36話:ホーリン観光1
ホーリンという街は、冒険者が集うウォーラスに比べて発展している。
街そのものが彩り鮮やかであり、土っぽい田舎町とは比べるまでもない。
そんな街中には、黒塗りの瀟洒な馬車が馴染む。
御者によって開かれた馬車から降りるカーランは、普段よりも気合の入った服装だ。
「あら、手を貸してくださる紳士はいらっしゃらなくて?」
緊張の面持ちで今から向かう先を睨んでいるところに、アンドリエイラがからからかいの言葉を向けた。
カーランはぞんざいに手を出し、無理やりついて来た道楽者につき合う。
ただ、体重をかけられたはずのカーランの手には、異様に軽い感覚しかない。
「…………おい」
「うふふ」
言外に飛ぶなと責めるカーランに、アンドリエイラは見た目の子供らしさで悪戯に笑った。
人外の遊興で何をされるかとカーランの不安が募る中、招き入れられる屋敷は煌めくような調度が並べられていた。
色鮮やかな陶磁器、金縁で飾られた額の中の絵画。
光を集めるようなガラス製品も、磨き抜かれた家具も飴色に輝いている。
「まぁ、収集家なのかしら? 年代ものもあるわね」
「つまり、お嬢でもわかるものがあるわけか」
最低二百年は経過した年代物。
それだけの年月だけでも美術品としての価値は上がる。
カーランは案内を一度断って、玄関に並べられた芸術品を見て回ることにした。
その上で、声を潜めてアンドリエイラに俗っぽい質問をする。
「どれが一番価値があると思う?」
「商売人に情緒を求めるのは間違いなのかしら? …………価値が人の気を引くということであれば、これね」
アンドリエイラが指すのは白い磁器。
「ふむ、よくある磁器に比べて白さが際立つな。それに透明感もある、か?」
「これが一番人の欲がまとわりついてるのよね」
よく見ようと顔を近づけていたカーランは、アンドリエイラの言葉にすぐに身を引く。
硬質な輝きとしっとりとした白の存在感を漂わせる花器。
一見清廉そうな外観に似つかわしくないアンドリエイラの言葉が、カーランの耳に残る。
「纏わり…………?」
「えぇ、べったりと。よほど垂涎の品なのでしょうね、という感じよ」
そこに現れる髭を整えた壮年の屋敷主人は、色鮮やかな調度の中で、白いばかりの花器を見ている客の姿に目を輝かせた。
「それが気に入ったかな? 良いものなのだがわかるかね」
「えぇ、もちろん素晴らしいこの色つや。中々みられるものではありません」
カーランはすぐさまお世辞を口にして、愛想笑いを張り付ける。
オークショニアである主人は頷いて満足げだ。
「物のわかる商人を招けたことは喜ばしい。ドラゴンの心臓の鮮度もわかっていてこれだけ急ぎで応じてくれたのも、なるほど価値をわかっているからだろう」
アンドリエイラのお蔭で第一印象が上がったカーランは、ちらりと横目に見る。
(けっこう使えるな)
機嫌のよいオークショニアに、アンドリエイラの同伴も許された。
言い訳は、貴族令嬢の社会見学。
カーランも、下手なことをしたら面倒な裏があるということを、オークショニアには匂わせた。
「何分急なことでしたので、お声かけはこちらのほうが早く。申し訳ございません」
「何、急かしたのはこちらだ。何より美しいものは歓迎だとも」
オークショニアに笑いかけられ、アンドリエイラも笑い返す。
立ち振る舞いで、貴族の令嬢という言い訳は全く疑われない。
ただ大人しくするために同行したわけでもないのがアンドリエイラだった。
「倍出すわ」
突然の発言は、機嫌のよいオークショニアにが、金貨三百を最低限と言った途端。
もちろんそんな金、アンドリエイラにはない。
それを知ってるカーランは慌てた。
「何を言うんだ。これは俺、いや、私の商談で、いくらお嬢、あなたでも口出しは」
「あら、だってそれくらいならいけそうだと思ったものだから」
何も知らない少女のふりをして、アンドリエイラは応じる。
(わかってんだろう、この中身婆!)
(焦ってる、焦ってる。面白い顔!)
そんなやり取りもオークショニアから見ると、我儘令嬢に手を焼いてる商人の図。
傍観を選ぼうとしたところに、アンドリエイラはオークショニアに目を向けた。
(逃がす気はないのよ。巻き込まなければカーランの面白さは引き出せないもの)
もちろんアンドリエイラは面白がっているだけで、ぶち壊す気はない。
ただいいように使われるだけ、金のなる木などと思われないようにするのだ。
つまりは、ただ引っ搔き回すためだけにやっている。
「ドラゴンの心臓なんて私が生きている内にまた出てくることはないでしょう。だったらこうして商談の場に居合わせられたチャンスをお行儀よく見送るなんてできないわ」
そう言って、オークショニアに斜め下から視線を向ける。
「はしたないことはわかっていますけれど、それでも…………」
「はは、なるほど。確かに人生一度きりと思えば金貨六百も惜しくはないか」
アンドリエイラを止めようとしていたカーランは、オークショニアの言葉に固まる。
「えぇ、きっともっと大きなお金で売れるし、製薬にできればもっともっと」
「おや、当てがあるのかな?」
「まぁ、それは駄目。言ってはいけないことだったわ」
アンドリエイラは子供のふりで慌てて見せながら、オークショニアの気を引く。
その上で本当に買いたいと思っているように悩んで見せた。
「でもこちらの方も六百で検討されるなら、私、頑張って、もう二十出すわ!」
「おや、それは大変だ。私も絞り出してもう二十。つまりは六百四十」
「まぁ、意地悪ですこと。でもそれならまだ私も六百五十を、まだ、出せるもの」
アンドリエイラが値段を上げると、オークショニアが笑って上の額を提示する。
それに対抗してちまちまと上げるアンドリエイラ。
その様子は頑張る少女にしか見えない。
しかし実態を知っているカーランは、苦渋の表情で見守る。
(見た目どおりではないのを散々見た後だと…………きつい)
カーランはそっと袖を捲って、自分の腕を見た。
腕には鳥肌が並び、子供のふりをするアンドリエイラのぶりっ子に対しての心情を如実に表している。
(普通に邪魔されるほうがまだましだ…………)
傍から見れば、少女の我儘につき合う大人のオークショニア。
しかしその実、少女のふりをした人外に、売買金額を膨らまされているという状況。
拳を握って一生懸命さをアピールする姿も、カーランには巨馬の牙を折った凶器を握りしめているかの如く。
何より本人が決して、か弱くはない。
ましてや人間を下に見て笑うくらいの精神性も知っている。
そんな化け物が、か弱い振りをしているという状況の気持ち悪さに、カーランは耳を塞ぎたい気持ちさえあった。
「よぉし、それでは七百だ」
「あ、うぅ…………もう出せないわ」
「ははは、中々に食らいつかれたものだ。君ももっと大きくなったら、素敵な紳士と共に私のオークションへ来るといい」
そう言って、手ずからオークションの入場許可証をアンドリエイラに渡す。
(うぉ!? 期限無制限の一等の許可証?)
カーランが驚くほど入手困難な代物が出て来た。
それだけアンドリエイラが、オークショニアに気に入られた証でもある。
その上当初の提示額の倍以上を確約されている状況。
だと言うのにオークショニアは終始上機嫌なのだ。
アンドリエイラも顔かたちが良いことを理解して終始愛想よく振舞った。
カーランだけが裏がわかるだけ、うすら寒い時間が過ぎる。
しかし何一つとして、問題や難題はないのだった。
「はい、これ。私は使わないから上げるわ」
商談は表面上順調に終わり、オークショニアが用意した質の良い馬車での帰り。
車内でアンドリエイラは、ぞんざいに許可証をカーランに渡した。
「面白かったから。今度は三倍目指してみようかしら」
「…………はぁ、恐ろしい話だな。俺はあんたとは敵対しない。損失が馬鹿らしいことになりそうだ」
畏怖と受け取ってアンドリエイラも満足するが、その実カーランはおちょくられて金まで巻き上げられたオークショニアに同情していた。
商品の引き渡しでは、部下に心づくしをするよう申しつけることを決めるほどに。
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