55話:茶番の宗教裁判5
世界は卵型にたとえられる。
底辺の広く固く重い部分が地上であり、そこから大部分が空であり、さらにその上に天界が九つの階層となって連なるのだ。
その九つの階層よりもさらに下、地上の上に位置する空との境。
本来なら神として昇天した者がいるべきではない場所に三柱の神がいた。
「これはどういうこと? 私が神々の合議の末権利を得たのよ。なのに他の神が介入しているというの?」
赤い花を纏った女神が、美しい顔に怒りを称えて訴える。
それに答えるのは赤い羽根を背に負った男神だ。
「せっかくあの教会の神に頭を下げたに残念だな」
「いや、あの神とはまた別の神が首を突っ込もうとしているんだろう?」
黄色い舌を持つ別の男神が、地上で行われる宗教裁判の様子に眉を顰める。
彼らが覗き込むのは雲。
さらにその下にある地上だ。
見えるはずもない距離だが、神という地上の理を外れたものには見えていた。
「私が選んだ勇者に文句をつけるとは、神を恐れない不届き者め」
赤い花の女神が苛立つと、身にまとう花が形を変え大きく華々しく広がる。
苛立つのは、特に女神の目には、全てが見えているからだ。
何故なら地上には聖女がいる。
聖女の五感を借りて、女神は不届き者を断罪するだけだった茶番の宗教裁判がお菓子な方向に流れているのがわかる。
それと同時に、集まるはずの信仰が露ほども増えていないことも感じていた。
そんな女神の権能により雲の合間には聖女が見る光景が蜃気楼のように現れている。
音も遠くさざ波のようだが、それでも本来なら見られない地上の光景。
男神たちは雲に寝そべり優雅に覗き込んでいた。
「女神だと言っても追及しないなら、やっぱり別の神から耳打ちされてるか」
「ふん、女神が失敗した後は己の番。邪魔立てするのならばこちらにも考えがあるぞ」
別の神の介入を警戒しても反応にはまだ余裕がる。
現状信仰心を手に入れる主導は女神であり、その後釜が黄色い舌の男神。
三番手である赤い羽根の男神が一番面白がるように状況を見ていた。
ただそこに、四柱目の神が現れる。
いや、本来神は至れない場所で、三柱はこの時特別に許されているだけ。
しかし白い鳥という形で介入した存在がいた。
「これは、ご無沙汰しております」
赤い花の女神は取り繕って、高位の神である白い鳥に礼を執る。
その上、現在問題が起きているのは、この神が先に信仰を得る権利を有していた教会がある場所。
そのため、三人の若き神々はその場を利用することを断るため挨拶をしていた。
「うむ、愚かな若人。失敗もまた学びと経験。そう思って勝算の低いその思いつきに微笑ましく慈悲を与えたが、どうやら目論見は崩れたようだな」
「いえ、まだ!」
白い鳥に女神は訴えるが、男神たちは罵られたことに眉を顰めている。
しかし白い鳥は若い神々にはない落ち着きで続ける。
「つけ入る隙は確かにあった。しかしそれを生かせぬはうぬらの不手際。何故三柱も頭を揃えてこのざまか。己の利得のみを求めて全てを失うその欲深さが、未だ地上の垢の落ちぬ未熟さよ」
黄色い舌の男神が苛立たしげに応じた。
「説教など後にしていただこう。今は大事な時だ」
「そう焦るな。急ぎ、警告に来てやったのだ。うぬらのなけなしの誠実な挨拶に応えるために、な」
白い鳥はいっそ嘲笑うように言った。
赤い羽根の男神も羽根を揺らして威嚇する。
白い鳥の姿はあくまで矮小化した御使い。
若くとも神であるならば打ち倒すことは可能だ。
しかしそうして喧嘩を売れば、格上の神が報復がある。
(こちらから手を出して、喧嘩を売られたと言って勝たれては、せっかく得た権利を戦利品として奪われてしまう)
神同士は協調し、地上にて勇逸の神という偶像を天から操っていた。
しかし結託しているわけではない。
信仰という収穫を誰が得るのか、そのことで水面下での争いはいつでも起きるのだ。
挑発に乗らない若い神々に、白い鳥は余裕を持って言葉を告げる。
「その賢さを今一度よくよく使うことだ。それでは忠告をしよう」
もったいぶって白い鳥は一度羽根を広げた。
「亡霊令嬢はお前たちを捕まえに動いている。どう対応するかはお前たち次第」
亡霊令嬢の名に赤い花の女神は顔を顰めた。
(神にも至れぬ俗物の癖に)
そこには神となった自らよりも恐怖と信仰を集める相手への嫉妬がある。
その思いは他の男神も同じ。
だから亡霊令嬢が集める力を奪い取ることに、三柱の誰も反対しなかった。
使わないのなら、有効利用してやる。
賢いやり方を神となった自らが教えてやろうと。
「驕った考えの甘さの責任を取るか、反省して背を向けて逃げるか、好きに選ぶがいい」
白い鳥は諭すように告げた。
「逃げるなど、何をそこまで恐れるのか」
「何を馬鹿なことを。この天の上は不可侵。それともここへ介入するためあの亡者に手を貸す神がいるとでも?」
笑う赤い羽根の男神に危機感はないが、黄色い舌の男神は次は自分だと思うからこそ危惧する。
白い鳥の神が介入していることからも、やり方はあった。
冒険者の神官側についた神が、肩入れする可能性が捨てきれないのだ。
そんな中、赤い花の女神は反応が遅れる。
ちょうど聖女から祈りが届いていた。
(うるさい、こちらは今忙しいの)
目の前の白い鳥は、無視できない格上。
だから目を放していた。
気を逸らしていた。
けれど呼ばれたからには目を向け意識を向ける。
そうすることで聖女と繋がりその思考も読み取れた。
(なんて愚かなことを! あの青い炎を操れるわけがないでしょう!?)
命ないものにしか扱えない代物だ。
命がないということは世界の終りまで地上をさまようしかない咎人。
神がそんなもの触れるだけ穢れ忌まれ、格を落とすだけ。
女神は怒りに感情を昂らせた。
そして聖女は必死の祈りで女神に縋った。
その両者の間には確かに繋がりが生じる。
「そう、そんな名前なのね。…………見つけたわ」
突如天界との境に響く声。
白い鳥さえ全身を毛羽立たせて、声だけで威圧する存在に震えた。
「さて、これで義理は果たした。この身はこれ以上、何をすることはない」
言い訳のように語ると、白い鳥は即座に天界目がけて上昇する。
あまりに早い逃亡に、残された三柱は呆然とした。
そして気づくのが遅れる。
「あら、教会の覗き魔ね。知っていたなら追い払わずに捕まえて聞いておけば良かったわ」
声だけの少女。
それが亡霊令嬢であることは三柱にも知れた。
そして三柱が気づいた時には、雲の上である周囲は氷の粒に囲われ真っ白な壁が出来上がっている。
「なんだこれは!?」
「こんなもの、ぐあ!?」
さすがに赤い羽根の男神も慌て身構える。
その間に、黄色い舌の男神は打ち壊そうと拳を振った。
しかしその拳は氷の粒によって刺し貫かれ、そこから腕を引き抜くことができなくなる。
「さぁ、私がそこへ行くまで面白い踊りを見せてちょうだい」
嘲弄する亡霊令嬢。
氷の粒は少しずつ浸食し、神々がいる空間を狭め始めている。
捕まった黄色い舌の男神は逃げられもせず全身を氷の針で串刺しにされていくが、他の二柱は助けることはせず保身に走った。
しかし、風を吹かせても炎で焙っても氷の粒は消えない。
「この私から何かを奪おうだなんて、身の程知らずども。お前たちは寄る辺なき者の最果ての島にもいかせはしない」
それは神が死を待つ場所であり安寧の地であり、神への死刑宣告だった。
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