49話:四天王の誤算4
「魔王の四天王? あの虫と猿の魔人が?」
狩猟館の玄関にある階段に座り込んだサリアンは、アンドリエイラに聞き返した。
すでに結界は張り直され、館周辺は静けさに包まれている。
ただがれきと化した修復途中の館はそのままで、村の幽霊屋敷よりもさらに荒れた危うげな雰囲気を醸し出していた。
「えぇ、猿のほうがそう言っていたわ」
「…………それって死んだあの魔人の幽霊ってことか?」
サリアンは庭に残る血だまりを見つつ確認する。
名乗る途中で殺された猿に羽根の生えたような魔人は、殺された後アンドリエイラの命令で心臓を自ら差し出した。
その心臓は今、バケツに無造作に放り込まれている。
さらに本体はいらないものとして結界の外へと出たため、すでにいなかった。
「魔王の四天王っていったら、物語でも勇者を苦しめる代名詞なのに」
サリアンは、何処にでもいそうな姿をした黒猫に引き裂かれる姿を見ている。
その前には遠目に虫型の魔人が燃え尽きる姿も見た。
なんにしても物語で聞くような脅威など微塵も感じる暇のない退場だ。
「で、その結界破ったっぽい杭と槌はなんだ?」
「結界破りの道具ね。神から与えられたらしいわ」
アンドリエイラの手には大きすぎる杭と槌。
重くて持ち上がりそうにもないが、アンドリエイラは苦もなく両方を手にしていた。
「どうもこれで私の結界にほころび作ったそうよ。それで、自然に穴が開くようにしていて、そこから勇者が侵入する算段だったみたい。たぶん神鹿の縄張りも同じことされて、穴が開いてるんじゃないかしら」
「ちょっと待て。結界に穴って、確か俺がここに入ったのも…………」
「えぇ、結界に穴があって、そこをすり抜けて来たわね」
「神や魔王のせいかよ!?」
知らず巻き込まれていたことに、サリアンは怒りの声を上げる。
アンドリエイラは今さら驚かず、悔しがるサリアンの姿を笑う。
血筋が厄介ごとを引き寄せるのだから、神や魔王が関わっているほうが納得も行くというのがアンドリエイラの心情だ。
ただそれはそれでサリアンの怒りはどうでもいい。
「ところで、これこのままだと駄目よね?」
アンドリエイラは足元のバケツを指して聞く。
サリアンも見下ろし、粘性を持つ赤い中身に眉をしかめた。
「心臓と血に満ちたバケツ買い取ってくれる奴がいないことは確かだな」
「カーランは?」
「叫ぶ未来しか見えねぇよ」
魔人の心臓が運よく素材として有用だったとしても、見た目が悪すぎる。
「せめてもう少し見れるようにしたらどうだ?」
「どうやって?」
「バケツより瓶に詰めるとか。後、このままだと痛むだろ」
「なるほど?」
応じたアンドリエイラは室内へと入って行った。
そして心臓が入りそうな瓶を持ってきてサリアンへと突き出す。
「入れて」
「いやだ」
「なんでよ」
「触りたくねぇ」
「私もよ」
「おい」
短く言い合い、睨み合う。
ただ圧倒的に不利なサリアンのほうが先に目を逸らすと、別の案を出した。
「持ち主にやらせるか?」
「内臓出てるし、もう歩かせたくないわ」
「あー、だったらヘラとかスプーンで直接触らないよう移すとか」
「食事に使うものは使いたくないわ」
「我儘だな」
呆れるサリアンに、アンドリエイラは突きつけるように指差した。
「よし、命令しましょう。あなたは私の許しがあってここを離れられるだけで」
「やめろ! あれだ、いっそ全部凍らせて固めてからシャベルでも使え!」
「悪くないわね。それに痛むのもそれなら抑えられそうだし」
アンドリエイラは早速血に満ちたバケツに手を翳す。
凍っていてもあまり見た目が良くない光景に、サリアンは顔を背けた。
同時に、屋敷の境から動物たちが現れる。
「おい、鹿が増えてるぞ。なんか神々しい感じの」
「たぶん神鹿ね」
アンドリエイラはバケツの中身を凍らせて、シャベルでザクザクと剥がしにかかっていて返事は雑。
「今度は何をしてるんだ、お前は」
黒猫のゲイルが、血なまぐさいバケツに牙をむいた。
アンドリエイラはサリアンとの会話を振り返って説明する。
その間に神鹿の角に止まった白鴉のラーズが、サリアンに声をかけた。
「あ、なんだ。神鹿に会いたかったんじゃないのか? 驚きがねぇな」
「ねぇよ。もうお嬢が気軽に話すし。お前らと並んでちゃ、どっちがヤバい奴か見てわかるし」
「うむ、愚かな割に聡いな人間」
神鹿は重々しい声で、サリアンの言葉を肯定した。
どう考えても罵られたサリアンは、神鹿に指を突きつける。
「よぉし、作戦立案任せるってお嬢をうなずかせて、その角狩るぞ」
「うむ、愚か。その上でやはり聡い。それだから、主も面白がるのだろう。自業自得である」
静かに、その上で的確にサリアンの状況を指摘する神鹿。
見透かされるような嫌な感覚に、サリアンが本気で角を狩る方法を考え始めると、神鹿は淡々と続ける。
「うむ、我が身を害すのであれば覚悟せよ。そなたが手を伸ばす草花は全て枯れることになるだろう」
「げぇ、そういう呪いかよ?」
「この森限定だけどな」
大きく口を歪めるサリアンに、ラーズが気軽に教える。
ただウォーラスを拠点にしているサリアンからすれば大問題だ。
勇者をどうにかしたところで、森に入っても食い扶持を得る確率が大きく下がる。
そこにアンドリエイラの声が上がった。
「あ、瓶詰にできた!」
「まったく、変にいじるな。余計に痛む」
アンドリエイラは白く冷気を発する瓶を掲げて喜び、ゲイルは呆れつつその様子を見ている。
瓶の中には赤くぬめる塊が、白く霜の張ったガラスの向こうに見えた。
「何したんだよ?」
「そのもの凍らせるなど痛むだけだ。瓶自体を氷のように冷やすよう魔法を刻ませた。心臓は俺が掴んで入れた」
ゲイルは猫の前足を振りながらサリアンに答えた。
瓶詰を作ったアンドリエイラは、ようやく神鹿に顔を向ける。
「それで、あなたは何をしに来たの? 勇者が狙っているそうだから、縄張りに引きこもっておいたほうがいいわよ」
「うむ、聞いた。迷惑である」
心底嫌そうな声で応じる神鹿は、表情も嫌悪が滲んでいるかもしれないが、サリアンにはわからない。
「人の側で諍いを起こし、この身に執着することも聞いた。故に、手を貸そう。この地の信仰が神と魔王に狙われている今、やるならば両者に対処すべきだ」
「そうね、片方追い払っても諦めないでしょうし。というか、魔王のほうは二百年前に私が封印に手を貸した相手だし、復活したからにはリベンジ狙うかも」
「おいおい」
アンドリエイラにも狙われる理由があると聞いて、サリアンは身を引く。
神鹿はそんなサリアンに鼻面を向けて言った。
「ただし、条件もある。愚かで聡い者よ。主に任せては周辺が消失する。そなたが計画せよ」
「俺を巻き込むな!」
「では手は貸さぬ。我が縄張りのみを守ることに専念しよう。ただ周辺が巻き込まれれば、人間が生活の糧に使う主の畑も機能しなくなろう」
ダンジョンのことを出され、サリアンは口を閉じる。
(足元見やがって!)
しかし適格な脅しと条件であり、サリアンが抵抗する理由は旨味の問題だ。
ただ神鹿の協力という対価があることはわかっている。
サリアンは、今以上の条件を引き出すのは無理だと悟り、アンドリエイラに向き直った。
「両方相手取るなんて無理だ! ともかくどちらか先に黙らせる。お嬢からすればどちらが御しやすい?」
「勇者よ。神は降りてこないから、操り人形の勇者を潰せば地上に干渉できなくなるわ」
言われてサリアンは指を鳴らす。
「よし、宗教裁判利用するぞ。まずは勇者を社会的に潰す」
「うむ、判断が早い」
神鹿はサリアンを巻き込んだ自身の判断を自画自賛するように言ったのだった。
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