70話:ダンジョン探索5
ダンジョンは下りの構造で、いくつもの横道や行き止まりがある。
それ故に迷宮の如く、その中に魔物たちが蠢いていた。
互いに食い合い生態系が形成された魔物の巣。
またダンジョンが、人という餌を誘うために用意した宝箱というものも確かに存在する。
「まるで蟻の巣ね。畑の下によくこんなものを作ったわ」
「飼い主なら把握しとけよ」
まるで他人ごとのアンドリエイラに、サリアンは疲れも相まって額を押さえた。
ダンジョンは広大で、蟻の巣ような小さなものではない。
天井を見上げれば、巨馬でも入れるほどの場所もある。
そもそも誘い込みを目的とした魔物であり、小さく作ったところで人間サイズなら通ることができた。
もっと小さい場合は、魔物用で巣穴として機能している。
改めてダンジョンが餌場として無駄がない構造であると知り、サリアンは顔を顰める。
アンドリエイラは気にせず先を促した。
「ほら、早く行きましょう」
「お、嬢、体力、どうなってんの?」
「こ、こんな連戦、初めて、です」
性別として体力が低いウルとホリーが、息を切らせて抗議する。
その次に低いカーランはいっそ無言だ。
「ねー、俺もさすがに疲れて来たよ」
「逃げても隠れても襲われるとはな」
若く体力があるヴァンも疲れを感じるほどの連戦。
盾役として耐久力に優れたモートンも、魔物の襲撃の激しさに苦い顔だ。
「あら、ではあなたたちは離れる? 狙いは私だから」
「それは、しない」
体力がつきかけているカーランは、短いがはっきりと拒否した。
そしてついて来ている冒険者たちも諫めることはしない。
何故なら連戦で襲われていても、襲ってくる魔物は上位種。
本来なら深層自体がサリアンたちには難易度が高い場所であり、それを全て掃討するなど不可能だ。
ただ、今のところ体力以外に体の変調もない五体満足。
もちろん大怪我など負っていない。
ある程度人間たちに戦わせた後には、観戦に飽きたアンドリエイラが片づけるからだ。
「持ちきれなくて、レアを捨てるために選定するとか初めてー」
「しかもこれ、一日で戻るつもりなんだからどうかしてるよ」
嘆きながら倒した魔物から素材をはぎ取り整理するウルに、ヴァンは抱えきれないほどの素材に眉を顰めた。
金に換えることを考えれば、持てるだけ持ちたいが、戦闘もある。
そうなると倒した魔物の素材も最低限しか得られない。
だが目の前にあるのは、稀に見るようなお宝と言える上位種の魔物。
選んでも選びきれない状態だった。
「作った橇、どうかと思いましたけど。とても役立ちますね」
「ふん、手が足りないなら道具で補うもんだ。確かに使い方は贅沢すぎるがな」
呆れ交じりのホリーに、カーランも強い魔物の素材で作った橇に思う所はある。
そのままでも売れる魔物の素材で作った橇に、抱えきれない素材を入れいる時点で収支はどうやっても黒。
疲れて喋りたくないカーランも、先へ進むことに文句は言わない。
「それも、お嬢がしっかりダンジョンコアを躾けられたらだ」
サリアンが気を抜かないよう釘を刺す。
ダンジョンには、ダンジョンコアという核が存在する。
ダンジョンという不思議な空間の頭脳体であり、心臓部だということは知られている。
手に入れればダンジョンを別の場所へと移動させられれ、魔法の触媒としても破格。
上手く調整できれば、危険のない素材採集場所にもできるという優れもの。
(だがお嬢が言うとおりなら、生き物の本体、か?)
サリアンは、アンドリエイラとの認識に齟齬があることに危機感を覚えていた。
「そう言えばここの魔物は今、ダンジョンに操られてるのか?」
アンドリエイラが言うとおりなら、ダンジョンは魔物。
その魔物が魔物を使役すると考えると恐ろしい事実だ。
「いいえ、ダンジョンが通路を弄って追い立てているのよ」
「どっちにしても怖ぇよ」
つまりダンジョンの中にいる限り、人間はいつでも殺せるという事実。
サリアンは眉を顰めたが、アンドリエイラはそんな危険地帯に巻き込んだ自覚はない。
冒険者としては警戒するだけで、結局は稼ぎが優先になる情報。
ただ人としては、ダンジョンが魔物を放出して外を侵略する可能性を考えなければいけない。
それは今までの魔物が溢れるスタンピードよりも、ずっと狡猾な敵となる。
追い立てて獲物に向かわせることができるだけの知能を有しているというダンジョンは、冒険者が思う以上に厄介な魔物だった。
(だが、断然お嬢のほうがヤバいんだよな)
危険を考えた時、最終的にその結論に落ち着いてしまう。
サリアンはいまいち緊張感にかける結論に肩を落とした。
盗み見たアンドリエイラは、さすがにつまらなさそうにしている。
人間は命がけだが、格下相手のアンドリエイラは作業でしかない。
その上、ダンジョンは無駄に広い。
そんなことも知らなかったアンドリエイラは、後先考えないことが一番の問題だ。
「…………お嬢、昼どうする?」
サリアンは間抜けな問いを向ける。
しかし昼前に入って、そのまま落とされてここまで来ていた。
すでに昼は過ぎているが、休める場所などなく、アンデッドに食など必要はない。
「あ、そうね。お腹減らないから考えてなかったわ。でもウォーラスで珍しいものも食べられないでしょうし。なくても困らないし」
アンドリエイラに食は必要ないが、娯楽として楽しむことはする。
「ここ、スパイスあるんだろ? だったらさっさと収穫して、夜にカーランに珍しいもの作らせればいいんじゃないか?」
雑な誘いの上で、サリアンは他人の力を当てにする。
反発しようとしたカーランは、意図を察した様子で考えた。
橇を作ってもこれ以上の素材は載せられない。
そもそも橇自体がレアの魔物から作られた強度重視の代物。
傷つけるよりもさっさとダンジョンを出て、使える部分を切り出して売ったほうがいい。
「ダンジョンコアをどうにかできればスパイスは手に入ると言っていただろう? だったら持ち帰って振る舞うくらいしてくれるだろうさ」
「あら、そう? 久しぶりにサフランの黄色を生かした料理を食べたいところなの。だったらもう近道しちゃいましょう」
笑顔になったアンドリエイラに、乗せられたとわかっている冒険者は心を一つにした。
((((((お嬢、ちょろい))))))
しかしその行動は規格外であり、突然足を踏み鳴らした瞬間、周囲がへこむ。
漏斗状になって穴の中へ人間たちも橇も、抵抗する暇もなく吸いこまれた。
アンドリエイラを先頭、吸いこまれた真っ暗な穴は下方へと下り続け、勢いは止まることがない。
「魔力を通して無理やり道を作るわ。モートンは窮屈でしょうけど頑張って」
一番体格のいいモートンは極力身を縮めるが、真の闇の中では壁が何処まであるかすらわからない。
漏斗状の先から続く細い滑り台を、延々と滑っていく。
頭上では新手の魔物が唸る声が聞こえるため、遠ざかる下方への滑走に誰も文句は言わなかった。
「はい、到着」
アンドリエイラは飛び出して宙で華麗にとまる。
しかし人間たちは橇の中身と共に放り出され、受け身もままならず散らばった。
「うっわ! 本当にダンジョンコアの部屋に直通じゃん!」
常識外れの状況にウルが声を上げる。
辺りは白い床、天井、壁に覆われた正方形の部屋。
同時に鼓動のように赤い明滅が、中央の白い柱から発せられている。
上下から支えるような柱の中央で、宙に浮く真っ赤な球体。
それこそダンジョンコアだった。
「あの、ダンジョンコアが怯えたように震えてるんですが?」
「なんか、叱られる前の犬みたい。あ、小さくなってる」
ホリーとヴァンがダンジョンコアの異変を指差す。
応じるように、アンドリエイラはにっこり笑ってげんこつを作った。
「おい、散らばった素材を拾うの手伝え。どうせ鉄拳制裁だ」
「ダンジョンコアは特殊な術式を展開しなければ触れないはずなんだが」
売り物を拾うほうが先決なカーランと、言われれば手伝う真面目なモートン。
そんなことを言ってる間に、ひどく固いものを打ち合わせるような硬質な音が響く。
アンドリエイラはダンジョンコアに拳を見舞い、それによって震えていたダンジョンコアは流体のように激しく形を変えて行く。
苦痛にもだえるように暴れる姿は異様。
ただ、それが躾と知っている者からすれば、絶対的強者を再確認するだけの現象だった。
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