26話:改装計画1
幽霊屋敷内部は、古びた雰囲気が漂っていた。
それでもおどろおどろしい所はなく、ただの家と化している。
「狭いわね」
「広いんだよ」
不満を漏らすアンドリエイラに、サリアンがウォーラスの町での常識を教える。
ただ二人が思い浮かべるのは、同じ森の狩猟館だった。
村の中に作られたこの屋敷は、あくまで平民の手によるもの。
王家に娘を出すような貴族の建物と比べるべきではない。
「ここは最初に作られた時は富裕な豪農が、商売に成功して建てたものだそうだよ」
ルイスは資料を手に、屋敷の来歴を話す。
「その後は商人なんかの手を渡って、最後に持ち主がいたのは八十年前? いや、住んでたのが八十年前で、その後十二年前にもの好きが購入したけど、結局幽霊に立ち入りさえ許されなかったらしい」
「いない? 幽霊いない?」
モートンの後ろで、ウルがそんなことを言っている。
さらにその後ろにはヴァンとホリーも続いており、四人で子供の遊びのように一列になっていた。
「えーと、報告されてる限りでは、入ってすぐに血痕か死ぬ人間の幻影が見られる」
「見えないな。というか、死霊その者が気配を殺してるような雰囲気だ」
ルイスの説明にモートンは辺りを見回すが、それらしいものは見つからず。
「私が配下に置いたのは一番強く屋敷にとり憑いてた子よ。他の木っ端は消し飛んだわ」
「それって除霊と何が違うの?」
アンドリエイラにヴァンが聞くと、ホリーが答えを知っていた。
「一番強いのが残ってるの。けっきょくは人間じゃ除霊できない相手なの」
「でも、お嬢に敵わないし、お嬢がいれば出ても来ないんだろ?」
自分の言葉に納得したヴァンは、モートンの後ろから出て幽霊屋敷を探索し始める。
手近な部屋を覗き込んで、未知を体感する楽しさに目覚めていた。
その姿にウルとホリーも怖がるのが馬鹿らしくなり、解放されたモートンは溜め息。
「ここなんだろう? 広い部屋で、この残骸は?」
「うわ、天井の照明が落ちてるじゃないか。床逝ってんだろ」
ヴァンに釣られて覗き込んだサリアンに、ルイスは資料を捲る。
「そうそう。霊障でこういう派手なことされた跡は残ってるから、改修が必要なんだよ」
言われた途端、ヴァンはサリアンの後ろにへばりついた。
モートンの後ろから出ようとしてたウルとホリーも戻る。
「さすがに、そのままにしてたわけではなさそうだな?」
「それはね。遺体の運び出しもあるし、病気の元になりそうな血痕も大抵は片づけてある」
残骸しかない室内を確認したモートンに、ルイスが軽く答える。
「他は何か問題あるのか? この奥がリビングか? お、こっちは台所だな」
サリアンはヴァンを引きずるようにして奥へ向かった。
アンドリエイラも続いて、台所だろう場所を覗き込む。
「あら、広い台所ね。でも、ずいぶん水回りが古いわ。これ、何処から水を汲んでくるの?」
「いや、えーと…………あぁ、なんかここを最後に買った物好きが、当時最新の設備を設えたらしいね。で、客招いてのゲストハウスにしようとしてたそうだ」
最初の部屋はプレイルームという応接間。
台所に近い部屋は食堂兼談話室だという。
「結果、嵐の夜に閉じ込められた人間たちが、霊に憑かれ殺し合い」
続くルイスの言葉に、幽霊を怖がっている三人が悲鳴を上げる。
アンドリエイラは気にせず、怖がる三人に呆れてみせた。
「何処の家も、年数が経ってるなら人死にくらいでているものでしょう」
「人殺しはなしでしょ!」
「それはないです!」
住むことになりそうなウルとホリーが拒否を叫ぶ。
「大丈夫よ。殺した側も殺された側ももう残ってないし」
すでに、アンドリエイラが支配する場から弾き飛ばされている上に、霊として弱ければその反動で現世から消えているのだ。
「そもそもこの屋敷で死ぬことで、配下に入れられて無理やり現世に縛られてたのよ。その軛から外れたから、もう現世に残ってもいないわ」
「やっぱり除霊みたいなものなんじゃないか」
幽霊がいないとなり、ヴァンは気を取り直してサリアンの後ろから離れる。
ホリーもウルも、迷惑そうなモートンから手は離すが、主張はした。
「けど、床とかは張り替えてほしいです」
「そうだね、なんか嫌だし壁も塗り直してよ」
「それは私も嫌よ。汚れはできる限り除いてもらうわ」
「はいはい」
アンドリエイラの希望に、ルイスはメモを取る。
「で、えーと、最新の水回りは、地下に貯水槽を作って、それを流しの横の手漕ぎポンプで汲みだしてた。けどこれも使えなくなってる可能性が高いそうだ」
「地下まで手を入れるとまた金がかかるな」
サリアンが水回りの改修を諦めるようなことを言うと、反論が飛んだ。
「あら、水回りは大事よ。そこから病気になって死ぬ人間なんていくらでもいるじゃない。いっそそこにこそお金は使うべきね」
「えー、川近いんだから汲んで来ればいいじゃん」
「病気の心配はわかりますけど、お金は節約すべきではないですか?」
金を出す側のウルとホリーが渋る。
「お嬢も考えて提案しているんだ。そう渋い顔をするな」
モートンが取り成す間に、サリアンは天井を指してルイスに聞いた。
「で、天井穴開いてるけど二階どうなってる?」
全員が天井を見上げれば、確かに人一人落ちそうな穴が開いている。
ルイスは資料を探って原因を口にした。
「あー、寝てる間に二階の奴が転落死ってのもあるな」
「梁は無事だって、霊が言ってるわ」
アンドリエイラが言うとおり、霊も屋敷に憑いているからには、建物の崩壊は望まない。
そのため、屋敷が崩れ落ちるようなことはしていないと訴えていた。
ただ、殺人を自供する発言に、生きた人間たちは退く。
「二階はもう、一度解体して見るしかないか。これは思ったより出費がかさむな」
「あら、業者を手配と言っておいて。さらに取るの?」
アンドリエイラがルイスに詰めると、対抗していたホリーとウルは頷く。
「仕方ないのは見てわかるだろう?」
ルイスは悪びれず肩を竦めて笑う。
「そうなると、ドラゴンがいくらになるかがカギだな」
モートンも大きな買い物であることはわかっているので、予算の範囲を確かめるように助言する。
サリアンも金銭問題は他人ごとではないので、もう一つの入金の当てを挙げた。
「あと、カーランの野郎がどれだけ出すかだな」
「心臓取っておいて、俺たちに安い働きはなしだぞ」
ヴァンが疑うように言うのは、カーランという商人への信用度が如実に表れる。
ただ今回、サリアンはあまり心配してはいなかった。
「そこはお嬢の働き込みだからな。下手なことはしないさ」
カーランも森の主を相手に詐欺はしない。
どころか、損得を考えれば取り返しの利かない命を懸けるほどの金額でもない。
(これが俺たちだけとの金のやり取りなら、なんだかんだ理由つけて差っ引くんだろうが。今回はそれもないだろう)
カーランが出す金は、ホリーとウルがアンドリエイラと一緒に住むための資金でもあるのだ。
そうなると、アンドリエイラの目は他の労働に対する対価にも向く。
アンドリエイラにだけ常識的な金額を払って、他の冒険者から差っ引くことなどできない。
「そういうがめついところはきちんと考えてるんだよねぇ」
腐すウルに、サリアンは睨むが、ホリーは兄貴分を庇えない。
結局はカーランと同じレベルで争うのがサリアンだ。
ウルはルイスと回収について話し合うアンドリエイラに目を向けると、声をかけた。
「もう家はいい? じゃ、次買い物行こう」
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