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63話:馬と鹿のお遊戯3

 黄色い肌をしていた男神は、すでに土気色になっていた。

 そして倒れると、まるで土でできた人形であったかのように脆くも崩れる。


 アンドリエイラは無感動に見下ろすと、両手を一つ打った。


「若輩者なりに神核はちゃんとあったか」


 黒猫のゲイルが呟く。


 神の死体は、アンドリエイラの一拍で残滓さえ消え去った。

 するとまるで解放されたかのように、正十面体の宝石のようなものが浮き上がる。

 それは神のみが持つ神であるための核、神核。


「まーだ色味がくすんでるし小さいな」


 白鴉のラーズは腐すように、アンドリエイラへと向かう神核を評する。


「この様子だと、私よりも年下だったのね。それに地上の俗っぽさが抜けていなかったし、こんなものではない?」


 掌の上で浮く三つの神核の大きさや色から推測するアンドリエイラ。


 神核は神の魂のようなもの。

 魂そのもではないのは、生死から解放されて昇天した神に魂はないからだ。

 代わりに神核が形成される。

 これさえあれば神は復活可能であり、集めた信仰が詰まった存在定義の根幹だった。


「これ、砕くとうるさいのよね」

「「そりゃそうだ」」


 黒猫と白鴉の両方から、アンドリエイラは呆れられる。

 実際砕いたこともあるからこその反応だ。

 そしてそれは神にとってあまりにも非情で、あまりにも苛烈で、あまりにももったいない所業だった。


 小さく色が悪くとも、神の元となる神核。

 取り込めば、地上で勇者を操るよりも大きな力にできる。

 元の神を復活させずとも、別の無垢な神を作ることで自勢力を伸長することもできた。

 砕かず正しく消費するだけでも、地上に奇跡をもたらすことができる。


「私に逆らった奴の神核なんて、使いたくもないわ」


 アンドリエイラは全くその価値を気にせず、どころか嫌悪さえ口にした。

 そのために敵対し、死を与えた神の神核は今まで容赦なく砕いている。

 属神の多い神の神核を砕けば、その下についていた者たちもほぼ力を失うのだ。

 中には耐えきれず神核が連動して砕ける者も出るほどの被害をもたらす。


 それこそが、神々が森の主である亡霊令嬢に手を出さなかった最大の理由。

 敵とみなされれば、神として完全に殺される。


「捨てておけば誰かが使うんじゃないか」

「わざわざ拾うって…………あー、奴とか?」


 適当に応じる黒猫に、白鴉が気づいた様子でくちばしを向けた。

 アンドリエイラも見れば、隅にひょっこり鳩が一羽現れている。


「あら、ウォーラスの神じゃない。ちょうどいいわ、用があったの」

「…………あまり、時間は取れないが」

「嫌そうね」


 表情などないはずの鳩の顔に笑みを向けて、アンドリエイラは圧をかけた。

 そんな鳩に、ゲイルが黒い尻尾を振りつつ聞く。


「じゃあ、なんで来たんだ」

「他の神に管轄地だからとせっつかれてんだろ」


 ラーズが容赦なく白い羽根を広げて図星を突いた。

 どちらも天界の神に興味がないため、容赦もない。

 そもそもゲイルとラーズが従う神々のほうが、大抵の神よりも安定した信仰と長い在位を得ている強者。

 他の神に阿る必要などなく、その影響でゲイルもラーズも他の神を尊重しない。


 そんな神の眷属を侍らせていることも、亡霊令嬢を天界で特殊な扱いにしていた。

 排除したいが排除しにくい。

 そのために若手にやらかしをさせ、二百年の沈黙でどれだけ変わったかを見ようとしたのだ。

 結果としては、全く丸くなどなっていなかった。


「こちらとしては、自らの管轄を荒らすことをしなければ、どうぞ好きにしてくれ」

「私は信仰なんてどうでもいいのよ。けれど、向こうの人間は違うわ」


 アンドリエイラは、馬が嘶く夜中前に、教会でルイスに言われたことを告げる。


「覗き見でもいいけれど、教会に降臨してほしいそうよ」

「あぁ、あの者はまぁ…………」

「それと、今後神の加護を謳って適当な護符を売るから見逃してほしいとか」

「商魂たくましいな!?」


 声を上げたのは白鴉のラーズ。

 だが、アンドリエイラも同じことを思った一人だ。


 勇者のせいでウォーラスの町は荒れ、さらに巨馬に襲われている。

 人が通わなくなったことで荒れた森やダンジョン。

 冒険者と言えど、手入れが行き届いていなければ危険だ。

 さらに勇者が負けたという曰く付きともなれば、神頼みに縋る者も出る。

 その商機を逃さず、ルイスは神に直接許しを願った。

 願われた鳩は覗き見を常習的にしているので、ルイスの性格わかっている。


「今まで通り好きにすれば良いと答えよう」

「というか、あの周辺の信仰かすめ取ったのはお前だろう」


 黒猫の指摘に鳩が警戒と緊張で膨れた。

 もちろん、そう言われる心当たりがあるからだ。


 アンドリエイラはその名をいくつも変え、森の周辺に恐怖以外にも信仰を得ている。

 ただ今はその信仰心はこの鳩に向かうよう操作されていた。

 二百年放置だったためだ。


「どうでもいいわ」


 今なお放置の姿勢を見せるアンドリエイラに、ハトは元の大きさに戻って胸をなでおろす。

 意地の悪い黒猫はそんな様子を上から見下ろしていた。


 アンドリエイラは気にせず周囲を見る。


「ここ足場に天界通れるのいいわね」

「ここはすぐに閉鎖する」


 鳩が食いぎみに告げるが、もちろんアンドリエイラに悪用されないためだ。

 神々からすればとんでもない迷惑者で、本来なら地上とは隔絶された天界の安全を脅かす存在でしかない。

 勇者に影響させるため繋げた場所を、地上にいるからと脅威ではあっても危険のなかった亡霊令嬢が使うなど、させるわけにはいかなかった。


「…………名前調べたり、場所を捜したり、面倒なのに」

「まぁ、それしないと適当に暴れて名乗り出ろって言うだけだしな」

「逆にそんなこといちいちしてるほうが無駄だろうが」


 白鴉と黒猫の慣れた様子に、アンドリエイラも否定しない。


 その様子に鳩は胸を張るように逸らすと、話題を変えた。


「あー、それで、ウォーラスのほうはどう決着をつけるのだ?」

「そうね、忘れてたわ」


 アンドリエイラが勇者を振り返れば、未だに硬直状態。

 そして神々が死んだことで足元に見えていたウォーラスの景色も消えている。


「あら、お遊戯がどうなったか見たかったのに。まぁ、いいわ。今ならまだ大丈夫でしょう」


 言って、アンドリエイラは無造作に勇者を送還した。

 本当にまだ神鹿が防壁の上で暴れ、巨馬が立ち止まっているかなど確かめずに。


 その雑さに鳩は少しだけ、勇者に同情をする。

 その上で、自らの欲にも忠実に言葉を紡いだ。


「神核はどうするのかな?」


 言外にいらないのなら回収すると含めて。

 鳩は有効利用する気がある。

 ただ、所有はアンドリエイラだ。

 いらないものでも奪って敵対することはせずにまずは聞いた。


 アンドリエイラは神核を眺めて、思いついたように眉を上げた。


「あ、新居の置物にしましょう。人間には加工が難しい綺麗な正十面体だもの。どんな台座に置こうかしら? それとも照明器具に乗せる?」

「お…………」


 鳩はそのあまりにも粗雑な扱いに、絶句した。

 神核一つで、地上の何処かの飢饉を解決することも、疫病を平癒せしめることもできる。

 一軍を葬り去ることも容易で、人生で使いきれない富を約束することも可能だ。

 そんな神核を三つも持っていながら、ただ、飾るとアンドリエイラは言った。


 神の常識や思惑など歯牙にもかけないアンドリエイラの言動に、黒猫と白鴉は当たり前のように受け入れる。


「ま、砕くよりましだろ。無駄遣い以前の話だが」

「その程度の価値しか認めてないんだな、あいつは」


 あまりの認識の差異に、鳩は座り込んでもう何も言う気がなくなったようだ。


「もう、早く地上に帰ってくれ」


 ただひと言、心からの願いを絞り出したのだった。


定期更新

次回:馬と鹿のお遊戯4

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