66話:ダンジョン探索1
ウォーラスの教会が普段の質素さを忘れたように飾り建てられている。
昼だというのに薄暗い聖堂には、惜しげもなく蝋燭が立てられ明かるい。
それらの装飾も蝋燭も、提供は領主代理からだ。
今日は定例のミサが行われる日。
しかし気合いの入れ方が明らかに違う。
普段は田舎らしく、年寄が集まり、ちょっとした食料の配布があり、後は井戸端会議になる程度の集まりのはずだった。
「天におわします我らが神の栄光に…………」
仰々しく祈りをささげるルイスも飾り立てて壇上にあり、元の顔がいいため神秘的にも見える。
その顔目当てにミサに来る者もいるが、今日はルイス目当てではない者も多い。
普段いない参列者の目当ては、勇者一行だ。
巨馬の襲来を生き残り、防壁の上を混乱に陥れた神鹿にも退かずに戦い抜いた。
また、森の封鎖への信憑性も高まり、一部からは見直す声も上がっている。
「解せないわ」
「お嬢のせいだろ」
勇者の風評に回復の兆しがあることが不服のアンドリエイラ。
サリアンはそれこそアンドリエイラの無用な介入のせいだと指摘する。
二人とも教会聖堂奥にある控室で、覗き見をしていた。
控室はあまり広くないため、他の冒険者仲間はまた別の控室からミサの様子を見ている。
「ともかくお嬢は神の動きに集中してくれ」
「そこは餌一つで引き受けさせたから大丈夫よ」
「神釣る餌ってなんだよ」
サリアンはげんなりして答えを求めない言葉を投げる。
そしてアンドリエイラも、神核を無造作に見せるだけ。
人間には加工された宝石程度にしか思われないだろう。
正しく正体を知り、奇跡を知れば、国宝どころか世界の至宝として取り合いの大戦争が勃発してもおかしくない代物なのだが。
知らない人間に教える手間を惜しむほど、アンドリエイラも興味がない逸品。
神核が三つもあったところで、このウォーラスで奇跡は起こらないだろう。
「来たわね」
覗くアンドリエイラと同じくして、ルイスも気づいた様子で同じ方向を見た。
そして勇者と一緒にいた聖女の様子が変わる。
表情がなくなり、神秘的な雰囲気を露わにしていた。
さらには清廉な空気と光が聖女を覆い、そこに神がかり的な何かが起きていることを知らせる。
「ふーん、あっちもちゃんと本物だったのね」
「もってなんだ?」
「一応、勇者も本当に勇者の資質持ちだったから」
「ふーん?」
サリアンあまり興味ないようすだ。
信心深ければ、勇者と聖女が本物と聞けばありがたがるだろう。
ただこの教会で育ったサリアンからすれば、神などいない。
いたとしても人間を助けるなどという慈悲はなく、縋るだけ無駄な存在だ。
ただ教会で祈るのは他人へのポーズであり、敬虔さは信用問題につながるだけ。
そんな心の内さえも面白がって、神に観察されていたことをサリアンは知らない。
そしてその神も、まさかサリアンが亡霊令嬢を森から引っ張り出してくるとは想像もしていなかった。
結果、自らが神核一つを餌に、アンドリエイラに引っ張り出されている状況になることも。
「神託がありました」
厳かに告げる聖女の言葉を、疑う者はいない。
宗教裁判の時と違って、確かに神秘を感じられる様子だった。
飾った教会の薄暗い中では光も良く見える。
本当は宗教裁判でもそうだったが、日中の屋外で良く見えずにいたのだ。
今回は担当する神が違ったため、完全に仕組んでこの場を用意してあった。
「神、違うんだろ? 聖女はもっと慌てるかと思ったが」
サリアンが言うとおり、聖女が今まで神託を受けていた神とは違う者からの声かけだ。
そもそも女神と違い、鳩は中性的だったが口調からして男神である。
「なんかこっちが指定したとおりに神託喋ってるが、いいのか、あれ?」
「元から神が三柱いたのだし、その誰かと思ってるんじゃない?」
アンドリエイラも興味なく、あやふやだ。
実際は、鳩が上手く聖女である少女を言いくるめている。
女神たちには触れず、この教会と周辺を裁量する神であることを語り、神の力も一定ではないこと、神同士で思惑がすれ違うことなどを話した。
そのため、国を離れている聖女は、別の神の裁量する地に来たことが今回の失敗の原因であると解釈。
そうして聖女を誤解させて落ち着かせた後には、人間たちを導くために努めていることなどを耳障りよく聞かせたのだ。
「まぁ、予定どおりだしいいか」
「どうでもいいでしょ」
不信心な人間と、神への冒涜でしかないアンデッドは意見が一致する。
肉体がないために広く音を拾える神が聞いていることさえ気にしない。
その間も、聖女の口から神託が紡がれた。
内容はドラゴンが森を荒らしたこと、そのために今までいなかった魔物が森の淵へ移動したこと。
ただこの教会で作られた護符を持てば、ダンジョンまでは安全に移動できるよう神が取り計らってくれた。
また護符の加護でダンジョンからは岩塩が確実に採れるのだと。
「まぁ、現金」
岩塩が確定と言われて湧く聖堂内の人間たちに、アンドリエイラは笑った。
いるのは住人が半数であり、森には馴染みがありダンジョンへの道も知っている。
もう半数は冒険者や領地を裁量する役人で、確実に金になるものを提示されたことをわかっていた。
誰も、簡単にダンジョンへと意欲を露わにする姿に、アンドリエイラもサリアンの選択の正しさを知る。
そもそも半月ほどで多くの商人が離れ、突然の魔物襲来で先行きも見えずにいたのだ。
そんな中で確実に売れるもの、また神にもすがりたい状況で、神からの確約が与えられた。
その期待と安心から、鳩も信仰を吸い上げるという状況にあるのだが。
「ウォーラスの奴らはあんなもんだ。けどなんつーか、勇者たちの様子も変わったな」
サリアンの視線の先では、神聖で落ち着いた聖女がいる。
隣には誇らしげな王女が自信ありげに静かに座っていた。
さらに隣では勇者が純朴そうな笑みを浮かべて、喜ぶ人々の姿を見守っている。
「あぁ、勇者はそもそも選ばれて扱いやすい者が来ているもの。だから本来毒気もない人物のはずよ。その仲間にされた二人は生来神に染められやすい体質なのでしょうね」
「そんなのあるのか」
「あなたもその気があるわよ。英雄豪傑なんて、結局のところ神と通じるか神を振り回すかなんだから。それが女になると、感応に傾くことが多いわね。霊媒体質や神がかりというのだったかしら」
「げぇ」
言って、サリアンは真顔で聞く。
「…………あいつらは?」
誰とは言わないが、サリアンの弟分と妹分のことだ。
今はルイスの側でミサの手伝い兼、不測の事態に対処する護衛をしている。
実際腹違いの弟妹で、サリアンと同じ過去の英雄の血を継ぐ者たち。
アンドリエイラは楽しげに笑って教える。
「もちろん、あるわよ。素養」
「神がどうのなんてこれまで関わってなんてないんだがな」
「あら、神に拘らないわよ。対極でも同じ。神も魔物もあなたたちが言い換えているだけなのだから」
細い指で自身を指すアンドリエイラは、完全に面白がっていた。
それをわかっていて、サリアンは心底嫌そうに顔を歪める。
アンドリエイラは高笑いしそうになるのを堪えて、口元がにやけていた。
サリアンも遊ばれてることはわかっていて、いっそ気づかないふりで顔を背ける。
(けど絶対これ、嘘や冗談じゃないだろ)
事実、アンドリエイラという神をも恐れない存在が引っかかってしまっている。
(最悪のはずれ引いた気分だ)
被害者のようにサリアンは内心溜め息を吐く。
しかし、弟分や妹分、ひいては他の冒険者まで巻き込んでいるのはサリアンだ。
しっかり振り回す素養は発揮しているのである。
「天界の神々にも、私はウォーラスにいるから、文句があるなら来なさいって言っておいたから」
「よ…………! けいなことを、してんじゃねぇ」
大声を出しそうになったサリアンは、一度口を閉じて続ける。
ちょうど聖堂のほうが湧いていて、サリアンの大声は誰も聞いてはいなかった。
湧いた理由は、勇者が自らダンジョンへ行って安全確認を約束したため。
その様子に、面倒ごとを引き受けてくれたことに、無責任に褒める声も上がる。
そんな思惑に気づく様子もなく勇者はまんざらでもない顔だ。
「あの勇者も、ここの神以外にまたちょっかいをかけられるでしょうし。次はいったい何をしでかすかしら?」
アンドリエイラの楽しげな声に、サリアンは溜め息を禁じえなかった。
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