24話:教会の与太話4
ホリーとウルを巻き込み、強制的にパーティーの人員も巻き込む。
そんな企てで退屈する暇を失くそうと考えたアンドリエイラは、余計な口は挟まず成り行きを見守った。
「じゃ、頑張ってホリーとウル連れてきて。サリアン」
「なんで俺が」
笑顔で押しつけるルイスに、サリアンは対照的な表情で言い返す。
「ホリーは確実に呼べるでしょ。その流れでお嬢さんなり、金で呼べばウルも来るって。最初から正直に話して誘うよりも、まずはここに招いて話を聞いてもらおう」
「確かに個別に警戒されても、そっちのが面倒か?」
「なんだったら、ギルドに持ち込んだ馬の牙の査定だけなら早く終わってないか見に行く次いでなんて言い訳でもいいと思うけど」
つらつらと喋るルイスに、徹夜からの仮眠でやって来たサリアンは押し切られる。
「いってらっしゃーい」
サリアンが教会を出る背中に、ルイスは笑顔で手を振った。
一連の様子を見ていたアンドリエイラは笑って、ルイスに目を向ける。
「化け物と二人きりになるのに、自分が残るだなんて。ずいぶんな自己犠牲ね」
ルイスは笑みを崩さず応じた。
「まさか。このとおり俺は虚弱だからね。新町まで歩くのが面倒なんだよ」
「そう…………」
含みを持って答えるアンドリエイラに、ルイスは笑顔に本音を隠す。
(実際自己犠牲なんてもんじゃないさ。そもそもここは結界で守ってるんだ。離れたほうが危ない、そういうことだ)
ルイスは内心で言い訳をしているが、すでに入り込まれている。
結界が効かない上に、名無しであることも判明した。
アンドリエイラからすれば、そんな場所から幼馴染みを逃がしたようにしか見えない。
ルイスの行動は自己犠牲以外の何物でもなく、結界を維持する己が離れれば、孤児院にも影響があることを懸念していることも想像できた。
(別に何かするわけではないけれど)
それでも強敵扱いは悪くないというのが、アンドリエイラの単純な考えだ。
「あなたたち似た者同士ね」
「何処が!? …………失礼」
勢い込んで否定しようとしたルイスは、自分の必死さに気づいて取り繕う。
だと言うのに、アンドリエイラは気にせず並べ立てた。
「打算的で露悪的で、なのに情が深くて世話焼きなところよ」
言い返そうとしてルイス一度口を閉じる。
(正面から言ってもこの老獪な相手には通じないか)
方向を変えるために、自身の金髪を払う。
そして最も夫人受けのいい角度でアンドリエイラに顔を向けた。
「ま、この美貌はあのぼさぼさ頭には真似できないからね」
「えぇ、そうね。プライドを守るための立ち回りの良さは、あなたのほうが優れているわ」
強がりを読まれて、ルイスは取り繕うのやめて両手を上げる。
「あいつは感情に素直だからね。ヴァンを見てるとそういうところ兄弟だと思うよ」
「ホリーの人当たりの丁寧さは、あなたの教育の賜物ではなくて?」
サリアンの雑さに、ヴァンは影響を受けている。
しかしホリーは同じ環境で育ったと思うには、丁寧すぎた。
アンドリエイラの指摘に、ルイスは少し誇らしげに胸を張る。
「いやぁ、負けず嫌いの奴らに比べてホリーは清く正しく礼儀を重んじるいい子だからね」
「あら、サリアンとヴァンも教育しようとはしたのね」
アンドリエイラはじっとルイスを見つめた。
「預かって育てて。なのにあなたの縁はサリアンへ向かっているわ。何か縁を切りたくないことでもあったのかしら?」
「…………お嬢さん、好奇心で他人の内側を踏み荒らすのは、褒められた趣味じゃないな」
ルイスは笑顔で拒否する。
それは愛想笑いでも、ごまかしでもない。
それ以上踏み込むなら捨て身になってでも抵抗する、そんな威嚇の笑みだった。
二百年ぶりの人間との対話。
浮かれているアンドリエイラは威嚇であっても楽しく、にっこりと笑い返す。
(この人間たち、面白いわ)
そんな反応に、ルイスも威嚇の意味が通じていながら、通じない相手とわかって脱力した。
「お嬢さんが言うほどおおげさなことじゃない。ただ…………ただ雨が降ったら迎えに来るのがあいつの役割なだけさ」
「そう。だったら、サリアンが濡れていたらどうするのかしら?」
雨が何かの比喩と受け取ってアンドリエイラは聞き返す。
しかしルイスからすればそのままの意味だ。
ただ、ある雨の日の思い出の話。
自らの余命が危ういと知った、失意の中のできごとだっただけのこと。
憎まれ口をたたきながら迎えにきたサリアンの、いつもと変わらない姿。
憐れまないどころか罵りさえするそのふてぶてしさ。
(あの時、あいつに対してのふざけるなって思いが、原動力になったんだよな)
放り出してしまいそうな日々を、サリアンへの怒りが繋ぎ止めた。
笑えば大抵上手くが、そのくせ虚弱で何一つ上手く行かない体。
そんなルイスに、サリアンは優しくするどころか罵り、優位に立って嘲笑うこともする。
だからこそ、行き場のない怒りを向けられる相手だった。
そしてサリアンはすぐさまたたき返してくるからこそ、また次も怒ろうと思える。
心が動くのだ。
「…………冬だったらまずは風呂に入れて、燃料費を吹っかける」
「ぷ、ふふ、あははは。なぁに、それ? 可愛らしい意地悪ね」
「これを可愛らしいと言えるお嬢さんはずいぶんと寛容だ」
ルイスからすれば、怒り散らすサリアンが想像に難くない。
ただアンドリエイラからすれば、労を負ってる時点で正当な対価でしかなかった。
それを意地悪のつもりで言っているのだから、可愛らしさに笑うしかない。
(薪を運んで火を焚いて、沸かした湯を張って、その上で迎えに行ってあげるのに)
恩を着せる言動をすることで、サリアンが気後れよりも怒りを選べるように。
見透かすアンドリエイラの目に、ルイスは視線を逸らして、話も逸らす。
「サリアンに対して一番懐いてるのはヴァンだよ」
「そうね、あれだけ文句を言ってるのに」
「おや、そう思えることが昨日の今日であったかな?」
「だって、怖いことがあればサリアンの背に隠れるのよ? あんなに大きく育っているのに。本当に懐いているという感じね」
ホリーはもっとも信頼と実績のモートンの後ろへ走った。
けれどヴァンはサリアンの背に隠れるのを、アンドリエイラは見たのだ。
「あいつもまだ子供だからねぇ」
「そう言えばお酒が嫌いなのよね」
「あ、違うよ。苦さとか渋さとか酸っぱさが嫌いなの」
「まぁ、可愛らしい」
完全に子供の味覚だ。
「で、それだから野菜も嫌いで。出すと騒ぐんだよ」
「そう言えば、カーランの所でも煮物には手をつけていなかったわね。好き嫌いは駄目よ」
アンドリエイラがそう言った時、教会の扉が開いた。
サリアンがホリーとウルを連れて戻ったのだ。
さらに後ろには、ヴァンとモートンというパーティーも揃っている。
教会の入り口を振り返るアンドリエイラとルイスの姿に、サリアンは眉間を険しくした。
「今度は誰の与太話だ」
雰囲気を見て察したサリアンに、アンドリエイラとルイスは目を見交わす。
特別隠すことでもない。
サリアンの血筋ほど重い話でもない。
アンドリエイラとルイスは声を揃えて答えた。
「「野菜嫌いのヴァン」」
「そ、そんな子供みたいな言い方ないだろう!」
ヴァンが慌てて文句を言うが、誰からもフォローはない。
サリアンも呆れたふりをして、内心はまた余計なことを言っていないか疑っていた分、安堵していた。
(また適当言われても面倒だしな)
その上でどう話を持って行こうかと考えつつ、サリアンはまだ眠そうなホリーとウルを見る。
アンドリエイラは完全に投げており、特に自分から切り出す様子もない。
サリアンは、ホリーとウルにどういえば、アンドリエイラと暮らすと頷かせられるか。
騒ぐヴァンを横目に、その段取りを考え始めていた。
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