40話:ホーリン観光5
完敗の料理人だが、知る者からすれば嫌な状況だ。
(卑怯くせぇ)
サリアンがそう思うのは、そもそも経験の差が、生きた時間の差である点。
かけられる時間も違うのだから、アンドリエイラよりも真面目に向き合っただろう料理人に不利すぎる。
アンドリエイラもその辺りはわかっていてフォローを口にした。
「私の作ったビーフシチューが美味しくなったのは、デミグラスソースありきよ。何よりあなたが選んで、ここに置いた素材ありき」
そう言われて、料理人は顔を上げる。
「精進なさい、まだ先はありましてよ。またこの街に来ることもあるでしょうから、次に来た時にはこれよりももっといいものを期待しています」
「は…………ははぁ!」
完全にマウントを取ってご満悦のアンドリエイラ。
その上でデミグラスソースと食材を用意できたからと期待を持たせたうえで、もっといいものを作れと圧をかけた。
ひとえに自分が美味しいものを食べたいからこそだ。
そんな思惑など知らず、料理人はアンドリエイラを尊敬のまなざしを送る。
「おい、お嬢。お前は詐欺師でもしてたのか?」
「まぁ、なんてことを言うのかしら。食べたのだからちゃんと美味しいことはわかっているでしょう。何が詐欺だというの?」
ちゃっかりサリアンも、アンドリエイラが作ったシチューは食べた。
「なんで食材も薪代も何も払わずに尊敬されることになってんだよ」
「あ、そういえば最初はモートンが怒らせたんだったね」
大きな肉のシチューを食べて上機嫌なヴァンは、最初から何も考えてはいない。
満足げだったホリーは、雰囲気に流されていたことに気づいて釘を刺す。
「さすがにあの鉄のオーブンは高すぎますからね」
「そうなの? とても良いものだと思ったのに。どうにかできないかしら?」
「最新でお高いんだよ。そういうのは得てしてムダ金になる」
サリアンが知ったように言うが、アンドリエイラも引かない。
「あら、それは払った金額分活用しなかった場合でしょう。私なら暇な夜の間にシチュー煮込むくらいするわよ」
「そうか、お嬢は寝る必要もないから。だったら、必要じゃないか」
舌なめずりで後押しするヴァンを、ホリーは雑に押しやる。
「お嬢と住むのは私。ヴァンは別。ご飯食べにくるようなことになったら飲食代もらうから」
「う…………」
血をわけた兄弟だからこそ、魂胆を読んでいる。
サリアンもヴァンが余計なことを言うのを止めた。
「どっちにしても、家具まで買ってあのオーブンは手が回らないだろ。諦めろ」
アンドリエイラが不満げに口を開こうとすると、モートンとウルが合流した。
「む、もしやシチューはもう」
「できた」
「食べた」
「美味しかったです」
「えー、あたしも食べたかったー」
モートンに聞かれて、サリアン、ヴァン、ホリーが答える。
不満を訴えるウルの声に、アンドリエイラは笑みを浮かべて近寄った。
「だったら鉄のオーブン買いましょ」
「高いぞ」
即座にサリアンが釘を刺す。
ただ相伴に預かりたいヴァンはアンドリエイラに続く。
「ちょっとここで依頼受けてお金足したりしてもいいんじゃないかな?」
「なんだ、もう金欠か」
そこにカーランがやって来ると、ヴァンとモートンを見上げた。
「お前ら捜しやすくていいな」
身長が高く、体も分厚いため、冒険者の少ないホーリンの町では目立つ。
さらにはモートンの強面から人が距離を取るため見つけやすい。
言葉にしなかったカーランだが、視線が物語っている。
モートンはさらに渋面になって周囲を威嚇するようになってしまった。
「ちょうどいい。馬が逃げて追い込むのに人手がほしいと、顔を知った商人に泣きつかれてな。急な依頼で個人のもんだ。相場よりも色はつけてもらえるだろう」
商品が逃走し、追い駆けて水辺に囲い込んだ。
けれど人が近づくと水を渡って逃げる気配があると言う。
対岸にも人を置くには人数が足りないため、カーランに声がかけられたのだ。
「緊急かつ、失敗できない。相応の謝礼は交渉しろ」
「…………こういう時、ギルドを通すのとカーランから直接受けるの、どちらが実入りはいいのかしら?」
アンドリエイラは悪意を感じ取って聞く。
はした金は普段なら気にも留めないが、今はオーブンが欲しいのだ。
アンドリエイラの指摘にモートンが答えた。
「ギルドだな。ギルドに入る仲介料は一律。依頼主が設定した高額の依頼料の分だけ、実入りはある」
「けど、カーランだと勝手に仲介料取るからね。絶対ギルドより引くよ。間違いないね」
ウルまでカーランの腹黒さを教えると、サリアンはカーランに忠告した。
「人手紹介して、知り合いの商人に恩売るくらいにしとけ。ドラゴンの心臓でやっかみもあるだろ。ここで欲出しても後で揺り返し来るぞ」
「ふん、その辺は秘匿性をもたせるためにオークショニアに売ったんだ。表に情報は回らん」
つまりドラゴンの心臓で大金を手にしたと知るのは、ウォーラスの冒険者くらい。
ホーリンでは広まらないので、金を受け取って帰るだけとなる。
「まぁ、いい。紹介はしてやるから、ギルドへの指名依頼なんかは自分たちで交渉しろ」
カーランは仲介料に関しては否定せず、やり方は冒険者に任せる。
商人への紹介のためカーランについて行く中、アンドリエイラはさらに聞いた。
「指名だと何が違うの?」
「本来、依頼はギルドのほうで精査されるので、依頼として提示されるまで時間がかかるんです」
「けどすでに依頼者側と話ついてるとか、即日で依頼受けてほしいとかだと、指名依頼としてすぐ受けられるんだ」
ホリーとヴァンがアンドリエイラに基本を教える。
その様子を見てサリアンは、モートンとウルに声を落として確認をした。
「たぶん、魔物がわかるんだから動物もお嬢のことはわかるはずだよな?」
「む、そういえば馬は敏感な生き物だ。お嬢が立つだけで怯えるかもしれない」
「え、だったら楽勝じゃん。対岸にいてもらえばそっちに馬逃げないんだし」
勝手にやり方を決めた上で、カーランの紹介で相手の商人にはそれいがいのやり方は受け付けないと早々に伝える。
体格のいいモートンとヴァンの姿に商人は喜び、指名依頼で即日で受領も、色を付けた金払いも了承した。
ただ誤算はあった。
「あー! 馬が、馬がー!?」
「溺れたわね」
サリアンたちの企み通り対岸に立たされたアンドリエイラは、悲痛な叫びをあげる商人の声に応じる。
アンドリエイラが威圧して川を渡らないようにしていたのだが、効きすぎた。
馬は恐慌状態で半数が水の中へ飛び込んでしまったのだ。
しかもまともに歩けず転んでそのまま沈んだり流されたり。
ただアンドリエイラには近づきたくないと、必死に暴れる。
「助けろー!」
依頼主である商人の声に、追い立てていた側も慌てて川に入る。
サリアンたちも依頼失敗を恐れて川へと行かざるを得なかった。
「…………川、凍らせては駄目かしら?」
呟いて、水の中馬の巨体と格闘を始める冒険者たちを見るアンドリエイラ。
「…………全員の心臓が止まってしまうわね」
もちろん馬も。
依頼失敗は嫌なので、アンドリエイラは諦めて川辺を離れる。
そして誰も見ていないのをいいことに、魔法で火を焚き始めた。
一応それらしく見せるために、適当な石を並べて薪もなく燃える火を隠す。
馬を回収して、ずぶ濡れで戻ったサリアンたちは、すぐさま火の側へと群がった。
「これで少しは貢献したことにできるわよね?」
何も考えず火に当たった全員が、何もしていないアンドリエイラを見上げる。
ただ冷えた体を抱えて黙り込むが、全員が亡霊令嬢へ同じ思いを共有。
(((((横暴ー!)))))
そうは思っても、温かな火から離れられないのだった。
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