241話 影と主従。※
お待たせしました。
本日もよろしくお願いいたします。
※三人称別視点。
足りない。
足りない。気品が、優雅さが、髪の艶が、肌のきめ細かさが。
礼儀作法が、楚々とした仕草が、はにかんだときの頬の朱が、つるりと濡れた唇が、見つめるその憂いをおびた瞳が。
――私を捨てた、あの女より、足りない。
(あの日の約束、守れなくてごめんなさい。ナルシシス。でも、私は、もうこのひとと……)
「うあああああぁぁぁっ!?」
暗い部屋。テーブルに突っ伏していた男が、慟哭に似た叫びとともに勢いよくその身を起こす。その拍子に飲みかけのグラスにひじがあたり、ガシャンと音を立て床の上に染みをつくった。
「はあっ……! はあっ……! く、くそっ……! あの女……! あの女ぁっ……!」
男は汗ではりついた前髪をかき上げると、飲みかけの酒瓶をつかみ、ひと息にあおった。もう数えきれないほどに見つづけてきた悪夢――彼にとっていまもつづく最悪の現実をふりはらうように。
「早く……! 早く見つけなければ……! そして教育りあげなければ……! あの女よりも、この私にずっとずっとふさわしい、最高の淑女を……! 花嫁を……! そのためには……! 私兵どもぉぉっ!」
濁り、半ば狂気に染まった瞳。空になった酒瓶を割れるのもかまわず放り捨て、男は叫んだ。
「いますぐここに来て整列しろぉっ! 今日も成果をあげられなかった貴様たちには、直々に罰をくれてやるぅっ!」
だが、数十秒経っても屋敷の中には物音ひとつ、動く気配すら感じられない。
「ええぃ、どうしたぁっ! さっさと来い! そんなに鞭の数を増やされたいかぁっ!」
業を煮やした男は、ずかずかと部屋の入口へと歩く。魔力で施錠された扉を解呪すると、バンッ! と勢いよく開いた。
「なっ、なんだ!? これは……!?」
そこで、ようやく異変に気づく。
暗すぎる。いつもは魔力照明で照らされているはずの廊下が――まるで漆黒の闇に塗りつぶされたように。
『ああ。よかった。ようやくでてきてくれましたか』
「ひ、ひぃぃっ!? な、な……!? なんだ、お前はぁっ!?」
そして、さらなる異変。
その真っ暗な闇の一部がずるり、と突きでて浮かび上がったのだ。まるでゆらめく影そのもののような、真っ黒に塗りつぶされたひとの容をとって。
『【生霊】。意味の解釈はご自由に。さて、用件ですが――』
「しし、私兵どもぉぉっ! なにをしているっ!? 賊だっ! 化物だっ! さっさと来て、私を守れえぇぇっ!」
屋敷の外にまで響くかという男の絶叫。だが、それに応えたのは、またしても目の前の影だけだった。
『はは。呼んでもだれも来ませんよ? だって、ご自慢の私兵たちでしたら、すでに私が――ね?』
そういって影は奇妙にくぐもった声で笑いながら、自らの首をつう、と真横になでる。
それが暗に示すのは――
「ひ、ひいぃやああぁぁぁぁっ!?」
――恐怖が最高潮に達した男は、たたらを踏んで後ずさり、だが、すぐにその背が壁にぶちあたる。
「よ、よよ要求はなんだっ!? かか、金かっ!? わ、わわ私をどうするつもりだあぁぁっ!? まま、まさか……こ、殺っ」
『殺しませんよ? たったひとつだけ、私の要求を聞いていただければ、ですが』
「な、な、なんだっ!? なにをすればいいっ! いってみろっ!」
『では――いまお前がやっている“少女狩り”を金輪際やめろ』
――その影の言葉には、いままでにない怒気がふくまれていた。それは、要求を断れば……という凄みを感じさせるには十分なもの。
「っ……!?」
『まさか、命にかえてまで、年端もいかない少女たちを花として愛でたいと――』
「い、いやだ……! わ、私は……幸せになるのだ……! 最高の淑女を……! あの女を超える、最高の花嫁を……この手にして……! そのために、私はぁっ!」
『あの……女……?』
恐れ、震え、涙を流しながらも、男は影をにらみつける。その予想外な行動に、
「ナルシシスさまっ! ご無事ですかっ!?」
『っ!?』
ゆえに、影の反応は、一歩遅れた。
轟音とともに生じた爆発。そして、漆黒の闇に空いた空洞をくぐって侵入りこんできた人物は、使い捨ての魔法札を手から放すと、守るように男の前に立ちふさがった。
「リ……ディア……?」
「ナルシシスさま! ご無事で! どうか、お下がりください! ここは、私が……!」
それは、使用人の服を着た、男よりもやや年かさの女。
およそ戦いとは縁のない、けれど決意をこめた瞳が、煙が晴れた先の影――いや、まとっていた黒い闇を爆発で半ばまではがされた、抜き身の剣をもった少年と重なる。
『……探したいのなら、自分だけでしろ』
やがて、それだけを告げると、黒い闇をまとう少年は、その場からきびすを返し、去っていった。
あとに残されたのは――
「助かったぞ、リディア……! さすがは幼きころより仕えた忠臣だ……! お前のためにも、私は見つけてみせるぞ……! 最高にして、無二の花嫁を……!」
「……はい。応援しています。ナルシシスさま……」
――ただ、どこまでもすれちがう、憐れな主従。
いまはまだ、だれも知らない。この噛みあうことのないふたつの歯車のその行きつく先に待つ、惨劇を。
そう。それはまさしく――祭りの狼煙となりて。
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さて。ということで、事件の後始末と、先への前振りでした。
意味深なことをしてますが、影をまとう少年はいつもどおりだれも殺してません。首に手刀はしてるかも。私兵は全員気絶済みです。
あと、72.5話まだでしたら、ぜひ。72と73の間です。
次回「大規模魔物討伐作戦」
新展開。2章もそろそろ終盤に入ります。
では、また書き上げ次第。
それでは今後ともよろしくお願いいたします。





