208話 その死も、すべて。
本日もよろしくお願いいたします。
青く、大きな月が輝いていた。
ざあっ、と夜の少し冷たい風が屋敷を抜けだしてひとり訪れた僕の頬をなぜる。
静かだった。まるで、この高台でつい数時間前まで血で血を洗う死闘をくり広げたとは思えないくらいに。
「……ここか」
その場所に立つと、ふうっと息を吐き、腰の刃を抜き放つ。
そして、目の前に掲げると、その青と黒に輝く刀身を鏡として心の中に写しだす。スライを殺した、あの瞬間の、僕自身を。
そして、虚空に向けて語りかけた。
「僕はいまでも、お前が嫌いだし、理解もできない。最低だとも思ってる。けど」
消えなかった。あのときの感触が。噴きだし、吐きだされた血の臭いが。僕へと寄りかかったその体の、徐々に体温が失われていくあの感覚が。その、どこかなにかをやりとげたかのようにかすかに微笑った、死に顔が。
(まぁた駄目ですかぁ? ノエルさまぁ? しゃあないなぁ。じゃあせめて、ぼくが殺るところ、しっかり見ててくださいねぇ)
――嫌いだった。お前のその、ひとの命をなんとも思っていない無機質な目が。
(【妹君】のネヤさまを見捨てることは、【兄君】のノエルさまにはできないってねぇ。ぼくの見立てどおりですぅ)
――嫌いだった。お前のその、思いどおりにひとを動かそうとする傲慢な笑みが。
けど。
(いまより【レイス家】のすべては、先々代さま、ならびにあとをお継ぎになられるノエルさまのためにあると心得よ!)
けれど。
(なん……や……。できる……や……ない……ですか……。ノエル……さま…… これで……【レイス家】……は……。ぼくも……安……し……)
もう、それを見ることは二度とない。僕が奪った。だから。
「私利私欲のためじゃなく、お前が全部【レイス家】のために動いていたってことだけは、信じていいと思ってる」
――僕はきっと、これからも殺す。
けっして自分から望みはしないし、他に手段を選べるのなら絶対に選ばない。
けれど、大切なものを守るためになら、何度だって、だれだって殺す。
今日、その覚悟を僕は決めた――奪ったその命と引きかえに。
だから。
「【レイス家】当主側近、【左刀】スライ・レイス。その生命をかけた忠心、たしかに受けとった。お前の死も、すべて僕のものだ」
そして、一度だけ虚空に刃を閃かせる。刻まれた青と黒の【光】の残滓は、きらきらとすぐに夜の【闇】へと溶けていった。
【隠形】で気配を殺して、そっとニーベリージュの屋敷の中の自分の部屋にたどりつく。
そして、音を立てないようにゆっくりと扉を開くと――
「……遅かったですね。にいさま」
――黒の装いに身を包んだ少女が差しこむ月明かりに浮かび上がるように、静かに立っていた。その白い肌を紅潮させ、その涼やかに鳴る鈴の音のような声をゆらがせて。
……まるで、いつかの夜と同じように。
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ということで、折り合いをつけました。そして、待ちぶせです。
次回「今度こそ、幸せに」
では、また明日よろしくお願いいたします。





