71話:亡霊令嬢の畑1
ダンジョンは魔物。
それを教えたのはアンドリエイラだ。
ただ一緒にいる冒険者たち以外からすれば、信じられない話である。
「なんでよ?」
「いや、洞窟やら、廃墟やらがダンジョンになってるんだぞ。そんなのが生き物だと思えるか」
サリアンの納得いかないという話に、アンドリエイラのほうが不満げだ。
場所はダンジョンコアのある白い部屋。
ダンジョンコアの収まる柱以外に何もない。
本来ならダンジョンボスを倒して至る扉があるか、もしくは入口へと転送する魔法陣からの脱出路が存在する場所。
しかし穴を無理やりあけて入ったため、その穴もすでに塞がれている。
「あなたたち、ミミックという魔物を知らないの? それらしいのは他に、動く甲冑とか、笑う絵画とか」
「ミミックはともかく、他はゴーストだろう」
生物に見えない魔物を上げるアンドリエイラに、神官のモートンが指摘する。
つまり無機物でも魔物はいるという話だが、別の魔物が操っている場合もあった。
それで言えば、ダンジョンもコアに操られているという話になるのだが、やはり生き物には見えない見た目が、人間たちの思い込みを覆せない。
「うーん、ここは内陸だからヤドカリと言っても通じないでしょうし。生態としてはカタツムリのほうが近いけれど」
「あ、あぁ、なんかそう言われると少しは納得できるかも」
海の生物を知るウルが、殻を負う生き物の例に頷く。
ヤドカリは貝殻などを外界から得て生きて行く。
カタツムリは殻という生き物ではない部分を、自ら生成する。
ダンジョンコアからすれば、ダンジョンは身を守り、餌を誘う殻なのだ。
「ダンジョンが生き物なのは、まぁ、わかるけど」
ヴァンが見るのは、すっかり縮み上がったダンジョンコア。
その上で手を出して、触れないのも確認している。
「これ、どういう生き物なんですか? 体は何処に?」
ホリーもその様子に首を傾げる。
「幼生って言ってもわからないでしょうし、あ、虫よ虫。姿形変えるでしょう?」
アンドリエイラが身もふたもないことを言い出した。
「つまりダンジョンは、卵、幼虫、成虫でこの状態は成虫、いや、地下にいるなら幼虫なのか?」
カーランが思い浮かべているのは、土の中で幼虫期を過ごす昆虫。
だがアンドリエイラは首を横に振った。
「どちらかと言えばさなぎね。だから移動するための体はないわ」
「そう言われると、栄養を求めるのに移動しない、繁殖もしないとなると成虫ではないか」
サリアンは言いながら、一抹の不安を覚える。
(成虫状態のダンジョンって、なんだ?)
思うが口にはしない。
周囲を窺えば、思い至ったカーランとモートンも考える様子で黙っている。
(ぜってーいらない知識だ)
サリアンは自問自答の上で頷いた。
ダンジョンを利用し、暮らしのため、金のため、働くのが冒険者だ。
それでいいし、それだけでいい。
成虫になれば移動が起こる可能性もあるが、このダンジョンは畑としても利用されている。
だったら成虫にしてダンジョンを移動させることなど、アンドリエイラが許さない
「ダンジョンコアが大人しくなったなら、まずはここからどうやって出るかだな」
サリアンは現実的なところに話を変えて、改めて白い部屋を見回すが脱出路はない。
カーランも金にならない話と見て乗った。
「ここはまだクリアされてない。帰る方法も未知だ」
ダンジョンはクリアされると冒険者ギルドで開示される。
その情報がないのには、理由があった。
さすがに発見から百年経つため、全くクリアされなかったわけではない。
クリアされてダンジョンコアがそのままだと、一度内部が作り直されるのだ。
そのため、以前にクリアされてから、まだ未踏ということで何処が変更されているかわからないために、不確かな情報を開示されていないだけ。
ただアンドリエイラは、そんな人間側の常識などない。
「そんなの適当に作ればいいわ」
「そう言えば、お嬢は穴をあけたり滑り台を造ったりしてましたね」
すでに実演されているため、ホリーも疑わない。
ヴァンも滑り台の穴が開いていたはずの場所を見て聞く。
「あれどうやってたんだい? ダンジョンにそんなギミックあるなんて聞いたことないよ」
「それはもちろん、私がダンジョンにやらせてるのよ。躾たと言ったでしょう」
説明になってないが説得力はある。
何せ触れないはずのダンジョンコアを、少女の細腕で殴りつけ怯えさせたのだ。
「簡単に言えば、あなたたちがダンジョンコアと呼んでるこの頭脳体の持つ権能を奪ったのよ」
「あ、あー。アンデッド系のレア技だ。負けたら大事な物奪われるっていう」
該当する魔物の能力に思い当たったウルが手を打った。
アンデッドに呪われたという話は数知れず。
視力を奪われ、剣術を奪われ、宝弓を奪われた者も、愛馬を奪われた者もいる。
愛を奪われた者など物語として広く娯楽にされるほど。
勇者の物語には記憶を奪われたというものもあった。
出自が高く教養もあるモートンは、さらにその能力故に実例を口にする。
「たまに神官に泣きついてくる者はいるな。呪われたから祓ってくれと。そんなの本体を倒して奪い返す以外にないのに」
モートンの言葉を聞いて、人間たちの目はダンジョンコアに向かう。
最初に見た時には、赤く人の頭くらいの大きさがあったはずだ。
それが今は怯えて縮み、子供の頭くらいになって色も黒みがかっている。
浮かんだ柱の中で、可能な限りアンドリエイラから距離を取る姿は怯えた犬。
その上でずっと震えているのだから、さらに犬のような雰囲気を醸している。
「なぁ、お嬢。もしかしてさっきの鉄拳制裁で何か奪った?」
ただ制裁を食らっただけにしては今も怯え続けている理由が弱い。
そう考えたサリアンに、アンドリエイラは目を向ける。
ダンジョンコアに声はない。
それでも怯えて震える中に、恨みがましい念が混じっているのは、アンドリエイラだからこそ感じ取れる。
「えぇ、以前は形成の権利を一部奪っていたから、今回は拡張の権利を奪ったわ」
「形成って作ることで、拡張は広げる? それ、ダンジョンとしてどうなの?」
「お嬢がダンジョンを好きにいじれるんですか? コアになり変われそうですね」
ダンジョンがダンジョンらしさを奪われたというヴァンに、ホリーはダンジョンコアの必要性に疑問を抱く。
力尽くで権利を奪われた今のダンジョンは、無闇に形を変えられない、拡張できない。
ダンジョンとしてのアイデンティティを奪われていることに、モートンは同情した。
「さなぎで考えると、そうとう羽化までに難儀しそうだな」
「人間としては儲けがあるだけ十分だろ。余計なことをされなければ」
カーランは商人らしい抜け目ない視線で、アンドリエイラを横目に見る。
「うんうん、門抜けるの面倒だからって、変なところに拡張しないでよ」
大きく頷くウルの的確な悪用方法を聞いた途端、アンドリエイラ含む全員が肩を跳ね上げた。
もちろん不審なアンドリエイラに全員の目が集まる。
「そ、そんなこと、する、つもり…………なくもないけど」
「やめろ!」
「やめて!」
「やめてください!」
サリアンを始めヴァンとホリーが同じことを訴える。
モートンとカーランも諫める言葉を放った。
「少しは考えろ!」
「余計なことするな!」
「な、何よ、そんなに怒らなくても!」
アンドリエイラは慌てて言い返すが、事の重大さはわかっていない。
人間からすれば、壁の向こう、安全地帯のウォーラスの内部にダンジョンの入り口が開く可能性があるのだ。
それは暮らしを脅かす危険以外の何物でもない。
生存本能に支えられた勘で注意したウルは、気になる様子で言った。
「もうしないって言うならあたしたちも言わないから。それよりダンジョンが違う動きなら畑見に行ったほうが良くない?」
拡張の話は長引かせないほうがいい。
そんなウルの意図を察して、他の冒険者たちも畑についての話をアンドリエイラに促したのだった。
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