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第31話 球体間接に憧れて①



アリスの妹人形たち(シスターズ)にとって、朝のお茶会は特別なものだった。


 決められているわけではないが、任務(ショー)などの用事がない限り、出席するのが習わしになっている。

 そもそも、姉妹同士が顔を合わせ、おしゃべりに興じることの出来る数少ない場なのだ。多少の用事があっても、皆なるべく出席するようにしていた。


 その日、朝のお茶会に出席していたのは四人だった。年長から順に、3rd(サアド)6th(シクス)8th(エイス)、そして9th(ナインス)だった。


 サアドが居るためだろうか。珍しく、サロンには珈琲の香りが漂っている。

 もっとも――



「……にがいですわ」

「……にがいのー」

「……にがい」



 三者三様に顔をしかめていたのは、ナインスをはじめとする小さい妹たち(リトルシスターズ)だった。それぞれの手には、黒い液体の入ったカップがあった。


「だから言ったじゃないの。アナタたちの味覚にはまだ早いって」


 肩をすくめつつ、サアドもまたブラックコーヒーの入ったカップを口にする。

 サアドが美味しそうに啜るブラックコーヒーを見て、エイスが「自分も飲んでみたいの!」と言いだしたのが事の発端だった。


「ぶぅ、サアド姉ぇ、ウソついたの。全然おいしくないの」

「これがおいしいと思えないうちは、まだまだお子様ってことよ」


 ぷくっとホッペタを膨らませるエイスに、サアドはしれっと応えた。

 ちなみに、末っ子のナインスはというと、



「こ、これを飲めるようになれば……大人のお人形になれる……!」


「ちょ、ちょっと、ナインス? どうしてそんな悲壮な顔してますの!?」


 なぜか、珈琲の入ったカップを両手で握りしめていた。


「止めないで、シクス……いつかわたしも姉様になるんだから……珈琲くらい……!」

「ちょ、サアドお姉様! ナインスになに吹き込んだんですの!? ナインスが泣きそうな顔で珈琲飲んでますわよ!?」


「うぅ……苦い……」


 半べそをかきながらチビチビと珈琲を啜るナインスと、それを止めようとするシクス。

 朝っぱらから、なかなかに騒々しいお茶会の模様だった。






「あはは、いやー、笑ったわ」



 しばらくして、サアドが声を上げた。パンパン、と二回手を鳴らす。


「エドワード、メイディ、アルフレッド。おチビちゃんたちの珈琲を下げて……そうね、ホットチョコレート持ってきてあげて。クリームたっぷり、甘くしてちょうだいね」


 かしこまりました、と壁際で控えていた三体の自動人形が頭を下げる。


 悪魔のような捻れた角を持ったメガネの青年がエドワード。

 左腕が蔦と花に覆われている男装の麗人がメイディ。


 アルフレッドというのは、エイスの専属執事である自動人形だった。エドワードたちのようなヒト型ではなく、人狼型――つまり、二足歩行の狼男の姿をしている。灰色の毛並みに、ゾロリと生えそろった牙。筋肉質な体躯を、窮屈そうに執事服に納めている。エイスがシスターズの中では一番小柄なのだが、そんな彼女とアルフレッドが並ぶと、まさしく童話の『赤ずきんちゃん』のような構図になるのだった。


 もっとも、性格は温厚で誠実。エイスを肩に乗せて庭を闊歩する姿など、まるで子犬の世話をする優しいオオカミのようだった。


「グルル」

「ありがとうなの、アル。んー、甘くておいしいのー!」


 精悍な狼男からホットチョコレートを貰い、一口啜るエイス。口いっぱいに広がる甘みに、パッと顔をほころばせた。

 同じくナインスやシクスも、ホッと顔をゆるませていた。


「やっぱり、甘い方が好きですわ」

「ん、そうだね」


 苦いのはまだ早いね、とナインスはぼやいた。姉様になるのは憧れるが、そのために苦い珈琲を飲まなければならないというならば、もうしばらくは末っ子でいいやと思うナインスだった。




 しばらく、穏やかな時間が流れる。




「そういえば」


 二杯目のホットチョコレートに取りかかっていたナインスが、ふと声を上げた。


「メイディがここにいるのに、フォオスがいないのって珍しいね?」


 男装の麗人を見つめながら、こてんと首をかしげた。

 専属執事だからといって常に行動を共にしているわけではないが、執事だけがお茶会に出ていて、仕えるべきお嬢様が出席していないというのはおかしい話だった。


「ん? ああ、お嬢(フォオス)か? それなら、昨晩から都市外だ」


 壁により掛かりながら、メイディがそう告げた。サイドテールに結い上げた黒髪をもてあそぶ様は、どこか退屈そうに見えた。


「都市外戦仕様の機能確認にな。セカンズ嬢が付き添いで出てる」

「あら、自分も一緒について行きたかったって顔に書いてあるわよ、メイディ?」


 クスリと笑いながらサアド。対して、メイディも苦笑を浮かべながら、


「サアド嬢、自動人形のこの身に無茶を言うのはやめてくれ。ついて行きたいが、行ったところで壊れるのが関の山だぞ。量産型自動人形をベースにしているとはいえ、使い捨てはもったいない。ガーデンとはいえ、資源は無限ではないのだからな」

「アンタ、ほんとそういうとこはフィフスの時と変わってないわねえ。貧乏性というか何というか」

「まあ、フィフス嬢と全く同じ思考パターンだからな。もっとも、身体はただの自動人形だが」


 メイディは執事服の袖をまくりつつ、はめていた白手袋をずらした。人間そっくりに擬態された手首が見える。


 自動人形は、そもそも人間社会の中で働くことを前提として開発されたものだった。人間と見分けが付くように角が生えていたり、蔦が生えていたりするが、基本的にヒト型であれば人間と同じ見た目になっている。


 対して、ナインスたちシスターズは違った。

 彼女たちは、最初から『美しき人形であれ』として創られている。


 そのため、人間離れした美貌を兼ね備え、またお人形らしく間接が全て球体間接になっていた。このガーデンで球体間接を持っているのは、基本的に玩具のお人形か、そうでなければナインスたち殺戮人形(キリングドール)だけである。


 つまり球体間接こそが、シスターズの象徴であると言っても過言ではないのだった。



「そういえば、球体間接で思い出したのですが」


 そこで、ふとシクスが声を上げた。


「最近、街で変わった女性に声をかけられましたの」

「変わったって、どんなのなの?」

「見た目は普通の市民でしたわ。ただ……」


 ただ? とナインスたちは首をかしげる。

 シクスもまた、首をひねりつつ言い放った。



「人形になるには、どうしたらいいのか聞いてくるんですの」

「へぇ、人形ねえ……」


 一瞬、サアドの目がすっと細くなったことに、ナインス達は気付かなかった。








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