56話:追い詰められた勇者1
「ふふ」
暗く笑うアンドリエイラ。
しかし周囲のほとんどが気づかない。
傍聴席からは、勇者に青い炎を出してみろと責めるシュプレヒコールがあがっている。
聖女は突然慌てだし、その様子に勇者と王女も混乱。
まともな対応はできていない。
ともかく場を治めようと、異端審問は木槌を鳴らして静粛を呼びかける。
「なぁに悪い顔してんだよ」
そんな騒ぎの中、アンドリエイラに気づいたのはサリアンだった。
そもそも強大なアンデッドだ。
そうと知って引き込み、保身に走ったからには、アンドリエイラに対して警戒を解いているわけではない。
たださすがにその性格は掴めてきている。
(笑ってる割に楽しんでないってことは、神か何かだろうな)
アンドリエイラは笑みを浮かべたままサリアンに答える。
「馬鹿な女神とあの聖女の繋がりがはっきりしたから、そこを辿って何処にいるかを見つけたわ」
「どうなってるんだそれ? 神ってのは天界にいるもんなんだろ? 飛べるならすぐ何処かなんてわかるもんじゃないのか?」
「ふぅ、世界の広さを知らないんだから」
「知ってるが、相手が神でここに手を出してるな周辺にいると思うだろ」
「はぁ、空の高さも知らないのよね。位置としては、南の大陸のさらに南からこっちを観察してたわよ。高さで言えばもっと遠く距離があるわ」
予想以上の遠さにサリアンも黙る。
アンドリエイラは思い出すように首を傾げた。
「地上へ介入するために特別な空間を天界の下に作っていたみたい。天界に昇って探したところで、あそこは見つけられなかったわ」
「そうかよ」
ただの人間のサリアンでは想像もできない話だ。
その上でアンドリエイラの言葉から想像がつくこともある。
「で、見つけてそれだけって話じゃないんだろ?」
サリアンが見た笑みは、あまりにも攻撃的だった。
つまりは、獲物を定めた表情だ。
「お馬鹿さんは三柱もいたわ。反省する手合いではなさそうだったから、天界の下の空間に閉じ込めておいてあるの。少し行くのに時間がかかるから、その間にちょっと痛い目に合うようにね」
「何してんだよ」
「あら、まだお遊び程度よ」
「遊んで気を抜いて、逃がす気かって話だ。狩るなら確実にし止めろ」
いっそ冷淡なサリアンに、アンドリエイラは喉を鳴らして笑う。
神を軽んじる発言が小気味よいと言わんばかりに。
「えぇ、わかっているわ。まずはこっちのお人形よね」
アンドリエイラが言うと同時に、収拾がつかなくなった宗教裁判に閉廷が告げられた。
異端審問官は閉廷することで、この騒ぎを治めようと強硬手段に出たのだ。
また、様子がおかしい勇者たち三人がまともに続けられるようにも見えない。
その上で、謎の背景を持つモートンと敵対することを避けた結果だった。
「どうしようかしら? あの異端審問官も巻き込む?」
「いや、対処を見る限りどっちの味方に付くのも嫌がってそうだ。だったらわかりやすく中立に置いて、追い詰められた勇者を見捨てる形にさせるほうが周りにも効果的だろ」
サリアンは容赦なく言い放つ。
そもそも森の館で立案しろと迫られ、この流れの道筋を作ったのはサリアンだ。
他の者も巻き込んで、できる限り自らのパーティーが軽傷で済むよう考えている。
サリアンの計画の内では、アンドリエイラは神に当たる。
その上で勇者たちには立場を失うように追い詰めるのだ。
そのためにはまだ、アンドリエイラにこのウォーラスで一仕事してもらう必要があった。
「っていうか、強気だった聖女がずいぶんおかしいな。何かあったのか?」
「そう言えば、うるさいだか、忙しいだか怒っているところで見つけたわね。そこからは隔離したから、たぶん聖女が最後に聞いた神の言葉はそんなものだったはずよ」
「あぁ、だからか」
サリアンが納得して聖女を見る。
神に見放されたとさえ思える発言を最後に、交信できなくなったせいで顔面蒼白だ。
神の正義は我にありと裁くつもりで、モートンに宗教裁判を吹っかけている。
その上で、青い炎の時にも思わぬ切り返しに焦りはしたが神を疑ってはいなかった。
(今はまるで親に捨てられた子供だな)
悲しいのか、寂しいのか。
怒っているのか、恨んでいるのか。
感情の処理もできずに狼狽えるしかない聖女は、年相応の少女にしか見えなかった。
(まぁ、神がそんだけ焦ったのもお嬢のせいなんだろうが)
サリアンはすぐ側で、今では上機嫌になっている亡霊令嬢を見下ろす。
(つうか、神が三柱もいてそれを閉じ込めたってなんだよ。今ここにいたよな? こいつの力、大陸越えて届くのか?)
サリアンは想像よりもはるかに規格外なアンドリエイラに寒気を覚えた。
ただそれも力の一旦でしかない。
アンドリエイラは神に死刑宣告をしたとは知らないのだ。
神を殺せると豪語することさえ知らずにいた。
「さぁ、それじゃあ早速今夜動こうかしら」
まだ周囲が落ち着きもしない中、アンドリエイラは立ち上がる。
周囲がすでにシュプレヒコールのために立ち上がっているので、少女であるアンドリエイラの動きは目立たない。
ただアンドリエイラがただの少女でないと知る冒険者たちは、その動きと発言に身構えた。
「え、もう? 今夜なの? 待って、まだ備えも何もしてないって」
「こっちだって準備がある。一日待て」
慌てるウルに、カーランも急すぎると止める。
ただアンドリエイラはサリアンを見るだけ。
計画を立てたのはサリアンなのだから、答えるべきはサリアンだと思っているのだ。
「夜よりも早朝がいいかもな。暗すぎると何がなんだかわかんねぇし。あの勇者どもを動かす必要もあるから、その仕込みもな」
ある程度今後の動きはすでに仲間内で共有していた。
その上で年少のヴァンが、予想以上に及び腰になっている勇者たちを見る。
「もしかしてさ、夜中の内に逃げたりしない、勇者たち?」
「ま、まさか。そこまで無責任なことはしない、と、思いたいです」
ホリーが否定するが、言葉尻は弱い。
ありえないと言えないほど、勇者たちに関しての信頼などないのだ。
サリアンは考えた末に周囲に計算高そうな目を向けた。
「ここでちょっと誘導するか。逃げられたんじゃ意味がない」
そう言って、野次を飛ばす者たちの呼吸を読んで声を上げる。
「腰抜け! 逃げるつもりか!?」
サリアンの声は多くの罵詈雑言に紛れてしまう。
しかし、聞こえた者が繰り返すとその声はさらに高まり罵倒の方向性となる。
「ちゃんと森本通りにしてから帰れ! それまで帰るんじゃねぇ!」
「そうだそうだ!」
サリアンがさらに煽ると、賛同の声と共に森を戻せという恨み言が上がる。
「森に変なの潜んでるならちゃんと倒せ!」
「できないとは言わせないぞ!」
サリアンに続いてカーランも先導の声を上げた。
それに周囲がまた賛同して、繰り返し声を上げるのは、的確に鬱憤を刺激したため。
結果、勇者一行はもう一度森に行って脅威を排除しない限り帰れない雰囲気になった。
「ひゅー、お見事」
ウルは笑って褒めるが、まだ潔癖なところのあるヴァンとホリーは、悪意ある扇動には眉を顰めていた。
「なんていうか、なんか…………かっこ悪い」
「大人として見本にしてはいけないんだとつくづく思います」
「あらあら、他人に隠れて悪口を言うのがお気に召さないのね」
アンドリエイラは笑ってサリアンを腐す。
知恵と話術で状況を動かしたというのに身内からの評価が悪く、サリアンは口角を下げた。
「くそ、ともかく準備にかかるぞ。あいつらが森に追い立てられる前に、馬と鹿だ」
「私はそちらの準備を手伝った後は、天のお馬鹿さんたちの所へ行くわ。よくよく頑張ることね」
サリアンたちはアンドリエイラの励ましに微妙な顔をする。
何故なら森一番の脅威が、ウォーラスから離れるというのだ。
いっそか弱い人間にとっては、この上ない状況の改善である。
そんなことを思いつつ、神を一手に引き受ける心強さも冒険者たちは感じていた、
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