228話 夢の取引。
お待たせしました。
本日もよろしくお願いいたします。
「サーシィさん。この取引のために、僕から差しだせるものは全部で三つある」
「……いいでしょう。まずは聞きましょう。ノエルさま」
みんなが固唾を飲んで見守るブラッドスライン家のリビング。
そう前置いてから、僕とサーシィさんの最終交渉は幕を開けた。
「まずひとつ目。サーシィさんが気にしてる人手だけど、ブラッドスライン家が全面的にバックアップさせてもらうよ。ねえ、ニーベ? ネヤの師匠になってもらえるなら、それくらいいいよね?」
「あ、ああ。もちろんかまわない」
ニーベリージュがうろたえながらもうなずいてくれたのを見とどけると、僕はふたたびサーシィさんに視線をもどす。
「じゃあ、ふたつ目。服飾店〈戦乙女〉が〈輝く月〉御用達だって大々的に宣伝するのはどうかな? 王都での知名度ほとんどなしで商売をはじめるより、ずっといいと思うんだけど。どう? ロココ、ディシー。ふたりとも協力してくれる?」
「うん。ロココおてつだい、する」
「うん! サーシィさんには、たっくさんお世話になってるもんね! あたしもなんでもするよ!」
こっくりとうなずくロココと、グッと両こぶしを握り前のめりになるディシーに微笑みかけてから、サーシィさんに視線をもどした。
すっかりとぬるくなった紅茶を傾け、唇を湿らせてから、サーシィさんが口を開く。
「……なるほど。たしかに、いろいろと考えてはくださったようで。ただ、それをわたくしが受けるかどうかは別ですが」
まっすぐに僕を見つめ返した眼鏡の奥の赤い瞳はまったく笑っていない。
ピン、と張りつめた空気があたりをつつんだ。
「フーディー。商売に一番大切なものは、なんですか?」
「……信頼、だな」
唐突に話を振られたのにもかかわらず、ほとんど間をおかずに、フーディーはそう答えた。
「ええ、そのとおりです。そしてつまり、信頼がなければどんな魅力的な提案も、根拠のない妄言にしか聞こえないということです」
さらにたたみかけるようにサーシィさんはつづけた。
「まず、ひとつ目の提案。たしかにノエルさまにとって、ブラッドスライン家が用意する人材は信頼に足るのでしょう。ですが、ほとんど面識のないわたくしにとって、自分の大切な商売を一部まかせるに足りえるのでしょうか?」
「え……。サーシィさん……? じゃ、じゃあ、あたしたちも……?」
「ふふ。まさか。懇意にしてくださっている〈輝く月〉のみなさまは、わたくしも全面的に信頼させていただいています。ふたつ目の提案。ご協力いただけるなら、ぜひともお願いいたします」
「よかったぁ……! よーし! ロココちゃん! がんばろーね!」
「うん。ロココ、がんばる」
あからさまに安堵の息をつくディシーとはにかむロココのふたりに、にっこりと微笑みかけてから、サーシィさんはふたたび僕に向きなおった。
「さて。それを踏まえたうえで、ノエルさまのいまのふたつの提案を聞いたわたくしの答えは、まあ商人同士の言葉で『前向きに検討させていただきます』といったところでしょうか?」
あからさまにつくったような笑みを浮かべるサーシィさん。そして、この場で答えをださないということは、おそらくは僕の望まない意味。
――試されている。そして、見透かされていた。僕の切れる提案の内容とその限界、弱点にいたるまで。
目をつぶって一度大きく深呼吸。
――僕は、決めた。〈輝く月〉が強くなるためなら、なんだってやる、と。
一度は固めた覚悟をもう一度確固たるものに。それから僕は、挑戦的に見つめる眼鏡の奥の赤い瞳を、努めて涼しげに見つめ返した。
「三つ目。これでだめなら、本当に残念だけど、素直にあきらめるよ」
――だからこそ、この埒外の提案は、切り札となりえる。
「ねえ、サーシィさん。夢を叶えてみない?」
――百面相のようだった。まず、きょとんと。次いで、驚いたように。それから、わなわなと震えだし頬を紅潮させ、その場で勢いよく立ち上がると、サーシィさんはわき目もふらずに叫んだ。
「ノ、ノノノノエルさまっ!? ま、まままさかっ!? まさか、そそ、それはっ!? それはっっ!?」
おそらく、もうすべてを理解できているだろうに、それでもその許容を超えたように、意味も、ろれつすらまわっていない言葉をただただまくしたてる。
――だから僕は、はっきりともう一度いってあげた。にっこりと笑顔を添えて。
「うん。僕が着てあげる」
――今度の変化は、劇的だった。
「ああ……! ああ……! こんな日が……来るなんて……! 王都に来て、よかった……! もうわたくし、死んでもかまいません……!」
――いや、困るんだけど?
まるで天からの祝福を受けるように両手を広げあおぎ見る、これ以上にないくらいに恍惚とした表情で、眼鏡の奥の赤い瞳からぽろぽろと歓喜の涙をあふれさせるサーシィさん。
それから、シュッとすばやい動きでネヤに近づくと、がっしりとその両手を力強く握った。
「ネヤさま――いいえ、ネヤ! わたくしのもてる技のすべてを! そう、すべてを貴女に伝授いたします! 心してついてきてください!」
「え、あ……? は、はい……! お師匠さま……!」
展開についていけずに、ぱちくりと瞳をまたたかせていたネヤも、それでもしっかとサーシィさんの――これから師事する師匠の両手を握る。
こうして、なんとか無事に僕の“妹”ネヤの強化計画の目処が立った。
「ノ、ノノエルくんが……!? サーシィのふふ服を……!? そ、そそれって……!?」
「んゅ?」
あからさまに赤い顔でちらちらと横目で僕を見るフェアさん。事情を知ってるはずなのに、きょとんと首を傾げるロココ。そして、まだなんのことだかよくわかっていなさそうなディシーとニーベリージュ。
――なにか大事なものを失うかもしれない、僕のその覚悟と引き換えにして。
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ということで、ネヤは無事に師匠を得て、そして、ノエルくん男の娘確定です。たぶんやらかしの反動でいまちょっとおかしな精神状態になっていますね。素にもどったときにどう思うのでしょう?
なんのことかよくわからないという方は、40話と41話あたりをお読みいただけると。
さて、次回「やーっとついたわ!」
新展開。本格登場となる(ほぼ)新キャラ登場の別視点でお送りします。
では、また書き上げ次第。
これからもどうかよろしくお願いいたします……!





