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第33話 球体間接に憧れて③






 女王ALICEによって、ただの『人間』から、永遠に美しい『お人形』へと造り替えられた存在。


 それがアリスの妹人形たち――『シスターズ』であった。


 シスターズになる人間がどのような基準で選ばれるのかは、誰も分かっていない。

 女王アリスに気に入られた人間が選ばれるだとか、都市でもっとも容姿が美しい人間が選ばれるだとか、あるいは都市で最大の『禁忌』を犯した者が罰として選ばれるなど、都市伝説のような話はいくらでも転がっている。


 しかし、では実際のところはどうなのかというと、誰も真実を知る者はいないという。

 真実を知るのは『女王アリス』のみ。


 とはいえ、間違いなくナインスは『元人間』だった。その証拠に、頭部には脳の一部が演算パーツとして残されている。


 では、ナインスに自身に『元人間』だという自覚があるかというと――



(んー? わたし、人間だったんだっけ?)



 全くない、というのが本音であった。



「えと……ナインスさん……?」


 首をかしげるナインスに、ナナ・サンジェルマンと名乗った地味な少女は困惑した表情で、


「ナインスさんは……その、人間ですよね……?」

「え? 違うけど? わたしはお人形だよ?」

「い、いえ、今はそうかもしれないですけど、その……元々は、人間だったんですよね?」

「うん、まあ、そうだね」


 たぶん、と心の中で付け足すナインス。


「じゃ、じゃあ!」


 ナナは身を乗り出すように、


「ナインスさんは、どうやってお人形になったんですか? そ、それって、教えてもらえますか?」

「…………えーと」


 ナインスは思わず押し黙った。


「だめ、なんですか?」


 ナインスの様子に、教えてもらえないと思ったのだろうか。ナナは悲しげに眉をひそめる。


「……うーん、っていうか」


 ナインスはおずおずと、


「わたしも、全然知らないんだよね」

「え?」


 きょとん、とナナは目をしばたたかせた。


「ナインスさんも知らないんですか? どうやってお人形になったのか?」

「うん、そうだね」


 シスターズ・ナインスとして稼働を始めてからのことであれば、ナインスはよく覚えていた。それこそ事細かくライブラリに記録されているし、ALICEの管理する都市の超巨大データベースの複数箇所に、バックアップデータとしても残されている。万が一、頭部の記録情報がクラッシュしたとしても、ALICEと繋がれば、すべての思い出が即時復元可能だろう。


「お人形になった後の思い出はちゃんとあるよ? それこそ、大事な思い出が出来たときなんか、すぐにバックアップをとるようにしてるから」

「バ、バックアップ?」

「うん、バックアップ。アリス姉様に言われてるの。思い出は大切にしなさい、って。だから、大切な思い出がなくなったりしないように、ちゃんとバックアップ取るようにしてるんだよ」


 胸を張りつつ、どこか得意げにナインスは言い放つ。


 事実として、ナインスを初めとするシスターズたちは、定期的に思い出のバックアップを取っていた。バックアップを取るためにはALICEと繋がらないといけないため、都市外任務に就いている大きな妹たち(エルダーシスターズ)はそこまで頻繁ではない。対して、都市内任務メインのナインスたち小さな妹たち(リトルシスターズ)は、少なくとも一週間に一回はバックアップを取るようにしているのだった。


「そ、そうなんですね」


 どこか引きつったような様子で、ナナは言った。


「そ、それで、お人形になった後のことは覚えてても、どうやってお人形になったかは分からないってことですか?」

「うーん、そうなるのかな? 言われてみれば、どうしてわたしがシスターズになったのかって、全然知らないかも」


 そこでナインスは振り返りながら、


「ねえ、メイディ?」

「どうした、ナインス嬢?」

「メイディって、もともとフィフス姉様だったんだっけ?」


「……え?」


 ナインスの言葉に、表情を変えたのはナナだった。ナインスの脇で控える男装の麗人――腕には自動人形の証である花の咲いた蔦が生えている――をまじまじと見つめると、


「あなたもシスターズさんだったんですか?」

「む、あってるとも違うとも言いにくいな」


 メイディはサイドテールになっている黒髪を指先でもてあそぶ。


「どういうこと?」


 ナインスは首をかしげながら、


「確か、メイディってフィフス姉様と同じ思考パターンだし、同じ思い出をもってるんだよね?」

「まあ、そうだな」


 メイディは言葉を選ぶように、


「確かに、ワタシのライブラリにはバックアップされていたフィフス嬢の『思い出』が入っているし、思考パターンというか、思考回路モデルも全く同じに作られている。演算能力の関係上、シスターズ型戦闘人形のような豊かな情動範囲は持ち合わせていないが、周囲の環境情報に対する応答プログラムは、フィフス嬢がするであろう仕草と完全一致するようになっている」


 メイディは苦笑を浮かべ、言った。


「まあ、要するにだ。今この場に居るのがメイディ(ワタシ)であろうが、フィフス嬢であろうが、まったく同じと言うことだな」

「よくわかんないけど、メイディはもともとはフィフス姉様だったってことで良いんでしょ?」


 全く同じ記憶を持ち、全く同じ思考パターンを持ち、全く同じ振る舞いをする。

 確かにハード性能は違うが、それはあくまで『外側』の話だ。


 『中身』はまったく同じ。


(なら、メイディはもともとフィフス姉様だったってことだよね)


 例えば、とナインスは思う。自分の専属執事であるエドワードが、ある日、壊れてしまったとする。当然、記憶も行動パターンも全く同じ新しいエドワードが用意されるだろう。

 それはつまり、『同じエドワード』だ。たとえそのとき髪型が変わろうが、目の色が変わろうが、同じ思い出を持って、同じ振る舞いをするのならば、自分は気にしないだろう。

 逆に、姿形が寸分違わなくとも、思い出がなければ、それは『違うエドワード』だ。


「前に、アリス姉様が言ってたんだけど」


 ナインスは、自分の記憶ライブラリを参照しながら、


「美しいかどうかを考えるには、見た目と同じくらい『中身』も大事なんだって。どんなに綺麗な見た目でも、中身が『醜いもの』だったら、それは醜いものなんだって。それって、逆に言えば、『中身』がすごく大事だってことでしょ?」

「まあ、そうなるな」


 メイディは苦笑。


「なら、やっぱりメイディはフィフス姉様だね」

「くく……ナインス嬢がそう思うなら、それが真実だな」


 メイディは蔦の生えていない方の手で、ナインスの髪をそっと撫でた。

 それは、フィフスがするであろう行動だった。


「あ、あの……聞いても良いですか……?」


 そんな姉妹の仲むつまじい様子を見つつ、ナナはおずおずと

 

「もともとシスターズさんだったんですよね? なのに、その、どうして今は自動人形なんですか?」

「ん? そんなの」


 ナインスはあっけらかんと言った。


「壊れちゃったからだよ」

「……え?」

「だから、壊れちゃったからだよ。だよね、メイディ?」

「ああ、そうだな」


 メイディは補足するように、


「詳しくは言えないが、かつてのフィフス(ワタシ)は完全に壊れてしまってな。そのとき、あまりに姉妹が悲しんでいたので、それを見かねたALICE様が、ワタシを代わりに造ったんだ。記憶も行動パターンも全く一緒にな」

「だから、メイディはもともとフィフス姉様だったんだよ」


 さも当然のことのように、ナインスとメイディは言い放つ。


「え? え?」


 ナナは混乱したようすで、


「壊れたから、同じに造ったって……え……それって、同じなんですか……違うのに……?」

「だから違わないんだよ? 一緒に過ごした思い出が同じなんだから」

「いや……でも、だからって……そんな、壊れたから……簡単に造るって……」

「んー? 何言ってるのかちょっとわかんないんだけど」


 ナインスは笑みを浮かべる。

 おぞましいほどに美しく、純粋な笑みだった。





「大切なお人形が壊れちゃったら悲しいでしょ? だから、まったく同じお人形を新しくプレゼントするって、普通のことだよね?」





「…………」


 ナナは、一歩後ずさった。

 何か……とてつもなくおぞましい何かが、ナナの脳裏をはえずりまわる。


「それで」


 笑みを浮かべたまま、


「あなたはお人形に憧れてるんだよね?」


 一歩、ナインスはナナに近づいた。

 一歩、ナナは後ずさる。


「よくわかんないけど……どうやったらお人形になれるか、アリス姉様に聞いてあげよっか?」

「ひっ!」


 球体間接を持たない少女は、一目散にその場を走り去った。






 ◇  ◆  ◇






「どしたんだろ、あの子?」


 脱兎のごとく走り去っていった少女の後ろ姿を眺めながら、ナインスは首をひねった。


「なんか逃げるようなことがあったのかな?」

「さあな」


 同じくメイディも首をひねる。


「ねえ、メイディ。ちょっと聞きたいんだけど」

「なんだ、ナインス嬢?」

「メイディって、『憧れる』ことってあるの?」

「いや、ないな。さっきも言ったが、演算能力の関係上、複雑な感情は無いように設計されているからな」

「ふーん、じゃあさ」


 ナインスは走り去ってゆくナナの後ろ姿を思い出す。





 ――おしりから、狐のような尻尾を生やした姿を。





 ナインスは、スッと目を細めながらつぶやいた。





「あの子、自動人形なのになんで『お人形に憧れてた』んだろ?」





 ナインスの元にサアドから通信がはいったのは、それから数十秒後だった。







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