74話:亡霊令嬢の畑4
畑に虫がいた。
それだけなら、起こりえる日常の話だ。
しかし亡霊令嬢の畑にいたのは、魔王の配下ともなれる上位の魔物だった。
加減ができず死体は素材にもできないほど損壊しなければ倒せなかった強敵。
どころか周辺にはいないので、活用方法もわからず廃棄するしかない死体。
「こいつよく見たら、羽根が焼けて癒着してるな」
「飛べなくてここから逃げ出せなかったんですね」
サリアンが気づき、ホリーも相槌を打ったうえで、原因である青い炎を思い描く。
少しの同情を向けて、サリアンが魔法で開けた穴に魔物の残骸を落とした。
さらにアンドリエイラが嫌がるので、固い節足なども崩れ消えるように、ホリーは薬剤を振りかける。
崩れ始めた虫は、掘り返した土をかぶせればすぐに見えなくなった。
「くそ! もっと麻袋を持ってくるんだった!」
「いや、何袋詰める気だよ!?」
サリアンとホリーが作業を終えて向きを変えると、カーランが欲に塗れた声を上げていた。
許されて収穫をしているのだが、ヴァンが呆れて突っ込むほど麻袋を膨らませて飽き足りない様子だ。
「さすがに畑はげにしたお嬢怒らない?」
「は?」
ウルの指摘を聞き逃せないアンドリエイラが威圧すると、カーランも黙る。
モートンは溜め息を吐いて、麻袋の口を縛った。
「コーヒーに、ウコンに、タチバナ、各種ナッツ。これでも多すぎるくらいだろう」
小さく値段が高いものを選んだ上に、深層の素材もすでに橇に積まれている。
アンドリエイラも山となった収穫を見て眉を上げた。
「まだ足りないのかしら? ところでこれは、いくらになるの?」
「金貨は固い」
カーランが拳を握って即答する。
そもそも冒険者の稼ぎは多くて白銅貨であり、銀貨を越えて金貨となれば相当な稼ぎだ。
山分けにしても普通の稼ぎより多く分配される。
「さて、それでここからはどうやって帰るんだ?」
収穫する側にサリアンが聞くのは、周辺が森の中の木々しか見えないからだ。
端へ行けば断崖であることはわかる。
ダンジョンの上部に位置する亡霊令嬢の畑は、出入りできるような足場などない場所だった。
「私は飛ぶわね」
「それ、俺たち無理じゃん」
「まさか道はないんですか?」
文句を言うヴァンに、ホリーが今までの行状で察する。
「ここもダンジョンの一部だから、道くらい作れるわよ」
答えを聞いてモートンが待ったをかけて手を挙げた。
「だったら、一度ダンジョンの中に戻してくれ」
「出入り記録されてるから、ちゃんと出ないとね」
ウルが補足すれば、アンドリエイラも納得して、人のいない浅層の端に降りた。
外へ出ればすぐに、ダンジョンの派出所にいるギルド職員が飛び出してくる。
遠目からでも、橇自体が深層の魔物の素材でできていることが分かったのだ。
さらに積まれたものも深層の戦利品とみて、即座に派出所の中へと引き込まれた。
深層に関しての聴取と共に、その場で査定とひきとり交渉が始まる。
「現金ねぇ」
ギルド職員の勢いに口を挟めなかったアンドリエイラは、ようやく呆れた声を漏らす。
視線の先ではカーランが生き生きと値を吊り上げ、サリアンも口を挟んでより多くの収入を得ようとしていた。
お守りとして残されたヴァンとホリーは、派出所にある簡素な椅子の上で同じような表情を浮かべている。
「あのおっさんたち本当、がめついんだよ」
「大変な目には遭いましたけど報われると思えば」
アンドリエイラたちの行動は、深層へは様子見で、スピード重視という言い訳で済ませられた。
その上で、深層に溜まっていた魔物が殺し合いをしていたということに、サリアンがしている。
実際留めはアンドリエイラであるため、魔物同士という点に嘘はない。
「ふう、香辛料類はなんとか守り切ったよぉ」
ウルがひと仕事終えた様子でアンドリエイラたちの元へとやって来た。
モートンはいくつもの麻袋を苦もなく抱えている。
「カーランが自ら売ると言うんだが、少しは回せとずいぶん粘られた」
「あらあら、バニラが収穫できるだけ熟れていたらもっとうるさかったでしょうね」
アンドリエイラは自らの畑の価値を誇り笑った。
香辛料は深層の形が変わり、見つけたという言い訳で調べさせるだけ。
もちろん実際にはないから、魔物が暴れるせいでまだまだ深層の形は変わるだろうと濁してある。
場所も教えずにいることに不満もあり、粘ったようだ。
「可哀想だからバニラを利かせたお菓子でも作ってあげようかしら」
善意を装って、意地悪く笑うアンドリエイラ。
普段鈍いヴァンでも、悔しがるカーランの顔は想像できた。
そこにざわめきが届き、聞こえる言葉は、勇者というもの。
時間からすれば朝からダンジョンへと潜り、昼を過ぎた今帰る頃。
「え!? 深層に到達した冒険者?」
派出所へやって来た勇者たちのほうから、アンドリエイラたちの話が聞こえる。
ただ査定や交渉をする場所は、他の冒険者たちが寄って来るのを避けるために奥。
それでも派出所は簡易な建物で、扉や壁に遮られてるわけではないため声は届いた。
「『星尽夜』と『清心』、それにフリーの冒険者?」
「それは、ドラゴンをやった者たちではないの!」
聖女と王女の声も聞こえる。
ドラゴンを倒して予定が狂ったと難癖をつけられたため、モートンは眉を顰めた。
そうして絡まれ宗教裁判までもつれ込んだのだから、モートンは強面をさらに険しく威圧的になっていく。
ただ警戒したほどの反応はなかった。
「へぇ、戦いを避けて駆け抜ければそんなことができるんだ?」
「まぁ、深層では魔物の殺し合い? そんな危険な場所へ?」
「よく巻き添え食わずに素材だけ採れたわね。運のいい人たち」
あまりに拍子抜けな勇者一行の言葉。
自然と視線は事情を知ってるだろうアンドリエイラに向かった。
「今までの行動を決めていた神々がいなくなったから、生来の神に素直な性格が出ているだけよ。今後別の神がついたらどう変わるかしらね?」
言ってる間に、勇者についていった冒険者たちが口々に話し始める。
「『星尽夜』は妙に珍しい魔物に出会う冒険者パーティーで。ダンジョンで変異種の報告はよくしてるから、かち合うとたまにひどい目に遭うんだ」
「『清心』はともかく生存率が高いんだよ。あいつらが逃げたら逃げないとまずいし、逆にどんなヤバい奴でも倣うと生き残れるんだぜ」
「で、カーランっていうフリーの奴は商会と繋がってて、金にがめつい。が、目利きが確かで損切りも早い。上手く一緒に仕事をし果せれば損はしない」
冒険者たちからの評価を聞いて、アンドリエイラは当人たちをみる。
ヴァンとホリーは嫌そうに口角を下げていた。
「こっちだってひどい目に遭うんだ。他人の被害なんてそんなの知らないよ」
「ギルドで今日は何見つけました? って聞かれるのが日常になっているんですよ」
モートンとウルは当たり前の顔で評価を受け入れている。
「冒険者としての生存はともかく、ウルは街での生活態度こそが問題だ」
「あー、自分の酒癖棚に上げるんだー? すぐ脱いで怒られるのにー」
そんなことを言っていると、また冒険者たちの話が聞こえて来た。
勇者のおこぼれを得るために同行する冒険者たちだが、素直になった相手にはそれなりに親しくつき合っているようだ。
その日暮らしが多いため、冒険者には一定数恩恵さえあれば恨みを忘れる者たちがいる。
「あいつら組むと何かしらあるんだよな。ドラゴンの時もまぁ、あいつらならって話になってたよな」
「ここ最近は何処かのお嬢さまのお守りで引き回されてるらしいと聞いたわね。そう言えばあのお嬢さまは何処に住んでるの?」
「ここのところ稼ぎがいいみたいだし、一種の護衛依頼なんじゃない? ほら、そのお嬢さまと買い物行ったとか」
なんとも言えない目でアンドリエイラを見るのは、今戻って来たサリアンとカーラン。
護衛対象と思われる少女こそ、最も強く、最も危険なのだが。
その上で稼ぎの要でもあり、当たらずも遠からずと言える。
そんな視線を受け止めたアンドリエイラは、敬えと言わんばかりに薄い胸を張って見せたのだった。
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