52話:茶番の宗教裁判2
裁判を翌日に控えた夜、教会の一室。
アンドリエイラ、ホリー、ウルの三人が小さな明かり一つで就寝しようとしていた。
ウォーラスに戻ってから宿が空かず、ずっと教会に間借りしている。
パーティーメンバーの男性陣は、カーランの屋敷に押しかけていた。
「ウルさんはどうして落ち着いてるんですか。モートンさんが心配になりませんか?」
寝つけない様子のホリーが聞くと、ウルは質素な敷布の上に余裕で寝ころび応じる。
「だって、もうモートンにはサリアンとかカーランが入れ知恵した後だし」
「それに、法廷に入れるのもモートンだけと、付き添いさえ拒否されているものね」
アンドリエイラは質素すぎる寝床で寝る気はなく、人目がないからと椅子にさえ座らず浮いていた。
「だからこそじゃないですか。そんな不当な扱い。それで宗教裁判なんて。モートンさん、本当に大丈夫でしょうか」
ホリーのほうが心配しており、言われてウルも考える。
「そう言われると、大丈夫って言えないのがモートンなんだよね。しっかりしてるようで抜けてるとこあるし。そもそも、けっこう大根役者だし」
「相手に侮らせるのも失敗しそうだったという話よね。顔の圧が強すぎて」
アンドリエイラは笑って宙を漂う。
モートンは話し合いを求めて勇者たちの元へと足を運んだ。
しかし圧が強すぎて、何かあると思われて話し合いに応じられそうになったのだ。
「けっこう勇者が腰低いのが意外だったなぁ」
「神が操りやすい人間だから、そもそも流されやすいのよ」
森を封鎖し多大な迷惑をかける勇者のことを、ウルは自己中心的で尊大だと思っていた。
アンドリエイラからすれば、自身の行動が迷惑よりも善い目的のためであると妄信しているに過ぎない。
そんな話を聞いて、ホリーは溜め息を吐いた。
「まさかそこでウルさんが、谷間を見せつけて勇者の気を引くなんて。聖女と王女の嫉妬を誘うことで乗り切るとは思いませんでした」
パーティーメンバーとして同行したウルは、勇者が話し合いに応じようとするので、モートンの横から胸を見せつけたという。
もちろん年頃の勇者は、目を逸らすどころか凝視。
それに気づいた聖女と王女が、ウルが話し合いに同席するのを拒否したのだ。
そこをモートンが普段の理詰めで、勇者が女性の胸に目を奪われたということさえ正面から指摘して相手に恥をかかせ、怒らせた。
「モートンはパーティーメンバーとして信頼してるとか言うんだけど、それが余計に女の子たちの危機感になっちゃってたんだけど。本人、気づいてないんだよ」
笑うウルは、美人局まがいのことをして男をひっかけて、モートンによく怒られる。
騙し誘う気があるからこそ、聖女や王女が勇者を誘惑することで都合よく使おうとしている、などと誤解したこともしっかり把握していた。
「勇者というよりも、聖女と王女からの当たりが強くなりましたよね」
ホリーも、ごまかしが下手なモートンのフォローのため同行をしたことがある。
その際に、同行する女というだけで睨まれのだ。
完全に目の敵にされたウルは、勇者からも苦手意識を持たれたという。
「ま、どちらかと言えば、あの勇者が女の子に弱そうなのよね。騙されるとかそういう警戒感がなくて。モートンくらい大きいと身構えるけど、女の子相手だと全く」
「確か異界からの勇者や聖女には、警戒心や闘争心がほぼないそうよ。だからこちらでやることは基本的にお遊び感覚なの」
「それはちょっと、使命を持つ者として、どうなんですか?」
ホリーが真面目に不安がる。
魔王という脅威に対抗するため神から使命を与えられた者が、遊びと言われても受け入れがたい。
「けれど自らの尊厳に対してはとても敏感なのだそうよ。軽んじられたり、攻撃された場合は過剰なほどに怯えて排除をすると聞いたわ」
「えー、ヤバい奴じゃん。けど、確かに最初にモートンに突っかかった時は過剰だったもんね。話し合い持ちかける時には、モートンが普通だったから?」
ウルは初対面の余裕のない様子を思い出しながらいう。
「多分、ドラゴン退治を横からとられたという被害者意識ね」
「神から依頼を横取りされたと?」
「それであれはどうなの?」
二人からの不満に、アンドリエイは飽きた様子で身を返した。
「お人形のことなんてどうでもいいわ。それよりウル。あなた、どうやってモートンと出会ったの? 逃げずに付き合っているのは何か面白い理由が?」
「ないない。この後冒険者続けるなら、モートンと組んでるほうがやりやすいだけ」
「そう言えば、美人局を叱られたことから縁がと。どういういきさつで?」
ホリーも勇者への甲斐ない不満を横に置いて聞く。
「そのまま。美人局した相手が泣きついて、モートンがあたし探して説教。めっちゃ怖くて泣いて謝ったら、逆にモートンが衛兵に掴まっちゃってさー、あははは」
「可哀想に」
さすがにアンドリエイも同情の声を漏らす。
その後、衛兵の詰め所にモートンの無実を訴えに行ったのだとか。
さすがにウルも申し訳なく思ったからだ。
「それはそれとして説教はされたし、根性叩き直すって言われたし…………、一緒が一番安全だと思ったからついて回ったらなんか組んでたよ」
「そんな適当な…………。命を預ける間柄だというのに」
ウルも今さら友人として、相棒としてのモートンへの情を語るつもりはない。
生家でははしたないと怒られることも冒険者だからこそできる、それが全く価値観も違うモートンとの一番の共通点であり、一緒にいる理由だった。
根なし草の冒険者に、深い共感や湿っぽい理由づけはいらないと、ウルは思っている。
「けどそれで合ってるのよね。ウルの勘だもの。少なくとも年頃の娘と雑に同室になるサリアンよりもまともだわ」
アンドリエイラがあてこすると、ホリーは視線を逸らす。
「田舎じゃよくあることじゃない? モートンの場合はその辺やっぱり育ちがいいから。男女で一緒に寝るなんて言語道断だし、他人と雑に寝るのなんて野宿の時くらいだね」
「う、確かにサリアンは雑ですけど、お嬢の過剰反応もあるかと」
「ヴァンは兄弟でも、他人の男と一緒なのは? 女としての評判も悪くなってしまうわ」
「うぅ、でもサリアンは兄のような。それにお金も…………。そもそもサリアンの素行を思えば、今さらでは?」
「けどこうして女ばっかでごろごろしてるのもいいでしょー?」
開き直りそうになったホリーを、ウルが揺さぶるように指をさす。
年頃としては、ホリーも男兄弟とは離れたい心境もあり口ごもった。
「そもそもホリーとヴァンのほうはどうなの? どうして性格が悪いとわかってるサリアンと一緒に冒険者をしてるの?」
ウルが話をずらすと、ホリーも乗る。
「前にも言いましたけど、この教会に預けられて。サリアンも同じ境遇でした。ただ、私たちの母とサリアンが知り合いだったから、世話を焼いてもらったんです」
「なんだっけ、病気で命少ないからって預けたってあたしは聞いたな」
「はい、サリアンはそれで探してくれて、でももう…………。それで、自分に教えられる生き方はこれだけだって、冒険者に」
「結局引っ張り回して面倒ごとは容赦なく押しつけるって、美談にならないなぁ」
「そこはもう、サリアンですから。…………それでも一応、命がかかる時には背に庇ってくれるんです」
「あ、わかる。あたしなんてすぐさま見捨てられるんだよ。けど広さからするとモートンのほうが頼りがいあるし、見捨てないって安心感もあるよね」
「うぅ」
否定できないホリーに、ウルも笑う。
アンドリエイラはそんな様子を眺めて一考した。
(本当に、サリアンが実の兄とは知らないのかしら? それとも幼い頃からの慣れで兄のように慕っているだけ?)
考えるのは、面白い展開を期待してのこと。
(知ってて黙ってるでも面白そうよね、サリアンの反応が。いっそ知らないなら、気づくように誘導するのも楽しそう。ヴァンは…………気づいてくれなさそうだわ)
どうすれば人間の面白い様子を見られるか、アンドリエイラはにやにやと考える。
そんなアンドリエイラにホリーは眉をしかめた。
「なんですか? また神がどうとか?」
「いいえ、私は神になんて興味ないもの」
「関わって来ないなら別にねー」
ウルも興味なし。
そんな二人にホリーも溜め息を吐く。
「そういうお嬢は、どうだったんですか? 人間の時はさすがに信仰を持っていたでしょう?」
「お嬢はお嬢でしょ。別の世界の話って感じぃ。信仰も今と違うとか言いそう」
ウルに水を向けられてアンドリエイラは、遠い生者であった時の記憶を手繰る。
「さぁ? どうかしら。品行方正だったような、希代の悪女だったような」
それと同時にアンドリエイラは誤魔化した。
実際、品行方正に努めたが、最期は王家をだました悪女として見捨てられたのだ。
(今さらどうでもいいことだわ。神がいてもいなくても、私に手を差し伸べてはくれなかった。今さら頼るつもりもないし、関わって来るなら叩き返すだけね)
今のアンドリエイラは神を軽んじると同時に、何より人間を辞めた自覚がある。
(その上でようやく人というものを楽しめるようになったのだもの。人形のように言われたとおり、望まれたとおりに過ごすだけの短い人生よりも、ずっと今のほうが人らしいかもしれないわね)
アンデッドになってからのほうが人間性を実感した。
そんなおかしな考えに、アンドリエイラは自嘲を浮かべる。
「さ、もう生きた人間たちは寝なさいな。夜は生者の時間ではないわ。そうね、明日の朝にはパンを作って持ってきてあげる」
冗談めかして言えば、素直に喜び、ウルとホリーは寝床へと潜り込んでいったのだった。
定期更新
次回:茶番の宗教裁判3




