215話 いつか必ず来るそのときを、いまはまだ。
またしても筆がのりました。三日連続投稿です。
通常視点にもどります。
それでは、本日もよろしくお願いいたします。
ぶちぶちぶち。
いつのまにかもう昼も近いのか、高く陽の光がさしこむブラッドスライン家の中庭。
「ふむ。特に問題はなさそうだな」
魔力の糸がちぎれ、自由になった腕を立ち上がったニーベリージュが軽く振った。
「ネヤ。君はどうだ? 特に大きな外傷はなさそ……ああ、いけないな」
「は、はい……! ニーベ! 大丈、ひゃうっ!?」
ぽうっと座りこんでいた僕の‘‘妹’’ネヤをニーベリージュがすっと手を引いて立たせる。
と同時に、懐からとりだした回復薬で湿らせた左手でネヤの軽く魔力灼けした手首を一度つかみ、それから丹念にさすりはじめた。
「ニ、ニーべ……? そ、その……!」
「ああ。ネヤは知らないか? ただ振りかけるよりも、こうしたほうが傷の治りが早くなることが多いんだ。無論、患部の状態によっては逆効果だが、このくらいなら……よし、治ったな」
なんだか、ぽうっとしたようにニーベリージュのその紫と赤の色ちがいの瞳を見つめていたネヤだったが、
「あ、あの……! ニーべ! いろいろと、ありがとうございました……!」
やがて、ハッとしたように汚れをはらい姿勢を正すと、その身にまとう黒の衣装を羽のように広げて、洗練された仕草でうやうやしく頭を下げた。
――ただし、彼女にはきわめてめずらしく、ぽうっと頬を赤らめた初々しい少女然とした表情で。
「ネヤ、すごかった。ロココも、このあいだの戦いで覚えた新しい呪紋の使いかた、できるようになる。あともういっこ考えた使いかたも」
「すごかったよ! ネヤちゃん! よーし! ネヤちゃんたちに負けてらんない! あたしもやるよ! もっとがんばって、魔力を目とか足とかに集中できるようになる!」
「ロココ……! ディシー……! ありがとうございます……! わたしは、ただ必死で……! でも、これでわたしも……貴女たちとともに……!」
「はは。みな気合い十分だな。これは、私たちも負けてられないぞ。なあ、ノエ……どうした?」
「……うん。本当に大きくなったんだな、って」
ロココやディシーに囲まれる彼女を見て、心からそう思う。
ネヤ・レイス。
生まれたときからともに育った僕の”妹”。小さいころは、僕に甘えてべったりだった……いや、それはいまもか。
‘真花’としての境遇に耐えかね、‘あの家’を逃げだし、そしてその非道な運命から、僕たち〈輝く月〉のみんなで救い上げた――でも、それも今日これまでだ。
彼女に向けて、一歩を踏みだす。
「ネヤ・レイス」
「え……? ノエル……にいさま……?」
生まれてはじめてそう呼びかける僕をとまどいと不安げに揺れる表情でネヤが見つめた。
「リーダーとして、正式にお願いするよ。君に〈輝く月〉に入ってほしい。僕たちといっしょに闇の勇者パーティーとして、人々の希望として戦ってくれないか?」
さしだした手と僕の顔を何度も見比べながら、やがて――
「はい……! よろこんで……! こちらこそ、よろしくお願いいたします……! ノエル・レイス……!」
――生まれてはじめてそう僕に呼びかけながら、どこまでも素直できれいな泣き笑いの顔で、ぎゅっと僕の手をとってくれた。
ネヤ。君が僕の大切な‘‘妹’’であることは、これからも変わらないよ。
でも、これからは互いに自分の力で立った、ひとりの人間同士として、君と――
「にいさまぁ……!」
――飛びこんできたネヤが甘えたようにそのやわらかな頬を僕の胸にうずめる。
「にいさま……! ネヤは、ネヤはがんばりました……! いまのわたしにできる、すべてをつくして……! だから、だから、にいさまぁ……!」
なにかを期待したような、うるんだ黒曜石のような瞳が僕を見上げる。
「……うん。本当によくがんばったね。ネヤ」
「はい……! にいさまぁ……!」
でも、それはまだ早いかな? といつか必ず来るそのときを僕はそっと先送りにした。
――僕の胸の中、あどけない顔で気持ちよさそうに目を細めるネヤの、濡羽のように艶やかな黒髪をなでながら。
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ということで、ネヤが正式に〈輝く月〉に加入しました。おめでとう。
そして、前話後書きのとおり、当初予定と異なり、兄妹のイチャイチャ、もとい絆の回となりました。
プロットだけで書き溜めなし連載だと、こういうことが起こるんですね。ノエルとネヤにひっぱられました。
次回「下地」別視点。
それでは、今後ともよろしくお願いいたします。





