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愛した人を殺しますか?――はい/いいえ  作者: **** 訳者:夢伽 莉斗
第5巻 玩具の街と銀の塔
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第99話 残酷さと愛情

 アヴィルはサフィアのことを探しに行くと言って、長く家を空けることになった。いつもなら30分か一時間で戻るんだけど、今回はもう少しかかるらしい

(こんなの大して“長く家を空ける”ってほどじゃないわよね)。


 ‎その代わり、女のラミアが家に来た。銀色の髪の毛に金色の瞳。‎髪はショートで、前髪も含めて顎の辺りまでの長さ。さらさらの髪だ。‎でもちょっと怖い印象がある。わたしのことを怒っているのかと思ったくらい。 

 ‎初め彼女は一人キッチンで料理を作っていたけど、今は低い机を挟むようにして二人で座っている。



 わたしが何か言おうとして口を開いた時、先に彼女が話し始めた。


「メアリだっけ。聞いていると思うけど、あたしはラミアよ」

「ええ、知っているわ……」

「メアリは無理やり連れてこられたんだって? 大丈夫? アイツになんかされてない?」


 よく分からないけど、意外と優しい人なのかな? アヴィルの友達じゃないのかしら。

 わたしが疑問に思ったのを察したのか、彼女は陶器みたいな顔を少し歪めた。くしゃっと笑う。美人の笑みって、素敵すぎる。


「あー警戒してんのな。分かる分かる。アイツやりすぎなんだよ。怖いだろ。ちょっとおかしいよね。ラミアの中でも、アヴィルは変わってるよ。変な趣味持ってるし」

「過去のせい?」

「聞いたのか。うん、そうだろうね。きっと拒絶されることに慣れてんだろーな。それが快感になっちゃってんだよ。だから、泣いてるメアリのことを気に入ったのかもしんない」


 へえ、と気のない素振りで返してみる。なんて反応したらいいのか、分からなかった。女の人はわたしの態度をそれとなく見たあと、心配そうな声を出した。


「大丈夫? 普通、ラミアと付き合うのなんて疲れちゃうよな」


 彼女は自虐的に笑った。この人もそうなのかな。アヴィルみたいに、相手を塔に閉じ込める?


「メアリ側のそういう気持ちはわかんだけどね、どうしようもできないんだ。耐えられないんだよ。束縛するとか、嫉妬しすぎるとか、嫌われんのはわかってんだけどねえ。やめられないんだ」


 彼女はひどく悲しそうに笑った。なんだか、恋愛が嫌いみたいに見える。


「ラミアが絶滅寸前になったなんて話があったけど、あたしはこんな使族、滅びちゃえばいいと思ってる。生きていくのも、恋愛をするのも、何もかも人様に嫌われるからね」

「えっと……あなたは、死にたいの?」


 彼女は目を細くさせて笑った。


「死にたいわけじゃないさ。ただ、ラミアという使族として生まれる人がいなければいいと思ってる。ラミアは子供が作れないけど、きっともし作れたとしても、誰も子供を産もうとは思わないかもしれないね」

「子供がかわいそうな目に遭うから?」


 肯定の意をもって、彼女はにこりと微笑んだ。「それより」と話を続ける。


「あなたのことだけど。サフィアのことが何とかなればいいんじゃないの? よく知らないけど。本気で探してるみたいだよ。アヴィルの考えることはよく分かんないね。残酷なのか優しいのか、あたしも分かんない」


 首をかしげて彼女は笑った。わたしは目を伏せる。


 ラムズに抱きしめられたり、アヴィルに抱きしめられたり、最近は忙しい。陸の人って、案外簡単にこういうことをするのかな。もう価値観がおかしくなってきちゃった……。


 人魚でいた時は、触れ合うことが少なかったと思う。ハグとかそういうの。友達同士でもそう。みんな独りで頑張って生きていく。だから頼ることもないし、泣いた顔を見せることもない。お母さんやお父さんに泣きつくこともあんまりなかったな。親と常に一緒にいたわけでもないから、そういう意味でも頼るって感覚があまり分からなかった。

 

 陸に来て、もちろん自分が人間の足を持っていることも“変わったこと”だけど、色んな部分で泣いたり傷ついたりすることが多くなった。でも、逆にそれを励まして支えてれる人がいた。

 


 人魚は高潔っていうけど、自分独りで生きていくという意味でも高潔だったのかもしれない。

 シャーク海賊団に入る前は、わたしはたしかに独りだった。それが嫌だと思うことも、疑問に思うこともなかった。でも、ラムズと会って、レオンと会って、人魚であることをみんなが知って、そういう風に接してくれて──。


 わたしの中で、少しだけ何かが変わった。


 抱きしめられることに前ほど違和感を感じなくなったのも、“変わったこと”の一つ。あと、初めアヴィルに襲われて抵抗できなかったのも、もしかしてそう? みんなに守られることに慣れて、頼ることを知ったせいで、一人じゃ生きていけなくなったのかもしれない。

 これがいいことなのか悪いことなのか、わたしには分からない。でも、前よりもわたし以外の人を()()()()()ようになった気がする。



 彼女が、ゆっくりとまた話し始めた。


「実はね、アヴィルはあたし以外のラミアに今日のことを頼むつもりだったんだ」

「どういうこと?」

「アイツ本当に(ずる)いやつだからさぁ。自分のものにしないと気が済まないわけ。その手段はなんでもいいと思ってんだろうね」

「……え?」


 彼女は少しだけ顔を歪めて、申し訳なさそうに笑った。こめかみを掻いてから、口を開いた。


「んー。実はね、他の男にメアリを襲わせようとしていたんだよ」

「どういうこと?」

「襲うまではさせないと思うけど──そんなことしたらアイツがキレるし──、でもメアリのことを怖がらせて、自分が助ければいいと思ったんだろうね。けど、あたしが止めたんだ。そうやって愛されてもしょうがないだろ」

「それは……えっと、うん……。アヴィルは……」

「おかしいだろー? アイツ。女からしたら最低だよな、ほんと」


 彼女が笑い、銀の髪がさらりと揺れた。本当に綺麗な人だ。ロゼリィも綺麗だったけど、ロゼリィとはまた違った美しさ。この人は氷みたいな冷たさの中に、温かさがあるっていうか。

 そう考えると、ラムズもそうだ。ラムズも氷みたいに冷たい。だけど、ラミアの二人は恐ろしいと言われる使族なはずなのに、どこか温かい気がする。


 でもそうだとしても、アヴィルは酷い。わたしのことを他の人に襲わせようとしたの? それで愛してるっていうのかな……。愛している相手にふつうそんなことするのかな。



 彼女はわたしの肩をとんとんと叩いたあと、真剣な表情をした。


「選択するのはメアリだからね。好きなようにしていいと思うよ。変なことされたら言いなって言いたいところだけど、アヴィルの許可がないと入れないしなあ」

「この家はどうなってるの?」

「んー。銀の森(シルベスト)ってのがあるんだけどね、そこにこの家──銀の塔があるんだ。塔の周りには池があって、池の周りは魔植(ましょく)で囲んである。そこの入口に入る時に、入ってきたラミアによって家が変わるんだ」

「家が変わる?」

「上手く言えないけど、一つの空間に重複して空間が存在してるって言えばいいのかなあ。それぞれのラミアの家が、同じ空間にあるんだよ。だからあたしの家も、これと間取りは同じなんだ。家具はそりゃ違うけどさ」

「えっと……なんだか変な空間ね? どうしてそうなっているの?」

「それも知らないのか。ここは神造域(アサイラム)なんだよ。だから空間がおかしいのさ。ラミアのための神造域(アサイラム)みたいなもんだね」


 神造域(アサイラム)だったんだ……。つまり、この場所こそ金の腕輪(ドラウプニル)が落ちたところなのかしら。八つのうちの一つってことね。空の雰囲気がおかしいのもそのせいなのかな

(たしかに(うろ)の季節だから空は灰色だけど、こんなふうに空がぼんやりしているってことはないの。霧があることもない)。

 ラミアが恋人と一緒に過ごすための家が、この神造域(アサイラム)か。


「まぁとにかくそんな感じだね。ちなみに、他の使族には全く塔が見えないんだ。あたしもだよ。アヴィルの家はアヴィルにしか分からない。だからアヴィルの道案内がないと、あたしはこの家に辿り着くことができないんだ。同じ場所にあるはずなんだけどね、とにかく変なのさ」

神造域(アサイラム)だものね」

「そういうことよ。おっと、そろそろ帰ってくるな」


 彼女は壁にかかっている時計を見た。アヴィルがいなくなってから、ちょうど三時間。三時間くらいなら一人で待っていられるのにな。

 わたしがむうっと唇を尖らせたら、彼女がクスクスと笑った。


「過保護だよな。けどラミアってみんな過保護だから。面倒な使族だけど、愛している者には本来優しいんだよ。アイツは愛し方がどっかおかしいけどね」

「そうなの……」


 優しいなんて言われたら、余計どうしていいか分からなくなっちゃうよ。もう家を出る必要もないのかな……。




 ◆◆◆




 もうすぐ寝る時間。アヴィルはベッドの上に座って、わたしのことを後ろから抱きしめている。

 黄色いランプが薄ぼんやりと部屋を照らしている。ここにももちろん窓はない。壁は木の幹みたいに凹凸があって、お洒落な模様が描かれている。

 それにしても、どうしよう。このまま流されていていいのかな。



 アヴィルがわたしの後頭部に顎をつけて、小さく呟いた。


「メアリ、何かあったのか?」

「えっと……、その、わたしは……」

「ラムズが好き、とか?」

「そうじゃないけど、分からないわ。好きって、何だろう」

「好きなんてテキトウでいんだよ。俺のこと好きになって。俺のこと愛して、必要として」


 アヴィルはわたしの身体を掴んで、正面に座らせた。アヴィルがじっとわたしを見ている。わたしの髪の毛に触れた。


「ラムズが好きなわけじゃねえんだよな? じゃあ俺でいーじゃん。一生俺と一緒にいよ。何でもしてやっから」

「でも……わたしは人魚だから、元に戻ったら海に帰らなきゃ……」

「あーそっか。離れなきゃいけねえんだ。やだなー。まぁ今はメアリが俺のことを好きになってくれることが先決」

「うん……。ごめんなさい……」

「ハァ……」


 わたしが目を伏せた瞬間、アヴィルが顔を歪めているのが目に入った。怒ってるのかな。それとも悲しんでる……? でも本当に、好きとか分からないんだもの。

 ‎ラムズのことだって、やっぱり好きにはなっていなかったのかな? 何をもって好きってことにしたらいいんだろう。一緒にいたい、離れたくない、とか? 今は決められないよ。わたしには、サフィアのことや呪いのことでいっぱいだもん……。



 急にアヴィルに強く肩を掴まれて、顔を上げる。


 ──うそ、でしょ? なんで?


 ‎アヴィルじゃなくてネヴィルだ。

 嫌だ、どうして? さっき好きじゃないって言ったから……? 嫌だ──。

 ネヴィルは、こわいよ。


「怖がりすぎ」


 ネヴィルは嘲笑で言った。わたしの身体を思いっきり押して、ベッドに押し倒す。すぐに覆いかぶさってくる。

 嫌だ……。なんでこんなことばっかりするの……?

 ‎ネヴィルは怪しい笑みを浮かべながら、わたしの頬に触れた。


「メアリはさぁ、性行為したことねえんだろ? 知ってる? 初めてってすげー痛いんだって。メアリ痛いの好きだよな?」

「好きじゃない……。やめて……」

「なんで? 別にいーじゃん。人間のやることだぜ? 人魚とは関係ねえだろ。痛がってんの見んの、オレ好きなんだ」

「やだってば……!」


 怖い。怖い、怖い。


 怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ。


 しばらくネヴィルと会っていなかったから? もう怖くて耐えられない。

 やだ、その目でわたしを見ないで。嫌だ……。痛いことしないで、怖いことしないで……。上に来ないで、嫌だよ、何もしないで。


「あー泣いてるー。メアリがいけねえんだろ? アヴィルのこと好きになんねえからさぁ」

「だ、だって……」

「カワイー」


 アヴィルは顔を近づけて、紫の舌で涙を舐めた。二本の舌が頬を這う。わたしは手で彼の肩に触れる。でも押し退けるほど力が入らず、そのまま掌を握られた。

 ‎身体が動かないよ……嫌だ……。もどって……。


「もどって……おねがい……」


 虚ろでいて、爛々と光っている目がわたしをじっと見下ろした。口の端を釣り上げる。


「なんで戻ってほしーの?」

「ね、ネヴィルが……こわいから……」

「怖いだけ? オレが嫌なだけ? けどアヴィルのことも好きじゃねえんだろ。じゃーどっちでもいーじゃん」

「アヴィルの、ほうが……、いいもん……」

「方がいい? それだけなら返せねえなあ。アヴィルが好きなら譲ってやるけどさあ?」


 何がしたいの? 何がやりたいの……。アヴィルとネヴィルは同じだから、ネヴィルはアヴィルのことを好きになって欲しいってこと?

 ‎ネヴィルはアヴィルから生まれたんだっけ……。もうわかんない、考えられないよ……。なんでもいいから、どこかに行って……。


 ネヴィルは愉悦を含ませて、わたしに声を落とす。


「そんなに怖い? 震えてるし、何もできねえって感じだなあ? 魔法使えば? 歌ってもいーぜ? ほらほら、今は縛ってねえじゃん」

「わ、わかって……る……」


 視界が海のようにしなって、何も見えない。頭がパニックになっている。怖いよ。

 最初にキスされたことを思い出した。口の中に苦いような唾液が巡って、気持ち悪い。吐き気がする……。


 嫌だ。どうしてこんなことするの? 怖いよ、怖いの。怖い、こわい、こわいこわいこわい。


「アヴィルのこと好きって言えよ。それなら戻してやっからさ。そんで好きになれってば」

「え……?」

「好きって言えってば」

「……す……すき……」

「ああ? 聞こえねーよ」


 ネヴィルはわたしの耳元に顔を寄せた。熱い吐息が耳にかかった。焦らすように舌が耳をなぞる。ざらりとした触感と、熱い唾液の感覚が伝わってくる。

 ネヴィルが囁くように言った。


「ちゃんと言えって。アヴィルのこと愛してるって、言えよ」


 心臓が鳴らす警鐘。震えが収まらない。身体が硬直している。痛いくらいに心臓が凍えて、喉が締め付けられたようになる。

 ──ううん、本当に絞められている。

 細い指が首を掴んでいる。脈の波打つ音が聞こえた。痛い。苦しい。手をどけて……。喋れないよ……。


「好きじゃねえだろ? 愛してるんだろ?」


 ネヴィルが首に爪を突き立てる。ネヴィルがゆっくりと、嘲笑う声で言った。



()()()()()()()()()()()()()()?」



 締めている指が緩められる。潰された喉から、掠れそうな声が出た。


「あい……あいしてる……アヴィル、愛してる……おねがい……」


 ネヴィルは(わら)って、身体を起こした。上からわたしを見下ろす。「その言葉、忘れねえからな」と言ったあと、彼は消えた。

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