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35話:護衛旅行5

 カーランの賄賂で先に街の門を潜り、アンドリエイラたちは目的地に辿り着いた。


 石畳の敷かれた目抜き通りの先には、教会の鐘楼がそびえる。

 ウォーラスと比べるまでもなく建物は高く、行き交う人々の服装も肉体労働を思わせる者はいない上品さが見えた。


「まぁ、思ったよりちゃんとした街になってるのね」

「その口ぶりだと、以前はなかったのですか?」

「周辺はウォーラスと変わらない規模の村ばかりだったわ」


 ホリーに答えるアンドリエイラは、実際に見たからこその軽い口ぶり。

 ウルも気になって声をかけた。


「へぇ。じゃあさ、お婆の知ってる頃には何処で買い物してた?」

「お嬢とお呼びなさい。…………西の港のほうまで足を延ばしていたわ」


 叱りつつ答える間に、ウルはモートンを盾に素早い逃げ足を発揮している。


「ふん、東のほうには大学の街ができていたから、二百年前でも流通はそちらに流れ始めていたわ」

「東の、あそこか。もう音に聞く権威の学生街だというのに、できていたとは全く」

「せめて二百年前の基準で話してること自覚して、今はどうだくらい聞けよ」


 呆れるモートンに、サリアンも発言で浮くことを警戒して口を挟んだ。


 アンドリエイラからすれば、取り立てて街の盛衰など気にすることではない。

 時と共に人間の暮らす場所も変われるのだから。

 戦争で街が潰されるのと、水の枯渇で人が離れるのは同じくらいの感覚でいる。

 その中で物流などの経済活動は、もっと変わりやすいと知っていた。


「そもそもこの丘陵地帯、牧畜でしょ。羊飼いばかりでまともな村も形成しなかったの」

「あぁ、今じゃ廃れてるがウォーラスはもともと毛織物で発展したんだったな。だから商業区が作られてて、魔物の素材売るのも道が整ってた」


 カーランが何処かで学んだらしい知識を語れば、ヴァンが思いついたことを聞く。


「今はダンジョンと魔物の素材取れるし、毛織よりそっちが売れたから廃れた?」

「いや、普通に別の村が先に町になるくらい毛織売ったからだな」


 ウォーラスが売るよりも、大量に毛織物を生産する村ができたせいでシェアが奪われ、田舎の村のまま発展が止まったのがウォーラスだった。

 つまり、地場産業にもはや芽はなく、ダンジョンがなければ発展の見込みなどない土地。


「良かったね」


 ウルの言葉に全員がわからない顔をする。

 ウルはアンドリエイラを見下ろしていた。


「だって寂れてなかったら、二百年待たずにお嬢が冒険者と会って出てきてた可能性あるでしょ」

「そうねぇ。二百年前は人と関わるのも嫌だったから、その頃に現れてたら機嫌悪さに冒険者が来た村を焼き払ってたかもしれないわ」


 人外の返答に、冒険者たちは距離を取る。

 しかし街を進む荷車の周囲にそこまで逃げ場はない。


「今はしないわ。せっかくとった冒険者の身分を、もう少し楽しみたいもの。それに、二百年前はむしゃくしゃしていただけよ。今でも冒険者が現れたからと言って、無闇に攻撃なんてしなかったでしょう?」


 賊に襲われる護衛依頼も、アンドリエイラにとっては暇つぶしのイベント。

 森の中にいては経験できない、刺激的で楽しい旅行の一環だ。


 そんなアンドリエイラに笑みを向けられ、サリアンはすぐに顔を背けた。

 しかしそのサリアンを、冒険者仲間が詰める。


「なんで人の住まいに、あんな慮外の存在を連れ込んだんだお前は」

「欲に目が眩みすぎだよ。せめて自分で処理できる範囲にするのが冒険者だろ」


 モートンとヴァンが詰め寄ると、ホリーとカーランも指を差して詰った。


「今はというのに、不安しかないんですけど? いつまでか聞いてください」

「お前もう少し言質を取れ。引け腰で後について回るだけ男が廃るぞ」

「そうだねぇ。上手く冒険者させてるみたいにさ、村滅ぼさないくらい言ってほしいな」


 ウルにも言われ、サリアンは視線を横に滑らせる。

 もちろんアンドリエイラは聞こえていて、にやにやと困るサリアンを眺めていた。


(何を言うつもりかしら?)

(とか、面白がってるな!)


 サリアンからすれば、その時点で当分は大丈夫だと思える。

 ただアンドリエイラが魔物であることも事実で、周囲の懸念もわかっていた。


「家は改修で数か月。買い取るための金稼ぐのもかかる。その間にただ金稼ぐために働くってタイプでもないだろ、お嬢?」

「えぇ、こうして旅行もまたしたいわ。それに服も、今はどういうものか見たいし。家具も今はどんな作家がいるのかしら?」

「あー、じゃあ、ついでに食い物も興味持ってみたらどうだ? 新名物とか」


 サリアンは言って、通りかかった露店を雑に親指で指す。

 木の簡素な台に商品が並べられ、屋根は布で日避けにしているだけ。

 そんな中にいる商人が新名物を謳って何かを売っている。


「そうね、いいじゃない」

「おい、せめて所定の場所まで運んでからにしてくれ」


 足を止めそうになるアンドリエイラに、カーランが雇い主として止めた。


 先ほどの人外発言には引いていたのに、仕事の上では正面から主張する。

 さらに今は、食べ物に目移りをする子供でしかないアンドリエイラに遠慮はなかった。


「ほら、ヴァンも」


 しかもアンドリエイラと同じく本物の子供であるヴァンも、興味津々で足を鈍らせホリーに引っ張られている。


 その様子を見て、ウルは頭の後ろで腕を組んだ。


「いい所で食べようとすると、その分お金もかかるから、露天くらいがいいよね」

「あら、それもどうなの? いいものを食べつつ、安物を楽しむくらいじゃなきゃ」


 アンドリエイラはいいものも食べたい。

 だからこそ手抜きのないタルトも作っていた。


 モートンはアンドリエイラに賛成するように頷く。


「確かに酒はいい店で探すほうが当たりが多い。であれば、いつでも稼いで、それを使う時に邪魔されないよう身の振り方も考えなければな」

「まぁ、そうね。家を買ってウォーラスを拠点にするなら、極端なことはできないわね」


 アンドリエイラがようやく言質と取れることを口にしたことで、全員が息を吐く。

 ただアンドリエイラは内心で笑った。


(サリアンたちがいる限り、騒動は向こうからやって来るのだけれど。直撃するか、いなせるかは、生きる人間たちの頑張り次第よねぇ)


 よほどのことをしないというのは、手助けもほどほどということだ。

 自分たちが労を負うほかない。

 その宣言に他ならないことを、アンドリエイラは笑って教えなかった。


(それに、勇者が行ってるのよ。すでにドラゴンはいないのに。絶対売りに出したサリアンたちは絡まれてしまうわ。さぁ、どうするのかしら?)


 どんな言い訳をするのか、そんな見世物の気分でアンドリエイラは話を変える。


「ところで、この荷物を運んで倉庫に入れたらどうするの?」


 予定を握っているカーランに聞いた。

 ヴァンも食べ歩きのために興味を持って頷いている。


「オークショニアの倉庫だから、最初から警備は用意されてる。だから帰りまでは自由だ。ただ不測の事態があった場合は、手を貸してもらう。それも護衛依頼の一部だからな」

「不測の事態ってなんだよ? また横取り狙いか?」


 サリアンが警戒ぎみに聞くと、ウルも面倒そうに不測の事態を上げる。


「倉庫の中から盗難とかはさすがに、範囲外だから文句言わないでよ」

「それも考えなきゃならないが、支払いについて揉めた時には、モートン」

「…………何故」


 カーランに呼ばれて、モートンは渋面になる。

 ただきいた本人も、そこで名を上げられる理由はわかっていた。


 けれどヴァンはわからず、口にする。


「なんでモートン? 金払わせるならサリアンがいいよ」

「見慣れてるせいかしら? モートンの顔で耳を揃えて出せと圧を…………」

「お嬢、もう少し言葉を選んで。モートンさんも他意があってあの顔ではないんですから」


 ホリーが、憐れんで庇う。

 ただそれは婉曲に、怖い顔と見るからに厚みのある肉体で、相手を威嚇しろと言うカーランの意向を肯定していた。


「でもお金即日の払いだとこっちが嬉しいし、モートン、頑張れ」


 相棒のウルは現金で、納得いかないモートンの背を叩く。

 乗り気でないモートンを見たアンドリエイラは、カーランに目を向けるとにっこりと笑って見せた。


「だったら私も同席させてもらおうかしら」

「おい、商売相手に何する気だ」

「あら、さっきしないと言ったからには、こちらの身の危険がない限りは何もしないわ」

「だったら余計にオークショニアの所なんかについてくるな」


 言外に売られる対象だと言われても、アンドリエイラは笑みを崩さない。

 わかっているからこその押しの強さに、カーランは周囲を見回して助力を求めた。

 しかし誰も止める労を惜しんで視線を逸らす。


 オークションの売り物としてアンドリエイラが出されるようなことがあれば、人外がどんな遊びを始めるかなど、誰も想像もしたくはなかった。


定期更新

次回:ホーリン観光1

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