38話:ホーリン観光3
喫茶店二件目では、今朝絞った乳で作るクリームを楽しんだ。
甘味を堪能したアンドリエイラ、ホリー、ウルの三人は、大食いが行われていた広場に戻る。
ただすでに終わった広場では、諍いが起きていた。
白く高い帽子を被った料理人が怒り心頭で顔を赤くし、冒険者に向かって怒鳴っている。
「あれは、絡まれているのはモートンね」
「へぇ、あの生真面目が怒られるなんて珍しいことあるじゃん」
「言ってる場合ですか。何があったか確認しに行きましょう」
相方のウルではなくホリーが助けに向かう。
「どうなさったんですか? あまり往来で騒いでは迷惑になります」
「そうそう。ちょっと落ち着いて、ほら、息切れてるじゃん」
ウルも続いて、怒鳴って息切れした料理人に声をかける。
「いったいどうしたというの? きちんと帽子を被っているなら、大食い関係ではないのでしょう?」
アンドリエイラも、おかしな様子を半ば面白がって声をかけた。
料理人も女ばかり、さらには子供にまで聞かれてさすがに意気を落とす。
困った様子で怒鳴られ、宥めることに必死だったモートンもひと息吐くことができた。
そんな中、一人地面に座り込んでお腹を膨らませたヴァンが答える。
「俺が苦しんでるのに三人でご飯いったんだよ。で、食べて出てきたと思ったら追い駆けてくるくらい、この人が怒ってた」
ヴァンは惜しくも二位で終わった。
悔しがるヴァンの機嫌を取ることもなく、食べすぎて動けない内に大人たちは自らの食事に向かったのだ。
モートンと一緒に食事をしたサリアンとカーランは、他人ごとで話す。
「モートンが出て来た肉に対して筋が多いって言ってたぞ」
「シチューに雑味が多くてまとまりがないとも言っていたな」
「つまり、料理に意見を言ったのね。それで、怒ったということは不当な評価だと?」
アンドリエイラが水を向けると、料理人は太い腕を組んで声を上げた。
「当たり前だ! こちとらシチューで十四年店保ってんだ! それを知ったように!」
「いや、確かにこちらの配慮が足りなかった。そのことは詫びて…………」
「詫びだぁ!? 撤回もなしに何言ってやがる!」
「それは、その…………」
視線を逸らして詰まるモートンの姿は、如実に心中を語っていた。
怒られたところで、雑味が多くて筋張った手抜きだったことに変わりはないと。
引かない様子にアンドリエイラはウルに近づく。
それを見て、モートン以外もウルの側へ寄った。
「ねぇ、言うほどモートンは食にうるさいの?」
「モートンは生まれがいいの。お坊ちゃんだから、昔からいいモノ食べてるらしいんだ」
ウルが答えると、サリアンが別のことを教える。
「なんでウルなんかと上手く行ってんだって聞いたら、食事に求める水準が合うんだと」
「酒もそうだよね。たまにカーランが瓶にひびが入ったワインあげると、高いの選ぶって」
どこかでそんな愚痴を聞いたヴァンに、ホリーも頷く。
「つまり、お酒と共に料理もお高いものが馴染んでいるために、今回の?」
「いや、本当に味がいいもん選んでるんだよ。高い珍味よりも安い旬のもの選んでるぞ」
商人としてカーランが思い違いを指摘した。
聞いたアンドリエイラは全く別のことが気になる。
「そんなお坊ちゃんがどうして田舎で冒険者をしているの?」
「モートン、教会のお偉いさんの家系でね。お兄さんたちいるから継ぐ必要もないんだけど、遅くにできた子供だったから、お兄さんたちからも可愛がられて。それが嫌になって一人で飛び出したらしいよ」
ウルが何の気もなしに事情を暴露した。
初めて聞くサリアンたちも納得して、料理人にまた詰められ始めたモートンを見る。
霊を見て、祓い、真面目に奉仕し、盾役をしながら回復を苦もなく行う。
それは生まれ育ちから来る行き届いた教育の賜物で、冒険者にはいないふるまいの良さも確かにある。
モートンの育ちの良さは、想像できていたことだった。
「…………思ったより子供っぽい理由だったんだな」
「権力争いで落ちぶれた家から出たのかと」
ただ冒険者をしている理由については、想定よりも下だったとサリアンとカーラン。
ホリーとヴァンはもっと悪い方向で考えていた。
「私、真面目過ぎて奉仕の一環として過酷な冒険者になったのかと」
「俺はお酒で失敗していられなくなったんだと思ってたよ」
そうして全員の視線が、思ったよりも俗なお坊ちゃんに突き刺さる。
そんな視線を感じて、モートンも短く聞いた。
「なんだ?」
「「「「「「別に」」」」」」
居心地悪そうなモートンだが、詰め寄る料理人も撤回しないため放しそうにもない。
アンドリエイラは徹底的に他人ごとで、また別のことが気にかかった。
「そうまで撤回しないシチューの味が、少し気になるわね」
「だったら食わせてやらぁ!」
料理人が苛立ちも相まって、勢い怒鳴る。
そして近くだった店にアンドリエイラたちを連れ込んだ。
すでに料理人が飛び出したことで新たな客は入れられず、食事を終えた最後の一人も入れ違いに出ていった。
料理人は気にせず、すぐさま厨房へと駆け込む。
そしてほとんど待たせることなく一つの皿を持って戻った。
「おら、これだ! もう一度味わえ!」
出て来たのは白い皿に盛られた赤いシチュー。
中央には、アンドリエイラの拳ほどはある肉が鎮座している。
「あら、いいお皿を使っているのね」
「お、わかるか嬢ちゃん」
「素っ気ない皿じゃん?」
褒めるアンドリエイラに、ヴァンが色柄もないことで逆の評価をする。
ただ午前中に高級な白磁をみたカーランは、価値を察した。
「白は歪みもむらも出やすい。あえてそれを使ってるなら、審美眼と味も自慢と言ったところか」
「そのとおりだ。ふん、少しはわかる奴らだったか」
料理人にもこだわりはある。
ただそれで味を見た結果、美味いと言わなかったのはわかっているアンドリエイラだった。
モートンと食の好みが似通うウルも、味見をして口角を下げる。
「確かにここまで整えてるなら、筋どうにかしてとは思うかも」
「雑味は香味野菜で臭み消しをした結果かしら。私はモートンの主張を推すわね」
「なんだと!?」
「だって、これなら私のほうが美味しくできるもの」
そう言い放つのは見るからに少女のアンドリエイラ。
さすがに料理人もすぐには怒鳴らず、口を閉じる。
しかしその顔は怒りに染まっており、馬鹿にされたと思っているのは明白だ。
血管を浮かせつつ、子供相手に我慢しながら、料理人は一朝一夕ではできないことを教える。
「料理ってのはな、半日かけて作るもんなんだよ」
「シチューならそうでしょうね」
「香辛料だって値段に響かないよう選び抜いて、香味野菜だって無駄にはしねぇ」
「えぇ、それも雑味に繋がっているのかもしれないわね」
アンドリエイラは笑顔で言い返す。
(面白がってやがる)
サリアンは引かないアンドリエイラの様子にげんなりした。
「もう、そこまで言うなら一回作ってみたらどうだ?」
カスタードタルトを作った実績があるからこそ、サリアンは放り出すように言う。
言うだけのものを作れることはわかってての提案だ。
しかしアンドリエイラはサリアンにも面白がる様子で首を傾げてみせた。
「けれど宿に使える台所もないのに、作れないわ」
「こいつ…………」
カーランも料理人で遊んでいるのを察して、意地の悪さに呟く。
しかし当の料理人が解決策を突きつけた。
「だったら半日貸してやるから明日だ。あるもん使ってやってみやがれ!」
「あら、本当に? だったら何があって何がないか確認させてもらうわ」
料理人の啖呵に、アンドリエイラはひるむことなく厨房へ向かう。
料理人は頭に血が上っていて、止めるどころではない。
「…………すまない」
ただことの発端になって、料理人が弄ばれることになったモートンは小さく謝った。
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