72話:亡霊令嬢の畑2
ダンジョンを簡単に探索できるはずが、ダンジョンコアが暴走。
それ以前にアンドリエイラの冗談にならない戯れもあったが、アンドリエイラがダンジョンコアを躾てことなきを得た。
それだけではなく、躾けるついでにダンジョンの権能を得たという話もあったが、そちらも悪用しないよう人間たちが言い聞かせる。
「本当にこの成り行きは訳がわからないが、今はいい」
サリアンは納得できないことを納得したふりで飲み込んだ。
固執しても何の得にもならないのだから、無視するのが処世術であり、求める答えなど都合よくあるわけがないという諦めでもある。
ダンジョンの謎生態を拳で絞めた、理不尽の権化。
アンドリエイラの理解はそんなもので済ませる。
「お嬢の畑は近いのか?」
サリアンの声に切実さがにじむのは、ここまでの距離と残りの体力のせいだ。
すでに魔物に襲われ続けて疲労困憊で、今から脱出してからの移動となると、もたない可能性もある。
「ダンジョンの上だから距離としては遠いわよ」
「…………その言い方だと、お嬢なら距離なんて関係ないな?」
サリアンが半眼になって聞けば、アンドリエイラはダンジョンコアに指を振った。
その動作だけでも怯えたダンジョンコアだが、黒っぽくなっていた奥に光が宿る。
次の瞬間、アンドリエイラたちを囲む円が現れ、円に沿って床が持ち上がった。
「ちょ、これ天井! ってまた穴!」
ヴァンが慌てて声を上げるが、見上げた先の天井には、円とぴったり合う大きさの長大な縦穴が開いていく。
それは最初に落とされた落とし穴によく似ていた。
「これだけ素早く穴が開くのは、もしや最初からダンジョンの形としてあるんですか?」
「あぁ、権利をどうとか言う話だな。つまりこれが、このダンジョンの脱出経路なのか」
ホリーとモートンが真面目に考察する。
元からあったダンジョンの縦穴は、機構として組み込まれていた。
それをアンドリエイラが操っただけだからこそ、突然最下層直結の落とし穴を造れたのだ。
そしてアンドリエイラを獲物として狙ったダンジョンは、直通だからこそ慌てて攻撃を仕掛けた。
「だったら最初からこうやって床ごと移動しろ。…………光が見えるな。外に出るのか」
カーランが文句を言いつつ、上を見てそっと袖から暗器を取り出す。
急速にせり上がる白い床での移動に冒険者たちは警戒を強めた。
しかし洞窟だったダンジョンから出れば、そこは木々と花の溢れる場所。
地下にはない柔らかな風が吹く中に、押し上げられる。
「畑ってより、庭園だな。森にこんな場所があったのか」
サリアンが言うように、辺りは緑に覆われ、高さの違う植物が混在しながらも規則を持って生えている。
自由に伸びるように見せて、間の道を邪魔しないようにされていた。
「私に近すぎると冷えるから、植物の生育がよろしくないの」
アンドリエイラの説明がわかるのはサリアンだけだ。
館の放置された庭を見ているからこそ、漂う冷気と死の気配を思い出せる。
(あそこじゃ確かに、亡霊令嬢に近すぎるんだろうな)
同じ亡霊令嬢が所有する庭としては、目の前の光景と違いすぎていた。
「庭のように作っているけれど、ある程度ハーブを植えてあるわよ。その上で、向こうに作物や樹木を中心に整えているわ」
「あれ、けっこう整理されてる? お嬢のことだからダンジョンみたいに放置かと思った」
ウルが遠慮なく笑えば、アンドリエイラは胸を張って呆れてみせる。
「当たり前じゃない。と言っても、土の性質や水気に対しての対応が同じものは適当に近くにまとめてるだけだけど。やっぱり自分で食べるものなんだもの。いい育成環境で美味しくしたいでしょう?」
アンドリエイラが言うとおり、ダンジョンの一部という特殊環境の中で作られた畑は、自然の摂理とは違う状態だった。
鞘に入ったバニラの側に、樹木のカカオがある。
土台の高さを変えてあるが、レモンの側に栗などが植わっている。
人間が栽培することはできないような並びだが、どれも確かに可食部があり、商品として出しても問題ない形をしていた。
「同じ季節でも、同じ土地でも実ることないものがこんなに揃ってるなんて、とんだ無法だな。だがそれがいい」
カーランはまた目を欲に染めて笑う。
モートンも目を瞠って、希少な樹木に近づいていた。
「本当にシナモンの木もあるのか。とんだ宝の山だな」
「え、シナモンって木なの?」
ヴァンが希少な香辛料過ぎて実物を知らないからこそ問う。
ホリーも、おとぎ話で聞いた話を口にした。
「ロック鳥の巣にシナモンがあるという伝説がありましたね」
「お、見たことない果物とかあるよ」
ウルは楽しげに、甘い香りを発しながら、緑色の表面をした実に目を止める。
しかし不意に引き寄せられるように首を巡らせた。
気づいたサリアンもそちらを見る。
すると手のひらほどの大きな葉をつけた草が揺れていた。
他の植物とも密集していて、一度揺れたくらいでは風かと思うような動き。
しかし、見ていれば二度、三度と揺れ、耳をすませば聞こえる葉をちぎる音。
「おい、なんだ? 敵か?」
モートンが相方のウルに聞くと、他も緊張に気づいて武器を握り直す。
「たぶん大型の虫の魔物」
「きぃ…………!」
「待て待て待て、お嬢…………!」
さすがに三回目。
サリアンもアンドリエイラが行動を起こす前に止めにかかった。
ウォーラスで見たヴァンとホリーも、アンドリエイラの腕を押さえるようにして止める。
「ここ庭、じゃなくて、畑だろ…………!」
「そうです。下手な攻撃は駄目です、駄目」
年少者に言われて、アンドリエイラは震えながらも攻撃を思い留まる。
「見たくないなら後ろ向いてろ」
カーランは揺れる葉の向こうに目を凝らしながら、アンドリエイラに言った。
もちろん気遣いではない。
ただただ、宝の山である畑を壊されないためだ。
その思いは他の冒険者たちも同じ。
すでに荷物は多く、あまり大量には持ち帰れない。
だがスパイスなら量を持ち帰っても重さはそこまでではないため、橇があれば持ち帰れるという目算。
そんな欲で、冒険者たちは亡霊令嬢の畑で駆除に当たる。
「出て来たぞ。構えろ」
もちろん欲に塗れたサリアンも、真剣な声で注意を促した。
(大きいが、一匹。それにこの色と大きさは…………)
現れたのはコオロギに似た黒い魔物。
それは遠目に一度だけ見たことがある。
魔王の四天王の後ろで、雲霞の如く群れていた魔物だ。
だが青い炎で焼き尽くされ、潰えたと思われていた。
「生き残りがいたわけか」
「しかも運よく餌場に落ちた」
モートンとウルは武器を構えて、悪運に眉を顰める。
サリアンはヴァンに手で合図して、回り込むよう指示を出した。
ホリーには近くに招いて下がるように指示。
カーランも慣れたもので、そのヴァンとは逆を押さえに動く。
もちろんモートンとウルも対応して、守りと攻めにわかれた。
「お嬢も、ちょっと離れろ」
「や、やだ! 離れたら飛んでくるもん!」
こんな時だけ子供らしくされても、足手まとい以上に厄介だと、サリアンは口角を下げる。
それでもここでアンドリエイラを虫から引き離さなければ、この後どんな惨事が繰り広げられるかわかったものではない。
「…………俺が盾になるから、ともかく下がれ」
魔物諸共に吹き飛ばされるのが一番厄介なため、切実な訴えで後ろに下げる。
(魔法の範囲が異様に広いお嬢が相手だと、気休めだがな)
四天王二人を屠った技を知っているからこそ、サリアンは半ば諦め。
それでも話しかけて意味のある言葉が返ってくることには、まだ一抹の希望もある。
ともかく問題は、どれだけアンドリエイラを恐怖させずに害虫駆除を完遂するかにあった。
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