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48話:四天王の誤算3

 ダンジョンと人が呼ぶのは、そうした性質の魔物。

 その腹の中のことだった。


「だから死体は消えるし、取ったものも次には補給されるんだ」

「食えば消化したり、切っても爪が生えるようなもんだな」


 黒猫のゲイルと白鴉のラーズも、当たり前にダンジョンの正体を語る。


 知らされる真実に、サリアンはがっくりと項垂れた。

 アンドリエイラは無闇に衝撃を受ける姿を笑い、指を振って指摘する。


「どうせやること変わらないでしょ」

「確かに、ダンジョンが魔物だと知っても、今さら潜ることはやめられない」


 ただ魔物の腹の中で、餌となりに行くような行動だと言われれば、抵抗はある。

 極論を言えば、人間の害となる魔物という存在を育てるような行動だ。

 さらにはその裏に、もっと強い魔物が糸を引いているとなれば、危機感はいや増した。


 サリアンは窺うように、アンドリエイラを見て聞く。


「…………畑で出入りしてるなら、お嬢もダンジョンに? だが見たこともなければ噂もなかっただろ」

「だって、入ってる場所が違うもの。あなたたち、たぶん地下深くに潜ってるんじゃない?」

「あぁ、ダンジョンは入り口から下に向かうな」

「そこ、ダンジョンが私が与える以上の餌が欲しくて開けた入り口なの。本来の畑としての場所はもっと上。木も生やしてるから、上から見てもただの森の一部にしか見えないはずよ」


 アンドリエイラが誇らしげに胸を張る。

 森の中に引きこもっていながら、お高い材料で料理をしていたのは、ダンジョンと呼ばれる畑を持っていたから。

 しかもダンジョンという土地の側が、作物に合わせられる力がある魔物という。


「そうそう、あなたたちが驚いていたバニラ、あれもダンジョンにあるのよ?」

「え!? 胡椒やなんかはあるが、バニラは未発見だ!」


 わかりやすく食いつくサリアンに、アンドリエイラは楽しめるネタを見つけて上機嫌だ。


「どうしようかしら、教えてもいいけれど…………」


 そう言って、アンドリエイラはくるりと背を向けた。

 その瞬間、上空で激しい衝突音が響く。


「え、何してんだお嬢?」

「私じゃないわ。誰かが結界に攻撃をしているのよ」


 サリアンに疑われたアンドリエイラは、上を見て眉を寄せた。

 その間も衝突音は続くものの、何者かの姿は見えない。

 結界が内外を完全に隔てているからこその弊害だ。


 まるで弱い所を探すように衝突音は移動し、殴るような切りつけるような不穏な音が断続的に響いた。


「ゲイル、今までこんな乱暴なお客はいたのかしら?」

「勇者が腹を立てて適当に剣を振ってたな」


 黒猫の答えにサリアンは首を横に振る。


「いや、勇者は空飛ばねぇだろ、さすがに」

「神の加護があれば飛べると言えば飛べるが」


 白鴉のラーズの答えに、サリアンもアンドリエイラも腹を立てた勇者の可能性を考え無言になる。

 ただ考えても答えはなく、サリアンは懸念事項を口にした。


「さ、さすがに勇者でもお嬢の結界どうにかできるわけ、ないよな?」

「それはまぁ。けれど加護とは別に結界破りの道具を持たされてるとさすがに無理ね」


 結界は名のとおり結んだ術の中と外で界を隔てる術だ。

 その結びを破られれば結界として機能しない。

 そしてどんな攻撃力を持たない道具でも、結び目を破るという力だけを注がれて作られていれば、格上の結界でも壊すことは可能だった。


 白鴉のラーズは羽根を広げて言う。


「一度出て、様子見てくるか」

「せっかく修理してるのに壊されても困るわね。出ましょう」


 ラーズに続くことを決めたアンドリエイラに、サリアンはきっぱりと宣言する。


「俺は逃げるぞ」

「だったら下手にうろつくよりもここにいろ」


 黒猫のゲイルが邪魔と言わんばかりに、結界の中に引きこもるよう言った。


 そしてその言葉を言い終えるのと同時に、激しい破壊音が立つ。

 ガラスが割れるような甲高い音を追うように、結界の上部から落下物があった。

 着地点では激しい倒壊音と共に、積まれていた建材がただのがれきへと変わる。


「へ、なんだ。やっぱりこれ使えば結界なんてないようなもんじゃねぇか」


 修復途中の館の一部は半壊。

 元から足場などの壊れやすいものが多かったこともある。

 そんながれきと化した物の中から、のっそりと立ち上がる影があった。


 手には巨大な楔と、その楔を打ちつけるためだろう巨大な槌。

 がれきから立ち上がったのは猿に似た姿に蝙蝠の羽根を持つ魔人だ。


「しかも、本当に無傷でいやがる」


 猿の魔人は、無表情に眺めるアンドリエイラに舌打ちをした。


「引きこもってるなら放っておけなんて、魔王も随分丸くなったもんだ! 二百年前に痛手を受けてよっぽど肝が小さくなったんだろうよ! そんな情けない王を、戴く理由もないもんだよなぁ!?」


 魔人は荒々しく吠えると、アンドリエイラに向けて一歩踏み出す。


「魔王も生き残りの爺の四天王も、揃いも揃って同じこと言いやがって! 何が不可侵だ! 何が触れてはならないだ! そんな軟弱なことでこの先神との戦いに勝てるかよ!」


 威嚇するように槌と杭を打ち合わせて激しい金属音を立てる魔人。


「亡霊令嬢の首を持って! 俺が魔王に成り代わり! この戦いの勝者として四天王にその人ありとこの俺が名を刻ぁ…………!?」


 牙を剥いて吠え立てていた猿の魔人は、口を右から左へ斜めに切り裂かれる。

 それと同時に胸と腹も切り裂かれており、二度とその言葉の先を聞くことはなくなった。


 上半身が三つにわかれた魔人は、その場に落下。

 水分の多い音を立てて崩れ落ちた。


「…………ちょっと、庭が汚れてしまったじゃない、ゲイル」

「あーあ、ゲイルが自腹切って直してたのに、台無しにしたから怒ったじゃねぇか」


 腰に手を当てたアンドリエイラは、庭の汚れに対して文句を言う。

 ラーズはもう聞こえない魔王の四天王らしき魔人に呆れた目を向けた。


 黒猫のゲイルは無言で、背中の毛を逆立てている。

 サリアンも問答無用さに呆れ驚いていた。

 だが喋らないのは、ゲイルは未だに怒りで、その周囲の空気が揺らぐほど力がみなぎっているからだ。

 サリアンは余計なことは言わないが、誤算が過ぎる四天王の暴挙に文句を言いたい気分だった。


(っていうか、勇者も何もいらないだろ。もうこいつらだけで魔王殺せるんじゃないか?)


 そう思うも、魔王の四天王を一撃で殺せる猫など声をかけたくもない。


「あ、ねぇ、サリアン。もしかして魔人の内臓も売れたりはしない?」

「…………えぇ? 俺は商人じゃねぇし、魔人売り買いするようなヤバい販路なんて知らねぇよ」


 黒猫の怒りなど気にしていないアンドリエイラに声をかけられ、サリアンは声を潜めて応じた。


 ただ、黒猫の耳がサリアンに向かう。


「…………せめてこいつもインクにするか」

「どうやっても金にすること考えるのかよ」


 怒っていたゲイルの商売っ気に、ラーズは遠慮なく呆れ内心を口にした。


「こんな損害だされて、殺すだけでは飽き足らん。こいつの部下がいるならそいつらも干物にして薬として売ってやる」


 ゲイルは落ち着いたわけではなく、より怒りを深くしている。

 アンドリエイラは止められないと見て、鬱憤晴らしを押した。


「森の北に向かう猿たちがいるわね。ラーズが上から見れば移動してる姿は見えるんじゃないかしら。下を走るのもいるけど、木々を渡るのもいるから梢が動いてるはずよ」

「よし、乗せろ。行け」

「だったらどっちが多く猿狩れるか競争しようぜー」


 アンドリエイラの言葉に、ゲイルはすぐさま白鴉の背に飛び乗る。

 ラーズも止められないため、いっそ競争して遊ぼうと持ち掛けた。


 恐ろしいことを言う黒猫と白鴉は揃って飛び去る。

 見送るサリアンの横で、アンドリエイラは猿の四天王の死体に指を向けた。


「いつまで私の館を汚しているつもり? 立って外へお行きなさい」

「あ、そうか。ここで死ぬとお嬢の配下になるのか」

「すぐに切るわ。いえ、心臓をおよこし。ドラゴンのように売れるかもしれないもの」


 死んだ目で切断された体を無理やり手で押さえつけて立ち上がる魔人。

 内臓と血が溢れるのも気にせず、アンドリエイラの命令で、自らの胸の切断面に腕を入れてまさぐり始める。

 あまりに正視に堪えない様子に、サリアンは完全に背を向けることを選んだのだった。


定期更新

次回:四天王の誤算4

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