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61話:馬と鹿のお遊戯1

 サリアンは防壁の上で、勇者一行に起きた異変に気付く。


「勇者が、消えた?」

「あ、ほんとだ」

「逃げたのでしょうか?」


 すぐ横から下を覗き込む弟分のヴァンに続いて、妹分のホリーは眉を顰めた。


 ほとんどが勇者の不在に気づかず、防壁に牙をむく黒い巨馬しか見ていない。

 それだけ余裕がない戦いのさなか。

 下など見ているサリアンのほうが悠長なのだ。


「また鹿が上がって来たぞ!」

「盾、盾、盾ー!」


 周囲で指示と警戒の声が伝達される。

 だがサリアンたちはあまり動じず、盾役のモートンが構えて前に出た。

 後ろでホリーとウル、カーランが援護の体勢を取るが、その身に緊張や気負いはない。


 防壁の上での対処が終わった途端、神鹿が防壁を断崖のように登って来た。

 神鹿が跳び上がると、防壁の上に並べられた盾に激突。

 それだけで角によって安い盾は割れる。


「投擲!」


 兵の号令で、冒険者も一緒になって、激突で動きの止まった神鹿に魔法、ナイフ、薬品などが投擲された。

 近くで魔法を放ったサリアンは、神鹿と目が合う。

 そして神鹿は嫌がるように防壁を下った。


(いや、全然効いてねぇ)


 完全にそよ風を受けるように、人間の攻撃を浴びてから、自身の判断で降りている。

 毛の先にさえ、魔法もなんの攻撃も届いていないのをサリアンは確かに見た。

 魔法を習得した人間として、サリアンも面白くないが、人外と競ったところで意味もない。


「勇者はどうしたんだ?」


 モートンが盾を引いて、耳に挟んだ言葉を口にした。

 相方のウルが視線を受けて、何もないと言うように肩を竦める。

 危機察知能力の高いウルが落ち着いた様子から、危急の事態ではないことをモートンも察した。


「いきなり消えたよね。残された子たちかわいそ」


 ウルは気のない様子でモートンに教える。

 ただ近づく巨馬には、縄のついた投げナイフを当てるくらいのポーズは取った。

 その上で、刺さらないナイフは縄を引いて回収し、またやる気のない攻撃をする。


 その巨馬の目はちらりとサリアンたちを確認した。


「あいつ、こっち見てないか?」

「規則的に左右に踊ってるだけだろ」


 気づいたカーランに、サリアンは雑に答える。


 実際巨馬は防壁を前に右に左に移動して踊っているようにもみえた。

 足元は複雑に動いているが、防壁の上から見る分には、巨馬の顔が右に左に移動するだけ。

 時折噛むふりで伸びてくるくらいで、恐怖という色眼鏡がなければ単調でやる気がないのは巨馬も同じ。


「なんか、踊ってるみたいだね。お遊戯会で」

「子供たちがする簡単な踊りに似てますね」


 ヴァンとホリーが言うのは、孤児院での催し。

 祭りの時の見世物で、運営資金を乞うために幼い孤児たちを躍らせるのだ。

 その練習と発表でお遊戯会があり、単純な動きを繰り返す巨馬が似ていた。


 ただそんな感想を持てるのはサリアンたちだけ。

 裏にアンドリエイラという手綱を引く存在がいるとわかっているからこそ、本気で襲ってはこないことがわかっているための余裕だ。

 しかし知らなければ強力で巨大な魔物が、守りの要である防壁を襲っている恐怖の状況。

 ただの馬でも人間を蹴り殺せる力があることを、大多数の人間は知っていた。

 そのため、危機感はウォーラスの中で震える住人たちにも伝播している。


「なんか、これで合ってるかどうかって目を向けてくるのも、お遊戯会っぽいな」


 周囲から浮いている自覚がありつつも、真剣になれないサリアンが呟くと、ヴァンとホリーが頷いた。

 巨馬も神鹿もあえてサリアンたちのほうへやって来ては、目を合わせて、間違ってないか、この動きでいいのかと確認するのだ。


「お嬢、どんな指示出したんだよ? そんな困るような指示したのか?」

「指示してるのかなぁ?」

「良きに計らえだろ」


 サリアンのボヤキにウルが呟けば、カーランが貴族が言いそうなことを口にする。

 その間も、巨馬が噛むふりをして防壁の上では悲鳴が上がっていた。

 サリアンたちも森で不意の遭遇をしている魔物。

 その恐ろしさは肌身で感じている。

 ただ、本気で殺しに来た姿を知ってるからこそ、今の人の顔色を窺う巨馬に、最初の頃ほどの脅威を感じられない。


「魔物って、躾できるんだね」


 ヴァンが驚くとおり、できないのが普通だ。

 そもそも獣さえ、家畜化できる種類は限られている。

 それよりも凶暴で知性もある魔物など人間に従わせられるものではない。


 ただ、目の前の巨馬は確実に躾けられていた。

 ただし、元人間のアンデッドによって。

 決して人ではできないことだ。


「あんなことをされれば、致し方なしか」


 モートンが同情を滲ませて、折れたままの牙の、哀れな様子に目を向ける。

 ただ、その後に命を奪われたドラゴンを思えば、巨馬はまだ運が良かったのだ。


「それで、勇者はどうしたのでしょう?」


 ホリーが未だに姿を見せない勇者に話を戻す。

 防壁の下を見れば聖女と王女が半泣きで勇者を捜していた。


 巨馬に踏みつぶされたのではないかと、恐怖と絶望に突き動かされて捜す姿は年相応の少女たち。

 もっと上から見ているサリアンたちからは、勇者は痕跡もなく消えており、潰されていないことはわかっているのだが。


「お嬢か、神が何かしたんだろうな。消える直前、神鹿が身構えた」


 サリアンは見ていたことを教える。

 実際、勇者が消える瞬間を見ていた限りでは、勇者の意思ではないことが明白。

 神鹿が身構えるほどとなれば、上位の存在の関与が疑われた。


 聖女と王女は神鹿のほうを見ていたから、気づけば勇者が消えていたという状況だ。

 そして防壁の上の誰もが巨馬を警戒して、恨み言を言う以上に勇者たちなど見ていない。

 そんな余裕はないのだ。

 実態を知ってるサリアンたち以外に、気づける者のいない勇者の消失。

 それが何を意味するのか、知るすべはない。


「つまり、魔法か?」

「そんなのあったらとんでもない騒ぎになるぞ」

「まぁ、神の奇跡ということだろうな」


 カーランにサリアンが答えると、モートンが神官らしく言い直す。

 ただ、微妙な顔をしているのは、神という上位存在を散々に世俗の常識に当てはめてこき下ろすアンドリエイラの影響だろう。


「神さまなの? お嬢できないのかな?」


 ウルが言うと、ヴァンは気軽に応じる。


「できそー」

「いえ、できると困ります」


 ただ真面目なホリーは、神出鬼没のアンデッドという世界の脅威について否定した。

 サリアンも想像して身震いする。


「あいつには、この田舎で大人しくしてもらわなきゃ困る。ある程度平和でなきゃ、ダンジョン行っても物を買ってくれる商人も消えちまうんだ」


 言って、サリアンはホリーとウルの肩を叩いた。

 その意図に気づいた途端、女性人二人は眦を裂く。


「押しつけるんですか!?」

「押しつけるな!」


 揃ってサリアンの手を払い除けて、ホリーとウルが抗議した。

 揉めごとの様子に、巨馬が空気を読んで動きを変えたことに、カーランは呆れた目を向けながら、奔放なアンデッドを押しつける。


「お前らの共同生活に、世界平和がかかってるんだぞ」

「え、そういう話? うーん、そういう話か」


 ヴァンは首を捻るが、アンドリエイラの脅威もわかっているので納得する。

 モートンは押しつけを否定できず、なんとか取り成そうとした。


「まぁ、家を買って調理器具にも興味があるようだ。そうした物品を壊すような危険な行為はしないだろうから」

「盾―!」


 そこに神鹿の接近を知らせる指示が飛んだ。

 ただ全く別方向を向いていたモートンの対応は遅れる。

 そのせいで、神鹿は盾のないサリアンたちの側に飛び込み、防壁の上に着地。


 見つめ合うサリアンと神鹿。

 あまりの状況に誰も硬直して何も言えない。

 知性のある鹿の顔には、しまったという焦りが浮かんでいる。


「お、追い出せー!」


 サリアンは状況打開のためにそう声を上げるしかなかった。


定期更新

次回:馬と鹿のお遊戯2

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