42話:当ての外れた勇者2
ホーリンの街を後にして、帰途の二日は同じ。
今度は襲われることもなく済んだが、ゆっくりする理由もないので同じ行程で帰る。
「あら、お金狙いの人でも来るかと思ったのに。いないのね」
「なんでちょっと残念そうなの、お嬢?」
つまらなさそうに呟いたアンドリエイラに、ウルが手を振って突っ込む。
もうウォーラスが見える距離にきて、サリアンはカーランに聞いた。
「いらん奴らは掃除済みか?」
「そんな面倒なことするか。なんのために護衛雇ってるんだ」
「ってことは、最初に襲った相手が騒いだのかな?」
ヴァンが言うのは初日の強盗。
放置した相手はすでに訴え済み。
ギルドに捕縛して放置したことも知らせているので、生きていれば回収されているはず。
その上で、捕まった者たちからカーランの隊を襲うと面倒とでも噂が流れれば、帰路での平穏の理由もわかる。
ただそれにはモートンが異論を上げた。
「いや、ホーリンですれ違った相手のせいだろう」
「勇者ですか。確かにそんな方がいると静かにもなるでしょうね」
ホリーも納得するのは勇者と一緒に、他国の王女までいたため。
田舎の町でそんな者がいる時に犯罪をするなど、逆に目をつけられるのを嫌がって賊も生き残りのために自粛する。
「さ、どんな騒ぎになってるかしら?」
「騒ぎを期待するな、全く」
面白がるアンドリエイラに、サリアンは釘を刺すが聞いていない。
向かう先にはもうウォーラスの村が見えていた。
ただ教会前に続く道に入って、ほどなく異変に気付く。
穏やかな田舎の雰囲気が変わっていたのだ。
「なんか、雰囲気が悪い? っていうか冒険者みたいなのがぶらついてる」
「緊張感がある気がするなぁ。森からの帰りで村のほうにいるわけもないだろうし」
ヴァンとウルが見慣れたはずの周辺を見回す。
モートンも市が立つ、村のメインストリートに入って異変を口にした。
「朝の時間なのに村の人間がほとんどいないな。冒険者ばかりだ」
「何かあったのでは? ともかく、教会へ行ってみましょう」
心配して先を急ぐホリーに、カーランが待ったをかける。
「俺は一度新町の店のほうに顔出しだ。後で教会には行く」
商人としてもあるが、情報収集のため。
聞いていたサリアンは、『清心』に指を差す。
「モートン、ウル。ついていけ。で、ついでにギルドに依頼完了の報告と情報」
「面白そうね。私もそっちに…………」
「お嬢はこっちです」
「おとなしくしてよ」
ホリーとヴァンに抑えられてる内に、『清心』とカーランは新町へ。
アンドリエイラはサリアンたち冒険者『星尽夜』と一緒に教会へ向かう。
教会はよほどでない限り閉じないため、正面から。
教会の敷地から、聖堂へ入れば無人。
ただすぐに、教会を守る結界を張るルイスがアンデッドの気配を察してやって来た。
「無事に帰ったね。運がいいのか悪いのか」
「おい、勇者が来たか?」
「知ってるのか。あぁ、そのとおりだよ」
挨拶もないサリアンに、ルイスは肩を竦めて見せる。
ホリーはルイスへ簡単に説明した。
「ホーリンですれ違ったんです。ドラゴン退治らしいと。ですが」
「そう、ドラゴンはすでに倒された後で空振りだったよ」
あくまで想像だった勇者の空振りを、ルイスが肯定する。
隣国の勇者はドラゴンを倒すためにウォーラスへ来たが、なんの成果もあげられなかったと。
「あら、ホーリンにいる間に勇者が戻ったとも聞かなかったけれど」
すでにドラゴンのいない田舎に滞在する理由もわからないアンドリエイラに、ルイスは苦笑いを浮かべた。
「もちろん、まだ領主館にご滞在中だ」
「えー、なんで? ドラゴンいないのに」
素直に予想どおりの返答をするヴァンに、ルイスは指を差して言った。
「まだ、いるんだと」
聞いたサリアンたちは、揃って視線を一つ方向へ。
見る先には他人ごとの顔をしていたアンドリエイラ。
見られ、ルイスに改めて手を向けられたことで笑みを浮かべる。
「あら、ドラゴンではなく私? 神に何を耳打ちされたのかしら」
「神? つまり、一緒にいる聖女が何かカギを握ってるのかな?」
先を促すルイスにアンドリエイラは顎に指をあてた。
「勇者を加護する者のことだけれど、まぁ、同じよね」
笑っていたアンドリエイラは一度口を閉じると、表情を消す。
「私を倒させようとは愚かな」
声に感情はない。
敵意への怒りも、侮りへの憎しみも。
ただ冷え切った殺意だけが宿っていた。
一瞬にしてただ人間を殺すだけのアンデッドの本性を露わにしたアンドリエイラに、サリアンが言葉を絞り出す。
「ま…………待て。待ってくれ。勇者を殺すのは問題がある」
サリアンも別に勇者なんてどうでもいい。
ただ問題は今自分たちが拠点を置き、育ったウォーラスが舞台であることだ。
もしアンドリエイラが本気を出せばどうなるか。
死をもたらす炎は言うまでもなく、ドラゴンを倒した氷や冷気でも生き残るのは無理だ。
ウォーラスは壊滅する。
「そうだ、せっかく家の改修請け負う業者もいる。ここで被害があっては困るんじゃない?」
「あら、そうなの? では勇者を叩いては怖がってしまうかもしれないわね。あれでも人間の中では強い部類でしょうし」
ルイスも遅れてアンドリエイラに再考を促す。
その言葉にアンドリエイラはころっと意見を変えた。
(せっかく家具を見繕ったし。それにオーブンも思い切り使いたいわ。森の屋敷には竈があるから、置くならこの村のあの屋敷がぴったりなのよね)
神や勇者という話から、アンドリエイラの思考は俗っぽく平和なものへと変わる。
アンドリエイラにとってはそんな程度の話なのだ。
だが社会に生きる人間たちには大問題。
権力者と確実につながる、領主館住まい、何より村の様子の異変の原因という影響力がある。
勇者が起因であることは、帰ったばかりのサリアンでもわかった。
「外、冒険者たちが不機嫌に歩いてた。ただ勇者がから振っただけじゃないんだろ?」
「そうそう、それ。ドラゴンいなくてももっと危ない魔物がいるからって、勇者とその仲間以外森への立ち入り禁止にされちゃってさ」
「「えー!?」」
ルイスの答えに、ヴァンとホリーが声を揃える。
「あ、だから冒険者たちが真昼間から暇そうなのか。けどそんな横暴なことするなんて!」
「そうです! それはギルドが許すわけがないです! 対応はどうなっていますか?」
「ところが、そもそも壁は領主の持ち物だ。領主代理には通行禁止にする権限がある。そして森は領主の統治と保守のために立ち入り禁止が発された。領主の権能の内で政治の問題にされてる。逆に地方のギルドが簡単に手を出せない」
ギルドも対応を試みることは予想ができる。
時間がたてば、もっと権能の強い大手のギルドを頼る形で地元ギルドが動くことも予想された。
だから、この地ですぐに動ける領主代理が先に動いたのだ。
ギルドは後手に回ってしまい、現場の冒険者は対処待ちの今、あぶれている。
日の稼ぎでその日暮らし。
そんな生活のため一日、二日森に入れないだけでも苦境に陥る。
村の緊張感は生活の苦しさ、余裕のなさの表れだ。
ウォーラスに産業はなく、数日を賄う仕事もないのだから。
「おい、森に入れなくなって何日だ?」
「五日経ったな」
サリアンにルイスが放り捨てるように答える。
聞いた冒険者たちは苦い顔だ。
明日は我が身だからこそ、今以上に森に入れるようになる見込みがないことがより危機感をあおる。
「面倒ね、やっぱり叩き潰す?」
アンドリエイラの過激な言葉に、今度は止める声もなかった。
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