50話:四天王の誤算5
村の教会に戻ったサリアンは、真剣な顔をして言った。
「お前ら、聞け」
ただそういうサリアンは顔色が悪く、全員に森での出来事を話すことで、他も魔王に狙われているというとんでもない状況を共有する。
途端にウルが目を瞠り、ヴァンは状況の悪さへの浅い理解を口にした。
「え、魔人もう一人いて、倒しちゃったの?」
「それってつまり魔王と敵対するってことにならない?」
「完全に敵対行為だ。しかも四天王を自称したなら報復もあり得る」
話を聞いたモートンも、サリアン同様に顔色が悪くなる。
「えーと、もしかしてウォーラス自体が魔王に目をつけられてる?」
「迷惑千万。勇者はなんでここに来たんだ。帰って国で魔王と争え」
「あの、燃やしたほうはお嬢を襲った魔人の部下ということはないでしょうか?」
引き攣った笑いを浮かべるルイスに、カーランは憎々しげに吐き捨てる。
それらを無視して、ホリーは希望的観測を含んだ問いをアンドリエイラに向けた。
「いえ、強さは同じくらいのようだから、同じ四天王ではないかしら?」
全員に視線を向けられて、サリアンは手を上げ横に振る。
「それは知らん」
四天王が一人か二人、どちらにしてもすでに死亡している。
軍の上層が二人も殺されたとなれば、さらに上は権威を保持するためにも動かなければいけない。
森に行ったサリアンは残党狩りも知っているため、猿の魔人の配下諸共皆殺しにされていることもわかっていた。
燃やされたほうの全滅はこの場の全員が見ているので、どう考えても状況は好転しない
「おい、お嬢。どうするんだ」
カーランが巻き込むなと言わんばかりに、アンドリエイラへ問う。
「どうするも何もないわよ」
「つまり、森の主としては引き続き魔王と勇者の争いには不参加?」
ルイスが明言を求めても、アンドリエイラは片手で持つには大きな瓶を眺めながら気のない返事。
「いいえ、そこははっきり庭を荒らされたんだもの。放ってはおかないわ」
「じゃあ、勇者と協力して魔王退治?」
人間の側からの考えを口にするヴァンに、アンドリエイラは呆れてみせた。
「あんなのいても邪魔よ。それに私を攻撃するよう仕向けたのは神のほうだし、やるなら魔王と一緒に潰すわ」
「ま、まさか…………神を攻撃するつもりなの?」
「だって、いらないでしょう? こんなに森に近い村があるのにドラゴンを仕込む、魔王軍を呼び寄せる。害じゃない」
聞いたウルも、アンドリエイラの言葉に、否定できず黙る。
信心深い者がいない教会内は、恐れ多いという気持ちよりも、神を攻撃して不利益を被らないかを心配していた。
比較的常識的だが、やはり同じ穴の狢のホリーは、確実性を求める。
「ですが、神をどうこうなんてできるんですか?」
「そうだよ。魔王は何処かに城建てて支配者をしてる。でも神は天の上だ」
ルイスも、地上から天上に干渉しえないという。
「神は確かに別次元にいるわ。だからこそ、地上に干渉する場合は低位の次元に近い場所まで降りてきてるのよ。そしてそこから勇者を操るの」
「だとしても、そんな無茶な。いや、放っておかないとは何をする気だ?」
モートンが諫めるように言うと、カーランは鼻を鳴らした。
「どう考えても暴力的な対処だろ。できるならやればいいが、それでこっちに被害はごめんこうむる」
「神が死んだら今の宗教だとどうなるのかしら」
死を前提に問うアンドリエイラに、言ったカーラン自身が息を詰める。
聞きはしたが、殺せることを簡単に肯定されれば、人間の常識の上では受け入れられない。
神を殺すことなど不可能だというのに、それを当たり前に肯定するアンドリエイラは、あまりに違う生き物であると改めて突きつけられた心地になる。
アンデッドが、形だけ似ている魔物だとありありと見せつけられた。
引きぎみの様子にアンドリエイラは、もっと過酷な事実を突きつける。
「でも、ここでどうにかしないと神はつじつま合わせにいくらでも人間を浪費するわ」
「つじつま合わせ?」
嫌そうにサリアンが確認すると、アンドリエイラは細い指を振って見せた。
「だって、勇者は人を救い、魔王は人を害する。その関係性を維持するには、今のところ救うと言えるに足る被害が足りないもの」
「確かに、その点も勇者に今人望がない理由だけど、そんな…………」
ルイスは言いながら教会の神像を見上げ、そこにふと、何かを感じる。
ルイスが目を凝らすようにした途端、アンドリエイラは笑った。
「あぁ、ようやく気付いた? 見ているのがいるわよ。ずっと、私がここにいることもわかっていて、今やらかしている神に何も言わずにいる悪戯者が」
「うん!? それはもしや神の招来!?」
モートンが慌てる。
しかしアンドリエイラもルイスも、逃げるように神像から何かが消えるのを感じた。
それは神が宿ると言う奇跡の終わり。
同時に、覗き見をしていた神の一人が完全に手を引いた証でもあった。
「何がどうなってるんだい? 神さまがいるって?」
わかっていないヴァンに、アンドリエイラは瓶に頬杖を突いて応じた。
「たぶん今回の魔王との争いに関わる権利を勝ち取れなかった誰かね。自分よりもいい目を見ようと言う神の手助けなんて考えていないんでしょう」
「なんというか、お嬢が語る神はあまりにも俗なような?」
不遜すぎると困るホリーに、ウルは首を傾げる。
「そうでもないでしょ。あたしたち人間をつじつま合わせで不幸にしようって言うんだから。まるで家畜の頭数管理みたい。元から俗じゃん」
アンドリエイラから神が人間を家畜程度に見ていると聞いた者は、揃って無言になった。
アンドリエイラはその様子にあえて愛想笑いを向ける。
「ねぇ、冒険者さん。あなたたちはどうしたいのかしら? 私は神も魔王も喧嘩を売られたからには買うわ。それで言えば、今のところ魔王は四天王二人を削られて痛手を受けてる」
語りつつ、猿の四天王を思い浮かべるアンドリエイラ。
(たぶん二百年前に封印って、あの魔王よね。散々に力を削って封印したのに、復活してまた神と争うだけの力を溜めたなんて、真面目ねぇ)
アンドリエイラは四天王の発言から既知の魔王であるとわかっており、そちらは危険視していない。
すでに一度下した相手であり、対処は簡単だ。
真面目にやっても急いで高めた力が二百年前よりも多いことはないため、いつでも倒せると思っている。
(それは向こうもわかってるから、勇者に私を押し込めさせようとした。けど失敗。だったらこれ以上戦力を削がれた状態で喧嘩を売って来るとは思えない)
人間を害する魔王というイメージで怯え、とかく攻撃的だと勘違いをする。
しかしアンドリエイラは魔王と戦ったことがあるからこそ、ここでプライドに駆られて無茶な侵攻はしないと読んだ。
「問題は、名もわからない神の側なのよね」
アンドリエイラはそう言って、モートンに笑顔を向けた。
モートンは厳めしい顔をさらに警戒で険しくする。
「だから、神をあぶりだすためにも、その正体を知ってるだろう勇者から聞き出してほしいのよ」
「まさか、宗教裁判を使って?」
「そうさせないように、まずは話し合いの場を設けるんじゃない? そこで上手く、ね」
モートンに指示を出すアンドリエイラだが、そもそもそれを言い出したのはサリアンだ。
だがサリアンは自分が言うよりも効くはずだと言って、アンドリエイラに役割を回していた。
「モートンって真っ直ぐすぎるから、そんなうまく行くかな?」
「怒らせることならできるだろうね。あの料理人みたいに」
ウルがそもそも不安が残ると言えば、ヴァンが笑い、カーランが肩を竦める。
「だったら簡単だ。あとは向こうから喋らせる言葉選びを用意すればいい」
「モートンなら仕込めば覚えるんだから、いいんじゃないの?」
「あの、止めないんですか?」
ルイスまで乗るのをホリーが不安そうに聞く。
「さて、どうやら我が教会を見守ってくださる方は別らしいからね」
「ま、こっちにも害があるって言うならどうにかしてもらったほうがいいだろ」
サリアンも他人ごとを装うが、実のところは巻き込みたいのが本心だ。
神も勇者もどうでもいいが、森を封鎖されている状況は早く解消したい。
すでに目の前にはアンドリエイラの畑という稼ぎ場があり、神鹿という援助がいるのだから。
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