67話:ダンジョン探索2
教会での神託で沸く人間たちを見て、アンドリエイラは冷めた目を向けていた。
(やっぱりあの三柱は若かったのね。鳩のほうが上手く人間を扱えるじゃない)
そんな未熟者をあえて亡霊令嬢へと当てている。
その上魔王側も足並み揃えるように四天王を派遣していた。
(魔王も様子見でしょうね。そんなに怖がらなくても、必要がなければ放っておくのに)
未熟な勇者にアンドリエイラが腹を立てても、魔王の側は神に押しつけて知らぬふりをするつもりだったことは、現状全く魔王の影がないことからわかる。
とは言え、四天王を二人も失ったのだ。
魔王の側としても、一人はベテランで死なせる予定はなかった。
もう一人は独断で死ぬとは思っていなかった人材だ。
魔王側も神とは関係ない所で被害を被っているのが現状だった。
「さぁて、勇者も森へ行ったし」
ミサも終わり、がらんとした教会に、外から戻ったルイスがそう声を上げる。
付き従うようにしていたヴァンとホリーも、それまでのすまし顔を払ってぼやいた。
「護符って言ってるのに聖別してくれとかうるさくてさぁ」
「冒険者以外にも、商人の護衛がいましたよ、あれは」
三人は勇者の森行きに合わせて、見送りという名のパフォーマンスをしたのだ。
無事に戻れば護符の売り上げにも直結する。
そのためルイスも作り笑顔を貼りつけて、ヴァンとホリーのぼやきを流した。
そんなルイスたちを教会で待っていたサリアンは、嘲笑するように言う。
「あれだけ罵倒してたのに、ずいぶんな人気だな」
「景気が良くなるなら噛ませろ」
カーランは勇者への感情など放り捨てて、完全に商売をする気でルイスに求めた。
付き添っていたもう一人モートンも、見送りについてぼやきを零す。
「勇者に絡まれるのもずいぶんな疲労だったが、冒険者は遠慮がない」
「もしかして、モートンにも要求してきたの?」
教会で待っていたウルが聞けば、ルイスが答えた。
「たぶん、冒険者の中で残ってる神官はモートンくらいじゃないかな。神託の時に教会にいなかった奴らに変に伝わってるみたいだよ」
一度教会を出ていたカーランが、補足をする。
「店のほうにも神託の噂は届いたらしい。神の加護があれば、森の脅威を避けられるとな。で、加護がある奴って言ったらまず冒険者が思いつくのは神官だ」
「護符買ってって話なのに、なんでそうなるかなぁ?」
若く潔癖さの残るヴァンが護符の販売に乗り気なのは、育った孤児院にも影響するからだ。
ホリーも売上如何で孤児院に回せる資金にできるため、護符を売ることに文句は言わない。
「勇者一行は態度を改めていますし、周知をお願いしてみるのもいいかもしれません」
「やるなら早い内がいいぞ」
言って、サリアンはカーランを指差す。
なんでもない顔をしているカーランだが、直前に悪だくみしてそうな顔はアンドリエイラも見ていた。
「別にあなたたちがどんな商売をしようと迷惑をかけないならいいけれど。まず私に話を通さないと、岩塩は出ないわよ」
すぐさま近寄って来るカーランに、アンドリエイラは手を振って追い払う。
護符の偽物でも売りさばこうとしたのだろう。
種を知っていれば教会でなくとも加護はつけられるのだから。
「同じことをする気は起きないわね。何か面白いことを提案してくれるなら考えるわ」
降ってわいた難題に、カーランは商人として売り込みも効かないと見て悩む。
相手は数百年を生きるアンデッドであり、その上ダンジョンを意のままに操れるのだ。
世俗の人間が喜ぶようなことで楽しませるのは難しい。
そんなやり取りにウルは興味なく、別の話題を振った。
「ねぇ、ルイス。そう言えばあの屋敷はどうなったの?」
ただその言葉はアンドリエイラの興味を引く。
目の前のカーランを無視するほどに。
ウォーラスの幽霊屋敷を買って、ホーリンの街へ向かった。
さらに勇者騒ぎが起きたために、アンドリエイラも所有する屋敷の様子は見ていないのだ。
「一応進めてるよ。別の町から呼んだ人たちだから、長期で宿も確保してたし、資材の運び込みもあって、森が封鎖された程度じゃ止める理由にはならないからね」
森と関係していなかった部分で、ウォーラス自体の流通は必要最低限維持されている。
ただ冒険者やダンジョンが主流な消費者でもあり、流通の要だった。
流通は鈍ってはいたものの、逆に関係のない者たちには出入りで待たされることはなくスムーズにすんでいる。
屋敷の回収が順調と聞いて、ホリーは別の心配を口にした。
「そうなんですか。では霊障なども出ず?」
元が幽霊屋敷であり、それをアンドリエイラが力でねじ伏せた。
そのため、まだ幽霊自体が住みついていることは知っている。
「たまに音がして威嚇されるらしいぞ」
事前にルイスから聞いていたサリアンが、ホリーに答える。
ただ威嚇だけでは、古いため屋鳴りとも思われた。
しかし屋敷のものを乱暴に扱うと鳴るので、職人たちも気づいてはいるそうだ。
「そっちは適当に、当教会の守りがあるとか言って宥めてるからね」
「あはは。下手に遅れてたら、お嬢ははっぱかけるために呪いとかやりそう」
ルイスの詐欺まがいの言葉を聞いて、ウルは冗談めかして言う。
ただモートンは真面目な顔をしてアンドリエイラを見た。
「逆に効率は悪くなるだろうからやめたほうがいい」
「私をなんだと? 期待されているのならやってもいいけれど?」
失言だったとモートンが謝る姿に、アンドリエイラは唇を尖らせて不機嫌を演出する。
ただ反応を楽しんでいると見て、サリアンが声をかけた。
「それで、お嬢はダンジョン行きたいって話だったが?」
ミサで神託を下ろし、勇者を森に向かわせ、さらに見送りをした後も教会に集まってる理由、それは森の主が冒険者のふりをしてダンジョン探索がしたいと言い出したからだ。
「畑とさえ言う当の本人が行って、今さら何をするんだ?」
疑問を呈するモートンに、アンドリエイラはサリアンにしか言ってないことを伝えた。
「普段私が使ってるところと、あなたたちが行ってる場所が違うのよ。だから、人間たちが何してるか知らなかったの。見てみたいわ」
どう考えても遊興。
しかし冒険者は命を懸けてダンジョンへと挑む。
獣にも殺されるのだから、もちろん魔物にも簡単に殺されてしまうのが人間だ。
そしてダンジョンは殺して養分にするため、獲物を引き寄せる。
魔物の住む森を散策するよりも危険な場所がダンジョンだった。
「うーん、お嬢ってやっぱりその服で行く気?」
「もう少しらしくしていただかないと、同行するこちらも困ります」
アンドリエイラの心配などしないウルとホリーは、服装に文句をつける。
心配しているのは服装であり、身の心配など必要ない。
ただ他から見てあまりにも悪目立ちするのが、目に見えている。
悪目立ちが反感になるのは、アンドリエイラも勇者たちを見てわかっていることだった。
「相応の払いがあれば服は用立てるが、まずどんな順路でいく? やはりレアが出る所か」
「確かに向かう場所によって装備は変えるが、欲を出すと足元を掬われるぞ」
アンドリエイラに同行することで、どれだけの恩恵があるに興味を持つカーラン。
モートンは生真面目に、ダンジョンの危険性を説いた。
それらを横目に、ルイスはサリアンの肩を叩いて笑う。
「もちろん、君たちも護符を買うよね? そうじゃないと、なんで護符がないのに平気なんだって他の奴らに囲まれることになるし?」
「おま!?」
効果がないとわかっているからこそのあこぎな提案。
文句を言おうとしたサリアンだが、買わなかった場合のリスクも想像もできて罵倒が止まる。
もちろん他の冒険者たちも、少し考えて渋面になった。
ルイスは不満の視線を一身に浴びて、微笑む。
その顔のまま、全く他人ごとのアンドリエイラにも声をかけた。
「もちろん、お嬢さんも」
「はぁ? 私には必要ないわ」
「おや、ドラゴンの時に絡まれた面々を見ているだろう? あれと同じことになるけれどいいのかな?」
「う…………」
さすがにそれはというのが、アンドリエイラの顔にも出る。
アンドリエイラが折れるのは目に見えるようだ。
その様子に、冒険者たちも覗き見していた鳩も、ルイスのしたたかさに舌を巻いたのだった。
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