第113話 ヴァニラの使族
しばらくして、ヴァニラはベットで仰向けになったまま返事をした。なんの抑揚もない声で言う。
「ヴァニはー、ドワーフなのー」
「ドワーフ……? ドワーフって絶滅してたでしょ?」
アリスも同じく驚いている。ヴァニラは「んんん」と声を出して、起き上がった。
「絶滅してないの。絶滅したと思われてる使族は、意外とその生き残りがいたりするの。ヴァニも生き残りなの」
「そうなのか? んじゃオーガとかもまさか生きてるってこと……?! 悪魔とかも?!」
アリスは腕を摩って怖がる素振りをする。
オーガは──たしか人間を食べる使族だったっけ。どんな見た目をしているんだろう。《変身能力》を持っていて、悪魔も同じく人間を食べる使族だったはずだ。
ヴァニラは頬に手を当てて頭を傾けた。
「オーガはうーん。ヴァニは分かんないの。でも人間を食べる使族は入れ替わりで生まれてるから、多分いないの。悪魔もそうなの。いたら分かるの」
「どうして分かるの?」
ヴァニラは少し迷う素振りをした。話すかどうか躊躇っているらしい。瞳をとろんとさせて面倒くさそうな顔をして──でも、すぐに切り替えた。ぱちくりと目を開けると、わたしたちに言う。
「悪魔の見た目は変なの。妖鬼とは違う角が生えてたり、バドルみたいな翼が生えてたりするの。形や姿はマチマチだけど、とにかく変なの。身長が小さかったり、腕が四本だったり、体が黒かったりするの。青色とかの。明らかに見た目がおかしいからの、普通に見れば分かるの」
たしかにそんな姿の使族がいたら、一発で分かる。そして今まで陸を旅してきて、そんな使族はいなかった──。
アリスが言う。
「バドルって、夜の森にいる魔物だよな? なんか超音波とか出して、逆さ向きに木に留まるとかいう……」
アリスの言葉に、ヴァニラが小さく頷いた。
バドルはわたしは初めて知った。海にはいない魔物だからかもしれないわね。わたしはヴァニラに向かって話す。
「ヴァニラは悪魔を見たことがあるの?」
「ないの。でも、使族教会で教えてもらったの」
「使族教会?! あそこって、そんな話もしてくれんだ」
「そうなの。使族教会は使族について調べるのが本分みたいなところがあるからの」
使族教──。
聖ナチュル国で信仰されている宗教だ。たしかに使族教は、使族を大事にしていたような気がする。人間は文化や文明、魔道具を作るのをやめて、自然と共に生きようと唱えていたような。
わたしはまだ聖ナチュル国には入ったことがない
(これ以上詳しいことは、わたしも分からないの。とりあえず今いる南大陸の西側の国ね。ニンフか何かの生き方を良しとしていたような……。
あぁ、ニンフは森や川などの自然で暮らす使族よ。名前は似てるけど、エルフとは違うわ。ニンフは服が木の葉や水泡でできていて、髪の毛も自然のものでできている。ドライアド、ナイアドと色々な種類のニンフがいたわね。前にシャーク海賊団で寄った無人島にたくさんいたんじゃなかったっけ)。
アリスが足を組み直して言った。
「けどさ、あたしこんな話を聞いたことがあるよ。悪魔には《憑依》っていう能力があって、人間の体を乗っ取ることができるって……」
《憑依》?! なにそれ、怖い……
(これは《使族特有の能力》のことでしょうね。人魚でいうなら《操波》っていう海の波を操る能力のようなもの。ヴァンピールの《高速治癒》とかね)。
乗っ取られるのが人間だけでよかった。まぁ今は悪魔はいないみたいだから、怖がらなくてもいいんだろうけど。
隣でヴァニラは、難しそうな顔をして頷いた。
「それも知ってるの。でも、《憑依》された人間を見破る神力を持つ人間がいるの。能系殊人での」
「ほう、なるほどね?」
「だから、もしも本当に《憑依》してる悪魔がいたら、みんなにバレちゃうの。でもバレてないし、話題になってないから本当にいないの。それに使族教会が言うにはの、悪魔は《憑依》の能力を神に剥奪されたの……」
剥奪?! そんなことが起こるの?!
しかも《憑依》を見破る能系殊人まで。わざわざそんな神力が生まれるってことは、相当悪魔は悪いことをしたんでしょうね。それこそ神様が悪魔を絶滅させたようなものじゃない。
神様に仇を成したとか、世界を破滅させようとしたとか、そんなことを画策したのかしら。
アリスはむむっと唇を尖らせながら、再びヴァニラに問いかける。
「ちなみに、そもそもその神力を持つやつって多いのか?」
「むーん、かなり多いと思うの。使族教会で教えてもらった時は、四人に一人は見破られるようになっていたって言ってたの」
「神様は、悪魔を絶滅させるためにそんな神力を作ったのかしら?」
わたしがそう尋ねると、ヴァニラは眉をへの字に曲げたあと小さく頷いた。
「たぶんそうだと思うの。むしろそうじゃなきゃ、そんなにたくさん依授されないと思うの。ほぼ誰でも見破れるくらいだったの。それにもし見破れる人が今はいないとしても、おかしなことになってないから悪魔はいないと思うの」
「おかしなこと?」
「人殺しがいっぱい起こるとか、嫌がらせや他人を怖がらせるような人が話題になるとか、そういうのなの。悪魔がいた頃は酷かったらしいの」
「使族教にはちょっと偏見を持ってたけど、案外すげえんだな。あたしも今度遊びに行こうかなー」
アリスは旅の計画でも練っているのか、ちょっと楽しそう。
わたしはふと無人島のことを思い出した。ヴァニラに尋ねてみる。
「パーンはどうなの? それこそ、オーガも……」
「パーンはもしかしたら生きてるかもしれないの。オーガは《変身能力》があるからの……」
アリスが声色を低くして、恐る恐る話す。
「つまりさあ、オーガは人間とかに化けたりできるってこと……?」
「オーガは頭が悪いらしいの。だから、人間になると喋り方ですぐに分かっちゃうらしいの。つまり人間とか他の使族じゃなくて、“物”になるの」
「えっと……、椅子とか机とか、そういうこと?」
「そうらしいの」
《変身能力》といえば、ナイトメアも持っていたはずだ。わたしは再度ヴァニラに聞く。
「ナイトメアも《変身能力》を持ってるわよね? 彼らも“物”になるの?」
「ナイトメアは何にでもなれるの。“物”じゃなくても大丈夫なの」
じゃあ、誰がナイトメアでもおかしくないのかしら? なんだか怖くなって、わたしは腕をさすった。ヴァニラはそんなわたしを見て首をかしげている。
「それよりさ、ヴァニラはドワーフなんだろ? 他のドワーフはどこにいるんだ?」
アリスが明るい調子でヴァニラに聞く。ヴァニラははっとした顔をしたあと曖昧に俯いた。左右のツインドリルがやんわりと揺れる。
「分かんないの……」
「子供の時の記憶がないの?」
「ないの……」
「気にしなくていいわよ。ドワーフはどんな使族なの?」
ヴァニラは慌てたように目を泳がせたあと、こちらを探るような声で言った。
「えっとぉ、みんな小さいの」
「ヴァニラみたいに?」
「……そうなの! あとはお酒が好きなの!」
「ヴァニラもそうだものね。ラムズとはどうやって出会ったの?」
「たまたま見つけてくれたの! ずっと助けてくれてるの!」
「へえ、ヴァニラとラムズってそんなに仲良いのか」
アリスは少し驚いて言った。ヴァニラは頭を振る。
「仲良しとは違うかもしれないの。ヴァニもラムズのことを助けることがあるからの!」
ヴァニラはにこにこっと笑って、お酒を飲んだ。
助け合ってるなら仲良しって言っていいと思うけど、彼らの中にも色々あるのかしら?
それよりヴァニラは案外物知りなのね。玩具の街の神造域の時も、知っていたけど教えなかっただけなのかしら。ラムズに口止めされてるとか? 今回はラムズがいないから、饒舌になって色々教えてくれたのかしら。
考えてみれば、ラムズの話のほとんどをヴァニラも知っていたような気がする。ヴァニラはやっぱり長生きなのかもしれないわね──。
ちょうどそこで、乾いた音が部屋に届いた。誰かがノックをしている。わたしとアリスが顔を見合わせ、アリスが返事をする。
「誰だー?」
「ロミューだ。ウィルを連れてきたんだが……入ってもいいか?」
なんだか変なの。ロミューが部屋に入るのにわざわざ確認が必要なの? お店の人なら分かるけど……。でも、疑問に思ってるのはわたしだけみたい。
アリスは椅子から立ち上がって扉を開いた。ロミューの後ろに、背の低い華奢な男の子が立っている。
藍色の髪の毛で、左と右で目の色が違う。左が青色、右が緑色だ。右の瞳は森を映したような緑、左は小川の青。
気取った歩き方でロミューの後ろから姿を見せた。身長はわたしより小さい。さらさらの青い髪が揺れる。
ロミューがわたしに向かって口を開いた。
「その、こいつちょっと変わってるんだ。普通の人間なんだが、まぁ、なんというか少し……」
いったいどうしたって言うんだろう? ロミューが口篭ると、隣のウィルスピアは瞳をキラキラさせて、恭しく礼をした。
「よろしくね?」
「おいウィル、もう少し何か言ってもいいだろう。こういう時は自分のフルネームくらい言うもんだ」
ウィルスピアは幼気な瞳をくりっと丸めて、小首を傾げた。
「誰の話にも耳は差し上げよう。だが口はやらん」
子供らしい、高くてあどけない声。彼は真っ直ぐにわたしを見てそんな声を放ったけど、その視界にわたしという存在はなかった。焦点の定まらない瞳は、むしろ不気味なくらいだ。
「え? 何言ってるの?」
ロミューは大きな溜息を一つついて、やれやれという風に頭を振った。
「ウィルはいつもこんな調子なんだ。どういう意味か聞いても、本人も分かってないのか答えてくれない」
「ぼくはウィルスピア・ワトー! フェアリーのことばが分かるの! すごいでしょ?」
さっきとは打って変わって子供らしい言葉遣いだ。たたっと駆けて、わたしにしがみつく。
「メアリおねえちゃん。よろしくね」
「え、ええ。よろしく」
「人間なのになんでウィルはこんなに変なんだろ」
アリスはわたしの隣で唸っている。
「よく知らんが、迷宮で長らく過ごしていたことがあるらしい。そのせいかもしれないってラムズが言ってたぞ」
「フェアリーの言葉が分かるから、フェアリーみたいに頭がおかしくなったの!」
ヴァニラは楽しそうにそう言って、ソファに座ったままバタバタ足を動かした。ウィルがそれを見て、彼女の隣に座る。
こうして見るとヴァニラの小さなお兄ちゃんみたいね。──少なくとも見た目は。
「ウィルは何歳なの?」
「10さい! しんちょうは137センチル! 紅茶がだいすき! tea!」
話し方がなんだかたどたどしいわね。見た目はたしかに10歳くらいなんだけど、もう少し幼いように思えちゃう。ヴァニラといいウィルといい、見た目と精神年齢がみんなおかしいわね
(そんなこと言ったらラムズも見た目と歳が釣り合ってないから、まぁこんなものか)。
「でもウィルは能系殊人なんだし、人間なのよね?」
「もちろんそうだ」
「人間なんて服を剥ぎ取れば、哀れな裸の二足動物に過ぎない」
今度はアリスが溜息をついた。
「また言ってる」
「ぼくのteaは? teaがほしい!」
「じゃあ部屋に戻ろうな」
ロミューが大きくてゴツゴツした掌を、ウィルの頭に載せた。ウィルはにこっと笑っている。
「そうそう、メアリが人魚だって話はもうしておいた。分かってないような素振りも見せてたけど、たぶん平気だろう」
「ありがとうロミュー。えっと……誰にも言わないでね?」
なんだか彼は変だから不安だわ。わたしの声にウィルはびくっとさせて、コクコクと頷いた。
「だいじょうぶ。ぼくはおかしなものをたくさんみてきたんだ。いまさら人魚なんてぜんぜんこわくないよ」
長い台詞も普通に言えるみたいだ。ウィルはふとわたしから視線を外すと、ヴァニラのくるくるの髪の毛を触りに行った。わたしは自分の目を指さして言う。
「ウィルのその瞳、どうして両方で色が違うの?」
「メアリ、それ聞く?! こういうのは──その、事情があることが多いじゃん……?」
アリスは笑い声を含ませながら、呆れて言う。そのあとアリスがぼそっと「まあウィルにならいいのかな」と付け足すと、ロミューがそれを睨んだ。
ウィルはヴァニラの髪の毛から手を離すと、上目遣いでわたしの方を見た。
「目…………」
彼の顔から笑顔が消え、きゅっと口が結ばれた。消え入りそうな声が零れる。
「……おかあさんがやった」
「え? なにを?」
「メアリ、もうやめとこ」
アリスがわたしの手を取った。何をやめるって言うんだろう?
「右は母の罪悪感、フェアリーの親愛」
「つまり……どういうこと?」
ウィルは立ち上がって、あっかんべーをした。ロミューの腕を引っ張ってドアの方へ向かう。
「teaがのみたいんだ! はやくいこう!」
「すまんなメアリ。じゃあまたあとで」
わたしは釈然としないままロミューとウィルを見送る。ついでにアリスの言葉の意味すら分かってない。
二人が部屋から出て行ったあと、アリスが溜息混じりにわたしへ話しかけた。
「あの目って他の人と違うじゃん? そういう時は理由は聞かない方がいいんだよ」
「どうして?」
「本人が話したくないかもしれないだろ?」
「でも、話したくないならそう言えばいいじゃない」
「言ってたじゃん」
「言ってないわよ?」
アリスがむっとした顔をした。わたし何か言ったかしら?
「んー、ちょっと嫌そうな顔してただろ? 俯いて『おかあさんがやった』って言ってたじゃん。お母さんと何かあったんじゃないの?」
「何かって?」
「それを聞かれたくないから、ウィルは落ち込んだんだよ」
「ふうん……」
よく分からない。
ヴァニラに意見をもらおうとしたけど、彼女はお酒のラベルを見てニマニマしてるばかりで、全くこっちの話を聞いてない。
「よく分からないけど、わたしはアリスのことも怒らせたの?」
「え、あー。ごめん。怒ってないよ。もうこの話はおしまい! 仕方ないね、人間じゃないんだもん」
アリスは自分の顔の前でひらひらと手を振ると、明るい笑顔を作った。
「それより! 魔法どうすんの?! 使えないままじゃ困るでしょ?」
「そうね……。やっぱりラムズに頼んでみようかしら。でも素直にやってくれるかなあ……」
ヴァニラはその話にももう興味を失っているようで、やっぱり反応は示さない。横目でちらっとそんな彼女を見たあと、わたしは頷いた。
「とりあえず、頼もうと思うわ」
わたしがそのまま部屋を出ようとしたら、アリスが肩を掴んだ。
「今行かなくてもいいだろ?! 今日はここで泊まろうぜ。明日、一緒に会いに行こう!」
「分かったわ」
主人公・メアリ
絵:神谷吏佑様
※この絵はある特別短編のために描き下ろしたものであり、実際の原作では、呪いにかかっている今の状態のメアリは、頬に鱗はなく、耳も人間と同じ耳の形をしています。
このイラストは、件の書籍化プロジェクトリターンでお渡しする予定のものです!
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2巻の方は第2章から大幅加筆し、まったくの新しいエピソードを10万字分追加しています。もし迷っている方がいたら、TwitterDMまで気軽にお問い合わせください。
私としては、愛殺は紙書籍にして初めて本物の本として楽しめる作品だと思っています。愛殺の更新を日々楽しみにしているという方は、購入して後悔することはないと思います。
自費出版ですのであくまで同人作品ではありますが、商用本とは変わらないクオリティ──否、むしろ商用じゃないからこそできるこだわりをたくさん詰め込みました。目次や本文のレイアウトは美しいですし、本屋さんで並んでいても見劣りしないと思います。手に取っていただいた方からも「本だ!!」と、たくさんのお褒めの言葉をいただいています。
本文から物語が始まるのではなく、本を開いた時から世界が始まる、そんな小説を目指して作りました。
また、メアリの()やシーン等の加筆もかなり行っているので、webで全て読んだことがある人こそ楽しめる仕様です。
(そもそも縦書きになったおかげでメアリの()が本文下部に移ってるため、とても読みやすいです)
webで読んでいる方が話についていけなくなるなんてことはありませんが、web版が「無駄な部分を削いで易しめに翻訳・編集した愛殺」だとすれば、紙書籍版は「世界をさらに楽しめるようにした原作に近い愛殺」だと思います。新しく書き下ろしたシーンや会話、愛殺世界特有の言い回しや新たな世界観の情報等々が増え、愛殺世界や愛殺のキャラクターをとても気に入っている方、また好きな小説・漫画の単行本は揃えてる!という収集癖のある方は、満足いただけるものとなりました。
買っていただいて埃を被ってしまうというのは私の本意ではないので、本当に欲しい方が手に取ってくれれば嬉しいです。
B6サイズという大きめの本にした関係で一冊1400円弱と少しお高いのですが、愛殺ファンだ!!と思っている方はぜひ活動報告やTwitterを見ていただけたら嬉しいです。
※今後の更新の目処についてもお伝えしてあります。
今後とも愛殺をよろしくお願いします。




