75話:亡霊令嬢の畑5
「さぁ、何を作ってくれるのかしら?」
「くそ、絶対度肝抜いてやるから楽しみにしておけ」
ウォーラスに戻って、アンドリエイラは隠さず嘲笑う。
カーランは挑発されて舌打ちしつつ、しっかり手に入れた香辛料の袋からは手を放さなかった。
そんな様子を、そもそもアンドリエイラに振る舞う発端となったサリアンは笑って見てるだけ。
気づいたカーランはじっとりと目を細めると、アンドリエイラに言った。
「…………おい、お嬢。招かれるだけか? 何かしら手土産持ってきてもいいんじゃないか? 森の住処に料理できる場所あるんだろ? だったら晩餐までにその腕見せてみたらどうだ」
「あら、それもそうね。うふふ、でも見劣りしないかしら?」
畑の収穫をもらっておいて、さらに要求するカーランに、アンドリエイラも挑発を返す。
もちろん見劣りするのはカーラン側で、アンドリエイラは余裕だ。
そんなことはカーランもわかっているが、それよりも一つ意趣返しがしたい。
眉間を険しくしながらも、サリアンに向けて顎を振った。
「一人で行くと何するかわからないからな。そこの奴連れて行けよ」
「は!? おい、カーラン!」
指名されたサリアンは声を上げるが、味方はいない。
誰もダンジョンを駆けずり回った後には休みたいのだ。
「お嬢連れて来たのサリアンだし」
「他のことはこちらでやりますね」
まず身内のヴァンとホリーが逃げた。
もちろん別パーティーのモートンとウルも即座に続く。
「料理するくらいいいだろ」
「今度は何作ってくれるのかなぁ」
他人ごとで、サリアンに押しつける雰囲気を作る。
だがサリアンも必死だ。
「おい待て! あそこヤバいんだぞ!?」
行ったからこそわかる、生者と反する死者の縄張り、その中心。
陰鬱で、冷たく、死の気配がひと呼吸ごとに這い寄る。
行くだけでそもそも生者には害があっておかしくない場所だ。
気の弱い者であれば、霊障に当てられるほど。
ただ一番気にしないのはアンドリエイラだった。
小さな手でサリアンの襟首を掴むと、すでに何を作るかを考えて鼻歌を口ずさんでいる。
「おい、浮くな!」
サリアンは閉まる首元と浮きそうになる足に慌てた。
その時点で町に入っているのだが、アンドリエイラも周囲には気を配っている。
結果としてモートンの体が盾になり、浮いているのは見えていないことは確認済み。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわね」
「ふざ…………!」
文句の途中で消えるサリアン。
近くにいてもわからないほど、一瞬の出来事。
逆に先を急いで文句を受け付けず、距離を取っていたカーランからは見えた。
そうして、カーテンは上を見る。
「…………音を振り切ったのか?」
「え、何それ怖い」
呆然と呟くカーランに、ウルが自分のことでもないのに危機を覚えて腕を抱く。
モートンも上を見て、信じられないように目をさまよわせた。
「つまり、飛んだ? 全く見えないが」
「どれだけ高く飛んでるんですか?」
ホリーはさすがに心配そうに呟き、ヴァンも落ち着きなく足を踏む。
「まさか、落ちてこないよね?」
そんな会話が地上で行われている時、すでにウォーラス上空にサリアンはいなかった。
目にもとまらぬ速さではるか上空へと運ばれたことを、サリアン自身も認識できていない。
さらに上空へ上がればアンドリエイラが隠ぺいの魔法をかけたので、どれだけ見上げても並みの人間では見つけることなどできなかった。
そしてまたとんでもない速度で森の中へと落下していることは、サリアンでも体感できる。
「お…………えぇ」
さすがに落下の衝撃はやわらげられた。
しかし急激に上下する負担は確かに、サリアンの体に影響を与える。
結果、サリアンはひどく酔ったような状態で、吐き気と頭痛と眩暈に襲われ動けず呻くばかり。
ほぼ何が起きたかもわからない内に森にいたのは不幸中の幸いだったかもしれない。
そもそもダンジョンで、格上の魔物と戦い続けていた。
体力も気力も振り絞り、疲労も蓄積している。
その上で畑でも交戦し、その後は後片付けからの収穫の手伝い。
(精魂尽きそうな時に、神もしばけるアンデッドの縄張り入って! もつわけねーだろ!)
サリアンは声も出ず、狩猟館の庭の端でうずくまるばかり。
それでも内心罵倒はやまず、わからない顔のアンドリエイラに腹を立てる。
そこに羽根の音が近づいた。
亡霊令嬢の同居人である、白鴉のラーズだ。
「良く来るなぁ、人間。っていうか、なんか弱ってないか?」
「そう?」
アンドリエイラは興味なさそうに応じる。
頭の中は何を作ってカーランを悔しがらせるかしかないのだ。
「何をしてきたんだ? それに、何をしに戻った?」
足音もなく、黒猫のゲイルも現れた。
どちらも神に連なる超常の存在。
その上で人間の死に関わる存在でもある。
その目にはサリアンが弱っているのは一目瞭然だったが、興味のないアンドリエイラに言い聞かせるつもりもない。
「お昼前にダンジョンへ行って、私を餌にするつもりで襲ってきたら躾をした後に、畑の様子を見に行ったの。そしたら魔王の配下の虫が入り込んでいて。思ったより食われていたわ。畑が弱っていたのもあるんでしょうけれど、まさか食い荒らされているなんて」
アンドリエイラは畑の心配を口にする。
すぐ側で弱っているサリアンよりも真剣に案じているのは、声の真剣さに現れていた。
(なんで人型じゃない化け物のほうがこっちを心配してんだよ!)
サリアンは鳥と猫の気づかわし気な視線を感じつつ、内心でアンドリエイラの薄情さに文句を言う。
「一応確認するが、襲ってきたのは畑が抱えてる魔物か?」
「畑の虫相手も、たぶんこいつらがやったんだろうな」
黒猫がアンドリエイラを見て聞くと、白鴉はまだ回復できないサリアンを見て呟く。
サリアンという冒険者がパーティーを組んでいるのは、白鴉のラーズはその目で見ている。
その上でサリアンだけがアンドリエイラと共に何度も訪れている状況も。
「引きずり回されてるなー」
ラーズはさすがに同情的になる。
黒猫のゲイルも、行動内容を聞いて、人間が弱る理由を理解し、気遣いを見せた。
「せめて座れるところに連れて行ってやれ」
そうしてサリアンは亡霊令嬢の館へと引きずられることになる。
(本当になんで、見た目人間のお嬢のほうが心無いんだよ!?)
抱えるや浮かしてやると言う気遣いはない。
ただ館は半壊しているが、残っている家具もあり、サリアンは椅子へと座ることができた。
その間にアンドリエイラは台所に火を入れ、水を汲みと少女の細腕では時間がかかるだろうことを、アンデッドの腕力と魔法でこなしていく。
「ふふふー、バニラを使って悔しがらせようかしら? チョコレート菓子で悔しがらせようかしら? それとも色味? サリアン、どれが一番カーランを…………」
「水、くれ…………」
アンドリエイラに声をかけられるも、サリアンは力なく訴える。
昼抜きだったため吐くことはなかったが、それでも疲れすぎた。
体力も、気力も削られ、喋るのもおっくうになる。
それでもサリアンはのどを潤してから答えた。
文句も罵倒もいくらでも口にできるが、やってへそを曲げられた後のほうが怖い。
「お嬢、サフランがどうとか言ってただろ? カーランもサフランをいくらか持ち帰ってたし、黄色い食い物が出るんじゃないのか?」
「そうね、色でしょうね。だったらこちらは赤く? うーん、鮮やかな緑もできるのよね。青はどうしてもくすんでしまうし。あ、黄色で受けて立つのもありね」
アンドリエイラは楽しげに計画を立て始めるので、サリアンは適当な相槌を打って体を休める。
その結果、望まぬ計画が立てられた。
「よし、また畑に行かないと。あと、ダンジョンの深層に植えた覚えのない唐辛子。あれも確認したいわね。たぶんダンジョンが養分にした冒険者が持ち込んだんでしょうけど」
「おい、待て、まさか!」
「さぁ、行くわよ!」
「嘘だろ!?」
サリアンは悲鳴染みた声を上げるが、アンドリエイラはやる気で聞いてもいない。
対照的な二人がまた飛んでいくのを、黒猫と白鴉は哀れみの目で見送ったのだった。
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