンドリエイラは支配を強めて抵抗と無効化を行っていた。

 その度に行き場を失くした力が地上に顕現し、超常現象として暴れる。

 その被害はもちろん人間にも降りかかった。


「前方火柱! 右に右に右にー! あ、そのまま回って!」


 ウルが激しい車輪の音に負けないよう叫ぶ。

 それをカーランが馬車を操って従った。


「なんだこの竜巻!? 魔法程度じゃ無理だろ!」

「他はもっと無理ですから! 何か生えてきました!」


 サリアンが魔法で少しでも被害を相殺しようとする中、ホリーは後方で警戒の声をあげる。

 ホリーの警告と同時に、馬車を追うように地面から蔦が生えた。

 しかも伸びる勢いを使って、左右に揺れながら蛇のように追って来る。


 ヴァンとモートンが馬車の中から得物を振って、蔦に対処。

 時には飛んでくる石礫もはじき返し、車体を守る。


「神の力とはかくも抗いがたいものなのか!」

「そんなこと言ってる場合じゃないって!」


 神官として自ら借りる神の加護が、一端でしかないことに声を震わせるモートン

 ヴァンが集中するよう声を上げると、カーランは馬車を操りながら指示を出す。


「ともかくオーブンを守れ! これがなくなるとこっちもお嬢の標的だ!」


 そのアンドリエイラが、オーブンに被害を及ぼす一端だ。

 けれどそんなことを言っても、亡霊令嬢の傍若無人は神にも向けられるほど。

 人間の訴えなど聞かないだろう。


(神が敵か味方かもわからない以上、俺たちが言い訳できる相手はお嬢だ! ともかくここを生きてやり過ごす!)


 サリアンは飛んできた氷の礫に魔法で火を放って防ぎながら内心叫んだ。

 ただの賊からの奪還とはもう違う。

 ひたすらに生き残りをかけた逃走だ。


(いや、本当にそうか?)


 サリアンは逃げ回る馬車の荷台でアンドリエイラと神を見る。

 途端にアンドリエイラと目が合った。

 すぐに神へと意識は戻されるが、氷の礫が被害を出さないかを最低限見ている。


(お嬢はこっちを意識してる。まぁ、オーブンのためだろうが。だが神は…………)


 サリアンは地面に生じたひび割れを、魔法で最小限の幅に収めて荷車が沈まないようしつつ窺う。

 どれだけ走り回っても騒いでも、神と目が合うことはない。


(まるで飛び回る蠅と同じだ。だが、それならさっさとこの馬鹿な状況を終わらせられる)


 サリアンは冷淡に神を見ると、御者席のほうへ近づいた。


「おい、カーラン。避けながらあの神のほうへ向かえ」

「はぁ? 自殺なら一人でやってろ」

「あ、それ行ける」


 罵倒で返したカーランの横、御者席のウルが言って弓を取り出した。

 サリアンも魔力を最大限使って矢に魔法をかける。


 カーランも何をするかわかってすぐに馬車を操った。

 嫌がる馬を宥めて、アンドリエイラしか見ていない神の後ろを通りすぎる。

 瞬間、ウルが矢を放った。

 気づくのが遅く、避けられなかった神は、人間などには何もできないと高をくくっていたのだ。

 その慢心を、背中から貫き通される。


「な!?」

「あらあら、あなたのほうが掠め盗られたわね」


 嘲笑したアンドリエイラは、すぐさま神を降ろした賊に指を突きつける。

 その指先に灯るのは青い炎。

 瞬く間に賊の体に火が付き、舐め回すように青い炎が広がっていく。


 賊が悲鳴も上げられず燃えた途端、ここではない場所で悲鳴が上がった。

 聞こえないはずの神の絶叫は、魂を揺すぶるように人間たちにも響く。


「私のオーブンに悪戯しようだなんて。分霊を焼き殺すくらいで許されるだけましよね」


 神の叫喚すら届かない。

 アンドリエイラは荒れ果てた大地など無視して空中に座したまま笑った。


定期更新

次回:ご機嫌伺い1

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