第109話 初めての戦い #R
#Rレオン視点
商隊は二人の冒険者を雇っていたようだ。彼らと俺、シエリ、あとはゼシルが戦うことになった。荷馬車が襲われないようにするだけでいいらしい。生死問わずで、とりあえず防衛に回れと言われた。
荷馬車が動きを止めると、俺は荷馬車から飛び出した。全員で荷馬車を取り囲むようにして構える。
盗賊は自分たちが隠れていることに気付かれていると、ようやく分かったらしい。魔木の幹から顔を出して、順番にこちらに迫ってくる。10人はいそうだ。
親玉らしい男が全員に手で合図する。
「相手は五人! 寄せ集めだ! いつも通り!」
俺はぶるりと肩が震えた。盗賊ってもっと、こう……違くねえか? 「ぐへへへ」みたいな感じじゃないのか……? アニメの見すぎ?
もしかして手練れの盗賊? 俺たちのシャーク海賊団のような?
怖がっているあいだに、目の前に一人の男が迫っていた。持っているのは短剣だ。
短剣が突き出され、間一髪避ける。素早い剣捌きに対して、俺はガムシャラに自分の剣を振り回した。何度か腕に切っ先が当たり血が流れ始める。その度に傷が疼いた。
──どうしたらいいんだ? どうやって戦ったらいい?
メアリの戦い方を思い出して、俺は魔法を使おうとする。剣を持たない手を掲げようとした時、相手が早口で言った。
「【炎よ、弾丸に ── Flamm Bullet】!」
黄色い炎の弾丸が俺の方に飛んでくる。やばっ! 咄嗟に口をついて呪文が流れた。
「【水よ、砲撃せよ ── Aque Germinant】!」
少量の水が飛び出して炎を打ち消す。だが次の瞬間、肩に鋭い痛みが走る。敵が剣で突いたんだ。気付かなかった。俺は体勢を崩して、剣を落としそうになった。男の真剣な眼がこちらを掴む。高く短剣を掲げて迫ってくる。
怖い、怖い! けどやるしかないんだ! 少しは戦い方を習ったんだ。俺にもできる!
なんとか右手を起こして相手の短剣に剣をぶつけた。金属のかち合う嫌な音が鳴る。男が俺の手首を狙う。身を引いて渾身の力で剣を弾いた。
「クソッ」
相手の短剣が落ちる。男は舌を打って、懐から新しい剣を出そうとした。何とかしねえと。魔法だ魔法。さっきやったじゃないか。
一番強いのは……今思いつくのは……爆発? そんなに強い爆発魔法は使えないけど、少し火を飛ばすくらいなら──。
「【炎よ、爆ぜよ ── Flamm Iruptio】!」
目前で炎が爆ぜて、男が吹き飛ばされた。
──こ、殺した?
男の服や顔が焼けただれている。見るも無残な姿だ。男は怒り狂って、落とした剣を手にこちらに走り込んでくる。
ガタンッ。
俺は地面に押し倒された。思い切り背中が打ち付けられる。痛い。
「ッハァ、ハァ」
溶けて赤くなった肌の顔が迫る。男は短剣を掲げて俺の首筋に突き立てようとする。時が止まったようになって、目の前が真っ暗になった。
──怖い。分からない、今度はどうする? また剣を弾き飛ばす? だけどこんなに怒り狂ってたら、そう簡単には手からは外れなそうだ。じゃあ魔法? なんの魔法を使えばいい? また火の元素を使うか──? だけどこれ以上やったらこの男は死んじまう。それにこんな至近距離で打ったら俺にも被害が……。
とにかく立ち上がれ! 俺! だけど打ち付けられた衝撃で背中が痛い。痛くて立てない。声も出せない。どうしたらいい?! もうダメだ、分かんねえ。
俺は目をつむった。直後、ずしりと身体に重みを感じて、恐る恐る目を開いた。
「戦闘中に眠るなんて、何を考えているんだ?」
鋭い眼でゼシルが見下ろしている。だがすぐに視線を逸らされた。俺は自分の身体の上に乗っている男をどかして、なんとか立ち上がる。
男は死んでいる。
でも、俺が殺したんじゃない。これは俺じゃない。
一歩ずつ彼から目を背けるように離れた。こんなグロテスクな死体は──見たくないのに。
視界がその男に磔になったように動かない。──そのとき魔法の爆破音が聞こえて、金縛りが解けたように目線が外れた。
……しばらくはゼシルのことを見ておこう。
彼は的確な場所に魔法を放っている。早口の呪文で、炎や氷の細い槍のようなものが盗賊たちの心臓を打った。弓矢をつがえているようにも見える。
敵の身体に槍が刺さるたび、氷の粒や炎の残り火が四散する。ただ人を殺しているだけなのに、花のように舞う魔法の残骸は美しいとさえ思った。
いやむしろ、そう思わないとこの場には立っていられなかった。
荷馬車の周りに盗賊はいなくなり、残った盗賊も林の奥へ逃げていった。
隣に立っているゼシルは、息を整えてから俺の方を見る。
「人と戦ったことが全くないのか。そして殺されそうになったこともない」
「おう……」
「魔物からでいいから、もっと戦うべきだな。シエリに聞いた。相当安全な世界だったんだろ? 俺には想像もつかないが……」
ゼシルは赤い瞳を細めた。無表情のまま、腰に差した長い剣をすうっと引く。剣身が白銀に煌めく。ゼシルはそれを俺の方に向けて、顎の下に切っ先を当てた。くいっと俺の顔を上げる。
「ぜ、ゼシル……?」
ゼシルは冷えた視線で俺を見据え、顎下から剣をどかした。瞬間、それを振って俺の身体に斬りかかる。無意識に身体が反応して、ゼシルの剣とぶつかる。
ゆっくりと剣が下がる。さっきの冷たい眼が嘘のように笑った。
「悪くない。その調子で励め。俺には大した剣術はないが、レオンが望むなら相手をしてやろう」
「あ、ありがと……」
俺はだらりと剣を下げた。ゼシルは鞘に剣を戻すと、呆然としたままの俺に話しかける。
「どうかしたか? あれくらいで怯えていたら、誰とも戦えないぞ?」
「そう、だよな……。いや、びっくりしちまって」
「戦ってる時に余計なことを考える必要はない。相手を殺す──考えるのはそれだけだ」
「……おう」
小さな声で答えた。
ゼシルはまだ何か言いたそうにしていたが、コートを翻して俺に背を向ける。近くに停めてあった藍色の馬に飛び乗った。
俺もよろよろと歩き、荷馬車に乗り込んだ。まだ肩や腕の傷が痛かった。
シエリは文句を言いながら俺の傷を治してくれた。もちろん自分でも治したけど、正直回復魔法はシエリの方が上手い。──うそついた。たぶん戦うのもシエリの方が上手い。
シエリは嬉々として俺に「二人殺した」と報告してきた。いつの間にそんな経験を積んだんだか……。
「レオン、大丈夫?」
「まぁ。戦うのって難しいんだな……」
「私はレオンに会う前に狂妖鬼の二人と時間を共にしていた。嫌でも殺しは覚えました。もう何も思ってない」
「俺がぬるま湯に浸かり過ぎていたのか……」
シエリはむうっと悩ましげな顔をしたあと、頷く。
「むぅ、そうやもしれない。殺しに浮き足立っている。ある意味私は運がよかったのかもしれないです。レオンが随伴していたのはラムズ・シャーク……だっけ? 彼から戦いの教示は受けなかった?」
「おう。あの人も魔法で戦ってたし、人間じゃなかったし……」
「狂妖鬼だって人間ではないですが?」
「──そっか。俺の言い訳か」
「レオンがこの世界で生涯を遂げるというなら、次に踏み出すしかない。今度街に寄った時、私と一緒に魔物を狩りにでも行きますか?」
俺は頷く。拳を握って、また広げた。
こんなつもりじゃなかったんだけどな。俺って誰かに頼ってばっかりだ。自分一人では、結局なにもできていない気がする。剣術や魔法もあんまり向いてないのかもしれない。
俺が向いてることってなんだろう? 勉強? まぁたしかに高校は一応進学校だったからな……。
ちらりとシエリを見た。けど、それならシエリも同じだ。むしろシエリの方が頭はよかったような気がする。それなのにシエリは剣術も得意で魔法も────。
あーやめようやめよう。こうやってネガティブに考えるのは全然楽しくない。むしろ支えてくれる人がいてよかった。
俺はまだまだやることがある。メアリたちに会ってシエリを紹介したいし、メアリの鱗の件は手伝いたいと思ってる。人魚の噂も消さないといけないしな。
──そういや、そっかあ。
メアリがいたから、俺は案外自分らしさってものを自覚できてたのかもしれないな。メアリやラムズたちといると、彼らの常識に驚きつつも、自分のことも再確認できる。自分ってものがちゃんとある気がしてくるんだ。
この世界は、やっぱりいいかもしれない。
聖ナチュル国は昔からある国らしい。というか、使族教が古い宗教なんだとか。だからこの世界の歴史について学べるみたいだ。
教会は学校を作っていて、簡単な読み書きと世界の歴史について教えてくれるんだと。せっかくだから行ってみたい。もしかしたら、過去にも俺たちのように異世界転移してきた人の記録なんかが残っているかもしれない。
地球に戻りたいわけじゃないけど、帰る方法を調べるくらいはしておいてもいいはずだ。
「シエリ、色々ありがと」
「何が? どうかしました? 突然」
シエリはマスクを付け直していた。くしゃりと目を細めて笑う。地球にいた頃はこんな顔で笑ったところ、見たことなかった気がするな。
「なんというか、仲間がいてよかったなって思って。転移者、一人なのは寂しいだろ」
「そうかもしれない。けれど私の方こそ感謝を述べるべきですね。ゼシルを向かわせてくれたのはレオンでしょう」
俺は何もしてないけどな──そう言いそうになって、口を噤んだ。今はそうじゃない。
「いいってことよ。聖ナチュル国、楽しみだな」
「普通の国だといいのだけど」
「大丈夫だろ、たぶん」
俺は冗談めかしに笑う。
荷馬車がガタガタと鳴って、積荷が揺れる。向こうの方で、ヒッポカゲが鳴く声が聞こえた。




