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76話:鉄のオーブン1

 森の主アンドリエイラが始めてダンジョンへ行った。

 夜にはカーランのもてなしを受ける約束だったのだが、そこに引き摺られてきたサリアンは燃え尽きている。


「い、いったい何があったんだ? おい、しっかりしろサリアン」

「これは…………過労ですね。そんな過酷な料理って、いったい?」


 手当をする神官のモートンと薬師のホリーが、サリアンを回復さえつつあまりの疲弊ぶりに慄いた。

 その横で、兄貴分の異常など目に入らずヴァンは声を弾ませる。


「うわ、豚丸焼き! 贅沢!」


 十代半ばの育ちざかり、肉体労働後。

 飴色に焼き上げられた皮、香ばしく脂の甘さが漂い、身の詰まった丸さは期待を膨らませる。

 ヴァンは目の前の肉に抗えもせず、涎を堪えるのに夢中だった。


 そんな様子に一つ頷いて、カーランは挑むように献立を並べ立てた。


「豚の丸焼きに、ツグミのパイ、ラムの胡椒焼き、タラの塩漬けのスープ、サフランライスと香味野菜のミルク煮」


 金のかかる肉料理が、三皿もある。

 さらには遠く海からの魚を使い、どれにもふんだんに香辛料が使われていた。

 そこらの町でも出もない豪華さであり、ウォーラスでは領主すら昼を過ぎて夕方から用意するには難しい内容だ。


 本気の入れように、ウルも目を瞠る。


「これ油焼きってことは、豚一頭でも金貨かかってるでしょ? それでここまでって贅沢すぎだって」


 しかしアンドリエイラは余裕だ。

 その上で、前回から足りない品をあえて指摘する。


「あら、デザートは用意しなかったのかしら?」

「ふん、魔法使いを使って氷菓を用意してある」


 もちろんカーランも見栄のために本気だ。

 魔法使いに食べ物を冷やさせるなど、贅沢な技術職の使い方。

 そうでなければ氷室と人足、何より時間が必要な割に成果の少ない氷を使う必要がある。

 そこを解消する魔法は、使用者の腕による。

 それを食事にのみに使うのは娯楽や遊興の類だ。

 それもまた、驚くような贅沢だった。


 しかし、あくまでそれは人間の話。

 回復されて少し正気に戻ったサリアンが、突っ込みを入れた。


「いくらでも冷気出せるお嬢に氷菓って…………」


 人間基準での贅沢を考え抜いたカーランだったが、盲点に目を瞠る。

 そもそもアンドリエイラ自身が、魔法使いとしても上級者。

 無駄に魔力を使うことなど気にしないふるまいもあって、その力は人間が足元にも及ばないことは想像できた。


 そんな前提に思い至らないほど、頭に血が上っていたのだ。


「そうね。凍らせただけ、冷やしただけなんて、手抜きにも感じるわ」

「ぐぬぬ」


 カーランは結局鼻を明かすことはできず、その上でアンドリエイラはとどめを刺された。


「でもお腹に溜りそうな皿数ね。予想があってて良かったわ。招かれたのだから、手土産は必要ですものね? どうぞ、堪能してちょうだい。プティフールよ」


 アンドリエイラが出すのは、一口で食べられる菓子の数々。

 その上で見た目にも華やかに作られており、チョコ、クリーム、果物、カスタードなど味も飽きさせない。

 砂糖で細工したものや、変わり種のクリームで色合いを工夫したもの、小麦粉の焼き菓子でさえも色味として目を楽しませた。


 財などではなく、ダンジョンの恵みと、百年単位で暇つぶしに磨いた腕。

 人間には到達できない贅沢を、商人の前でひけらかす。


「大人げなーい」

「手加減なしか」


 さすがにウルとモートンが呆れるが、アンドリエイラは上機嫌。

 ホリーも屈辱に震えるカーランを憐れんだ。


「これだけ揃えたのですから、少しは労ってあげてもいいと思いますけど」

「完全に張り合って、屈服させるために作ったからな」


 巻き込まれたサリアンが憎々しげにい言えば、ヴァンが哀愁のこもった声をかけた。


「ねぇ、もう食べていい?」


 盛大に腹の虫を鳴らす。

 さすがにアンドリエイラもそれには毒気を抜かれた。


「あら、プティフールに合うコーヒーも用意していたのだけれど。そうね、飢えた子供を放っておくのは忍びないわ」

「…………もう好きにしろ」


 カーランは完敗であり、手を振って席に着くよう促す。

 時間がなく前回はまだ言い訳の余地があったものの、今回は時間があって負けている。

 それはアンドリエイラも同じだ。

 カーランが時間をかけるなら、同じだけ時間をかけて上回れる。

 それは地力の違いと地の利を最大限生かせる森の主だからこそ。

 使える資金以外に資源と人材の違いがあり、それらが圧倒的に、アンドリエイラのほうが上回ったのだ。

 単体で最強、それを見せつけられた。


 商人としてカーランも無益な争いはもうしない。


「一応聞くが」


 食事も終わりかけ、酒も過ごしたカーラン。

 サリアンも食事で少しは回復し、会話に応じる。


「これ以上ないだろうな?」

「…………そうだといいな」


 ぼそっと答えた途端、カーランは顔を背けたサリアンの肩を掴む。

 近くで聞こえたヴァンも首を巡らせた。


「え、何があるだい? 神に魔王に勇者ももういいよ!」

「神は上役がいる。魔王も四天王だ。勇者もなんでまだここいるんだ?」


 サリアンは言って、勇者にだけは首を傾げる。

 そもそもドラゴン退治のために隣国からやって来たのだ。

 それが破綻し、さらには亡霊令嬢であるアンドリエイラを狙ったが、そちらもすでに破綻している。

 命じていた神も消されて、他国の田舎にいる意味などないはずだった。


 まだアンドリエイラの排除を狙う神と魔王はいるが、勇者は脱落とみていいはずが、未だにウォーラスに留まっている。

 その疑問に、カーランも眉を顰めた。


「オーブンの運搬に関する報せが来ていたのに。また流通止められると面倒だな」

「まぁ、そうなの? だったらま他人の通行を止める真似はしてほしくないわね。勇者たちはいつまでいるのかしら? 違う国の人間なのよね?」

「お嬢がわかんないならあたしたちもわかんないよ。魔王と戦うんじゃないの?」


 ウルがアンドリエイラに答えると、ホリーは確認のため聞く。


「けれどその神と魔王がお嬢によって。余力がないのでは?」

「だったら国許に帰るのが筋だろう? 一人は王女だ」


 モートンが真っ当なことを言うが、そもそも隣国は異世界から勇者を召喚するという国策を行っている。

 来たのは神が操るための勇者であり、勇者を育てるために神は敵を用意するというのが真相だ。

 その上で、召喚した国に被害を出さないために別の国に被害を出すことを容認している。

 その企みを潰したものの、ウォーラスだけで終わる話でもない。


「神のほうは捨て駒だったから後釜がいるはずだけれど。それよりも魔王が動けないのではないかしら?」

「他人ごとかよ」


 サリアンの突っ込みにアンドリエイラは涼しい顔。


「だって、そろそろオーブンが届くのだもの。かまってられないわ」


 はっきり、自らの欲得で応じる。

 世界の平和を脅かす懸念事項のはずが、あまりに自己都合で人間たちはがっくりと脱力した。

 カーランがオーブンが運ばれてくるようだと言った瞬間から、アンドリエイラの興味関心は鉄のオーブンなのだ。


「こいつ…………神も魔王もこっちからすればとんでもないってのに」

「世界を揺るがす事態が、オーブンに負けるのか。そうか…………」


 自らの被害を思って憎々しげなサリアンに、モートンは侘しさを漂わせる。

 カーランも苦い顔で、秤にかけるには釣り合いの取れない問題に呻いた。


「扱いやすいのか扱いにくいのかはっきりしてくれ」

「いやぁ、どっちでも見返りあればカーラン変わらない気がするなぁ」


 勘を働かせたのか、明後日の方向を向いて言うウルに、ヴァンはまだ残る豚を片づけながら頷く。


「まだ神鹿のこともあるし、ホリーも森の薬草ほしいって言ってるしね」

「まぁ、サリアンが引っ張られてる限り私たちは巻き込まれますから」


 ホリーは諦め交じりに、少しでも益がある方向に頭を動かした。


 人間たちの愚痴など聞いていないアンドリエイラ、思いついた様子で手を打つ。


「そうだわ、ルイスにオーブンの据え付けのことを話さないと。今日はどうしてこなかったのかしら?」

「金持ちのマダムのご機嫌取りで体が空いてなかった」


 サリアンの答えにアンドリエイラは聖職者にあるまじき理由を鼻で笑った。

 ただ教会の運営資金稼ぎのために、あぶく銭の護符に頼ることもできない。

 一応は真っ当な理由だが、ダンジョンでの苦労を共にしなかったルイスが、美食と酒にありつけないことに、誰も同情はしなかった。


定期更新

次回:鉄のオーブン2

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