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33話:護衛旅行3

 賊を撃退後、カーランの車列は旅を再開していた。


「もう、治安が悪いわね」

「ほんとにな」


 背中の痛みに動けず、サリアンは荷馬車に積み込まれることになっている。

 もちろんサリアンが治安の悪さを感じたのは、背中に真っ赤な手形を残した上で、顔面強打で意識を刈り取った亡霊令嬢に対してだ。


 アンドリエイラも勢い、手加減を誤った自覚はしているので話を変えた。


「日が昇った後は人通りもあるのに、あの冒険者崩れは豪胆なのかしら?」

「日帰りでダンジョンアタックするパーティーもあるからね」

「ウォーラスの町、そんなに広くないし田舎だからさ」


 当たり前に言うヴァンとウルに、アンドリエイラは余計に首を傾げた。


「だったら余計にお行儀良くしなければ村八分にされるでしょう?」

「だからこそだな。村八分にするにも人が足りていない」


 モートンはウォーラスの元の住人よりも、外来の者が多いことを指摘した。


 よく言えば牧歌的な村が、ダンジョンの発生で外からの出入りが激しくなっている。

 規制する側の人手よりも、外から流入する者のほうが多い。

 そのせいで規制する側は直接治める町の中くらいしか、影響力がなくなっているのだ。


「町の外へ出て逃げ込めないくらいの距離になると、無法をする人がいるんです」

「もちろん、賊が冒険者やってればこうして訴えもできるんだが、他はな」


 ホリーに続いて、カーランはカードを振って見せる。

 冒険者証を奪って提出することで、資格はく奪やペナルティがあるのだ。

 盗賊行為に失敗すれば相応の罰が下るのは、アンドリエイラの知る二百年前と変わらない。

 しかし捕まえて罰を与えるには、行政側の力が足りていないという点は明確な差異だった。


 アンドリエイラたちを襲った賊は、縛り上げられて放置されている。

 小銭を稼ぎたい者が連行することもあるが、縄を抜けられなければ揃って死の危険が迫っていた。

 夜になれば獣に食われるかもしれないし、人攫いが拾うかもしれない。

 そんな不幸を制裁代わりに、一行は先を急いだ。


「嫌だわ。二百年前より治安、悪化してるじゃない」

「二百年前は周辺でも戦争してたって話だろ。逆に小悪党は隠れてたんじゃないか?」


 サリアンが言うとおり、二百年前のアンドリエイラが知る国の区分も、戦争で変わっている。

 常識自体が変わっていてもおかしくなく、悪党の性状など考えるだけ無駄だ。


「…………ただ歩いているのも暇ね」

「仕事しろ」


 アンドリエイラの暢気な言葉にカーランが釘を刺すと、サリアンが指を差した。


「お前は狙われるのわかってて護衛増やしただろう。そういう情報は言っとけ」

「全くだ。ただの冒険者が狙うわけがない。裏にカーランを狙わせた依頼者がいる」

「まぁ、そうだったの? でも言われてみれば、奪っても販路がなければ無駄な荷物よね」


 モートンも一緒になって責めるのに、アンドリエイラは指を頬にあてて考える。

 ウル、ホリー、ヴァンも気づかずいたため、お互いに顔を見合わせた。


「言われて見ればそうかも。ドラゴンの心臓なんて盗んでどうするのって感じ」

「大きいですし、売るなら証明も必要ですし。まともに売っても足がつきますよね」

「っていうか、売れるの、これ? 見た目悪いし、自分で使いたい誰かかもよ」


 ヴァンが言うとおり、赤黒い塊は何と説明されなければ価値はわからない。

 金をかけた冷凍の魔法で低温を保っているのた、め臭いは控えめだ。

 それでも臓器なので、生臭さは確かに車列にいれば感じられる。


 サリアンは本当に暢気な仲間に溜め息を吐いた。


「今さらか。奪う側になって考えてみろ。こんなデカぶつよりも、金貨のほうがいいだろ」

「その言い方はどうなんだ?」


 モートンが良識的に盗賊的な考えを諫めると、ヴァンとウルがこれ見よがしにひそひそする。


「うわ、つまりサリアンって盗賊の思考なのか?」

「いつも考えてるの? うわぁ、やばー」

「やめてください、身内から犯罪者なんて」


 ホリーまでパーティーメンバーとして苦言を呈す状況に、サリアンが声を上げた。


「なんでそうなるんだ! 戦略的に相手の狙いや行動考えるのはありだろうが! あ…………!?」


 騒ぐサリアンは、自分の声で背中に力を入れてしまった。

 途端に痛みに声を詰まらせる。


 それを見たカーランは、アンドリエイラに視線を投げる。


「どんな力で殴ったんだ?」

「ひ、人聞きが悪いわね! ちょっと叩いただけでしょ。それに失礼なことを言ったサリアンが悪いんだから!」


 強がるアンドリエイラだが、しかし散々余裕ぶっていた今、その振る舞いは不自然だ。

 実際魔物として強力な力も持っており、ドラゴンよりも強いことを知っている者ばかり。


 そのため、慌てる様子がやりすぎたことを如実に物語っていた。


「ちょっと! 無言で距離取らないでちょうだい! 傷つくでしょ!?」


 今度はアンドリエイラが声を上げる。

 サリアンは痛みに声は出ないものの、アンドリエイラの訴えに内心首を捻った。


(こいつの判断基準ってけっこう謎だな。人外の余裕もあれば、小娘みたいにキャンキャンうるさく騒いで見せるし。それが本当にふりってわけでもなさそうだし)


 一番幼い見た目のアンドリエイラが、仲間外れにショックを受けて騒ぐ。

 そのあどけない姿と訴えに、人のいいモートンがほだされ距離を縮めた。

 次に良心的であるホリーが、あからさまな距離を是正。

 それにつられてヴァンとウルも、アンドリエイラから距離を取るのをやめる。


「ちょろ」

「全くだ」


 動けないサリアンの側で、カーランがアンドリエイラから距離を取ったまま頷いた。

 同意はアンドリエイラの実力を警戒すると同時に、今回のやりすぎがいつ命に関わる規模になるかもわからないため。


 とは言え、サリアンもカーランには文句を言いたい相手だった。


「おい、奪うよう依頼した相手の目星はついてるんだろうな?」

「つけたし、こうして冒険者証を押さえたからには、実行犯の周辺を探らせる手配もしてる」

「だったら最初から決着つけて移動すりゃよかっただろ」

「鮮度がある。高く売りつけるにはタイミングも逃せない」


 つまりはカーランの利益優先によって、襲撃を想定していたという。

 冒険者からすれば、必ず襲われるとわかってる護衛依頼は外れだ。

 それを言わずに依頼するのは、悪い依頼主の典型でもある。


 カーランも自覚があるため、いっそ開き直った。


「三食宿も保証の上、自由時間も確約しただろうが。行きの護衛成功時点で報酬即日払いでもある。逆にこれだけ用意されて、厄介ごとがない依頼だと思ってたことのほうがどうかしてるだろ」

「お嬢がいるからかと思ったら…………」


 破格の待遇の理由は、襲撃確約のためだった。

 サリアンも、アンドリエイラという不確定要素がいる中で、やるとは思わず疑わなかったのは確かだ。


「ちなみに、お前のそれは自業自得だからな」

「あらぬ疑いかけられて、何が自業自得なんだよ」

「もう少し機嫌とるくらいはしろ」

「ふん、お前はずいぶん気を使っているもんだな」

「まだ神鹿に会えていないからな」


 嫌味のつもりが真面目に返され、サリアンは鼻白む。

 そんなカーランの言葉に、アンドリエイラが反応した。


「あぁ、そう言えば神鹿が言ってたわ。ドラゴン解体して森荒らすような相手はお断りだそうよ」

「はぁ!?」

「わははは! あ、いて!」


 カーランが憤懣の声を上げると、サリアンは笑ってまた背中の痛みにうめく。


「ただドラゴンを倒すきっかけになったことは評価するから、何か森のためになることをしたら、自分の領域に招いてもいいですって」

「それは、荒れた森に植樹でもすればいいのか?」


 モートンが神鹿の評価する森のためになることの例を挙げる。

 その横で、ウルは不満そうに唇を突き出した。


「えー、蔦倒したのに」

「そこは解体したせいなので自業自得と言うことなのでしょうね」


 あきらめぎみのホリーに、ヴァンはアンドリエイラを指す。


「主はお嬢だろ? お嬢が連れて行くって言ってくれることしたほうが早くない?」

「そうね、神鹿の所なら連れて行けるわよ」


 カーランがこっそり拳を握るのを、サリアンは見た。


(まぁ、謎の鹿よりお嬢のほうがわかりやすいもんな)


 よいしょしたくらいで、文句をつけていた服に手のひらを返したのは記憶に新しい。

 サリアンも痛みに耐えて荷車に揺られる間、暇と稼ぎを考えて、機嫌を取る方法を考え始めたのだった。


定期更新

次回:護衛旅行4

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