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第29話 贈り物をあなたに②






 数十分後。ナインスとサアドの姿は、商業地区の中でも、主に高級ブティックやアトリエが並ぶ一角にあった。流行の服を着たマネキンや、煌びやかな宝石や精密時計、オーダーメイドの高級家具などが、ショーウィンドウを華やかに彩っていた。

 そんな中を、二人は肩を並べて歩いていた。


「それで、何かアテはあるの、サアド姉様?」


 石畳の街並みを横目に、ナインスは傍らの姉に問うた。


「何言ってるのよ、ナインス。アテなんてあるわけないじゃないの」


 あっけらかんとサアドは言い放った。ナインスは思わず肩を落とす。


「サアド姉様……」

「ま、大丈夫じゃない? 探してれば、何か見つかるわよ、きっと」


 そこでサアドはしみじみと、


「しっかし、やっぱりガーデンは良いわね。こうして戻ってくると、この都市の美しさがよく分かるわね」


 エルダーシスターズの任務(ショー)は、長いときは一年にも及ぶ。その間、よほどのことがない限り都市(ガーデン)に帰ってくることはなかった。


「外の世界って、醜いの?」


 今まで一度も都市外を見たことのないナインスは、ふとそう聞いた。


「うーん、醜いというか、汚いのよね。例えば、都市内はあたりまえに道があって、石畳が敷かれてるでしょ?」

「都市外って、道がないの?」


 ナインスは目を見開いた。道がないなんて、意味が分からなかったからだ。


「あー、うん、道がないわけじゃないのよ? ただデコボコだし、泥と油を混ぜて固めたものを道に塗ってるから、黒くて灰色っぽくて、すごく汚い感じなのよね。建物もあるんだけど、壁が木だったり金属だったりで、色も形もてんでバラバラだし。街って感じじゃないのよね」

「うわ……良くわかんないけど、外ってそんな感じなんだ」

「ショーじゃなきゃ、行きたい場所じゃないわね」

「サアド姉様、外に行きたくないの?」

「そりゃ、行きたいわけじゃないわよ。可愛い妹たちにもなかなか会えないしね」


 サアドはそこでわずかに苦笑を浮かべると、


「でもまあ、それが私たちエルダーのお役目なのよ」

「エルダーのお役目?」

「そう、アリス姉様に与えてもらった、大切なお役目。醜いもので溢れた外の世界で、『美しいもの』としてショーを魅せるの」

「美しいものとして……ショーを魅せる……」


 ナインスは、その言葉を無意識のうちに口の中で反芻していた。


 まだまだナインスは、何が『美しいもの』で、何が『醜いもの』なのか分からない。

 確かに先日、生まれて初めて自分の意志で『殺処分指定(みにくいもの)』を決定した。そのことはナインス自身、間違っていると思わない。


 しかしだからといって、美しいものと醜いものの違いが分かったわけではないし、まだまだ知らないことがたくさんだ。


 対して、とナインスは傍らの姉人形を見上げる。

 長いまつげに、大人びた顔立ち。自分と同じような色の髪を高く結い上げ、まるで夜会に赴くレディのようだ。露出の多いドレスを、優美に着こなしている。


 素直に綺麗だなと、ナインスは思った。


(サアド姉様って、やっぱりすごい……)


 何が美しいものなのかさっぱり分からないナインスと違って、サアドは自身を『美しいもの』として、醜いもので溢れた世界でショーを執り行っているという。


それはつまり、サアド自身が『美しいもの』であるという証だった。


(なんか、サアド姉様のこと少し見直したかも)


 ナインスにとってサアドと言えば、稼働したての頃からいじくり回され、おもちゃにされてきた傍若無人な姉だった。もちろん、姉妹としては好きであるが、同時に苦手でもある相手だ。普段からお世話になっているフォオスや、『お姉様の見本』などと言われるセカンズと比べてしまうと、『姉』としての尊敬の念はどうしても下になってしまっていた。


 しかし、こうして見るとやはりサアドは『エルダー』なのだとナインスは感じていた。


「まあ、そんなわけでね」


 サアドはパチッとウインクしながら、言った。


「そのお役目を与えてもらえてるから、私は胸を張ってナインスたちの『姉様』を名乗れるのよ」

「サアド姉様……」


 まぶしいものを見るかのように、ナインスは傍らの姉を見上げる。

 気がつけば、ナインスはサアドの手をそっと握っていた。


「どしたの、ナインス?」


 きょとんとするサアド。対してナインスは、わずかに目をそらしながら。


「……サアド姉様、大好き」


 ぽつりと、そうつぶやいていた。


「え?」


 一瞬、口をポカンと開けるサアドだったが、すぐに何を言われたのか理解すると、満面の笑みを浮かべながら、


「もー、急に何言い出すのよ、この末っ子は! ああもう、私も大大大好きよ、ナインス!」

「姉様やめてーー!」


 先ほどとは違い、揉みくちゃにされるナインスも嬉しそうだった。






 ◇ ◆ ◇







 しばらくしてようやく興奮がおさまったのか、はたまた商業地区のど真ん中で騒いでいたのに気付いたのか、ナインスとサアドは少し行ったところにあった自然公園に場所を移していた。


 芝生の上でちょこんと座り込むナインスの後ろで膝立ちになりながら、サアドが手櫛で髪を直していた。


「うーん、こういうとき我が姉(セカンズ)なら、ちゃーんと櫛とか持ち歩いてるんだろうけどねえ」

「サアド姉様、櫛もってないの?」

「持ち歩くどころか、実は自分の櫛って一本も持ってないのよね。というか、私の髪っていつもセカンズが結い上げてくれてるんだけど、もうそれが当たり前になっちゃってね。髪をすくこと自体、すごく久しぶりなのよ」

「そういえば、わたしもフォオスやエドワードがしてくれるから、自分で髪をすいたことってないかも?」

「エドワードはともかく、フォオスは世話好きだからね。そのくせフォオスって、自分のことには無頓着なのよね。あの子、どうして髪をショートにしてるか、ナインスは知ってる?」


 ナインスは首を横に振った。


「手入れするのが面倒だから、なんだって。本当は長い髪が好きなくせにね」

「え? そうなの?」

「そうよ。だってあの子、他の姉妹が髪を短くしようとすると、すごい悲しそうに止めてくるんだもの」

「へー、そうなんだ」


 姉の意外な一面に、ナインスは驚きの吐息をはいた。


「んー、こんな感じかしらね」

「出来た、サアド姉様?」


 ナインスは振り返り、聞いた。


「そうね。セカンズやフォオスには敵わないけど、良い感じだと思うわ」

「わたしも自分で髪くらい梳けるようになった方が良いのかな?」

「うーん、そうね」


 サアドは自身の髪の毛を指先でもてあそびながら、


「ううん、ナインスはまだまだ良いわよ。末っ子のうちは、姉様たちに世話を焼かれてればいいのよ。ナインスに妹人形が出来るまでは、ね」

「わたしの妹?」

「私たちは永遠に変わらないお人形だけど、周りが変わらないわけじゃないの。いつか、あなたも『姉様』になるときが来るのよ」


そもそも私にも末っ子だったときがあるんだから、とサアド。

ナインスは、あっ、と声を漏らした。


 言われてみれば当たり前のことだった。今でこそナインスが末っ子だが、他の姉妹たちにも末っ子だったときがあるのだ。末っ子の経験がないのは、第一女のファウストか、全員の姉であるアリス姉様だけだろう。


 あとは、全員一度は末っ子だったのだ。そして妹が誕生し、姉となってゆく。


「そっか……わたしも、いつか姉様になるんだね……」

「そうよ。いつか、ナインスも妹たちから『ナインス姉様』って呼ばれるときが来るのよ」

「わたし、ちゃんと姉様になれる?」

「もちろんよ。私だって出来てるんだから、きっと大丈夫よ」


 サアドに優しげな笑みを向けられ、ナインスはくすぐったそうにうつむいた。

 ふと想像する。


 エルダーとなった自分と、そんな自分を慕ってくれる妹人形たち。鏡の前に座る妹の後ろに立ち、優しく髪をすいてあげる。笑顔で妹はこう言うのだ。


(ナインス姉様、か……)


 くすぐったいけれど、素敵な響きだと、ナインスは思った。


(あ、そうだ)


 そこでふとナインスは思いつく。


「ねえ、サアド姉様?」

「どしたの、ナインス?」

「フォオスへのお誕生日プレゼントなんだけど」


 ナインスは思いついたことを話した。


「うん、それいいわね!」

「フォオス、喜んでくれるかな?」

「もちろんよ。じゃあ買いに行きましょ!」


 二人は立ち上がると、どちらともなく手をつなぐ。

 真っ赤な髪のナインスと、黒みがかった深い紅色の髪のサアド。


 容姿だけで見るならば、シスターズの中で最も姉妹らしいのは、実はこの二人だった。







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